15 街グスリル
一行はラキス国の次の街、グスリルに来ていた。冒険者ギルドのある大きな街である。
この街に到着するまでに、深紅の鎧の冒険者の他にも襲撃にあった。先手を打って大きな魔法を使う者までいた。その度にカルロスは寝ているのを起こされ、機嫌は悪い。
街の中に入ると、アリーナは振り向いてカルロスに言った。
「街の中に入れば襲撃されることも、なくなりますね」
「ん」
仏頂面で返事をするカルロスから離れ、アリーナは従者に聞いた。
「やはりあのときの説教で、機嫌が悪いのでしょうか」
従者の変わりに勇者が答えた。
「いいえ。おそらくこれが無くなったのが原因かと」
天空塔で入手した魔石を入れていた袋を逆さにした。空である。
「黒の魔石がまだあるはずでしょう?」
「内陸の街では、宿に入るのは難しくなってきます。御存じないかと思いますが、奴隷や亜人は破格の値になります。魔物はどうなるか」
「足元を見られるのですか」
従者が静かに願いでた。
「私が邪魔になりましたら、処分なさってください」
勇者が首を振った。
「それを決めるのはカルロスだろう。今は精肉店を眺めるのに忙しいようだが」
アリーナが笑顔でカルロスに近寄っていった。
2人でカルロスの食事となる生肉を選び始めた。
従者はその姿を見ると何気なく勇者に聞いた。
「御二人は仲がよろしいですね」
「僕が訪ねたときから既に仲がよかった」
「旦那様、奥様とやはりお呼びした方がよいのでしょうか?」
「今までどうりでよかろう。貴様は時々、恐ろしいことを言うな」
純白の鎧の下で勇者は呆れたような表情で答えた。
その日宿で、カルロスは部屋に従者を呼んで話しをした。アリーナが丁度風呂に入っていて、いないのを見計らってだ。
従者は与えられた命令に頷き、主人に一言無事を祈った。
翌日の朝、アリーナは宿の1階にある食堂で勇者と従者を見つけると声をかけた。
「カルロスを知りませんか? 朝起きたら、部屋にいなかったのですが」
ハムエッグを食べていた従者は食器を置くと改まって伝えた。
「カルロス様は冒険者ギルドに行かれました」
水を飲んでいた勇者は咽た。
アリーナは響くくらいの声量で叫んだ。
「ぼ、冒険者ギルドに行った!? なぜ止めなかったのですか!!」
アリーナは振り向き宿を出ようとした。
従者は止めた。
「無駄です。もう街を発った後だと思います」
「どういう意味ですか」
「カルロス様は御自分にかけられた冒険者ギルドの依頼を、買収しに行かれました。その後魔石を採取しに街を出る、とおっしゃってました」
勇者は脱力した。
「討伐対象がギルドに行くなど聞いたことない。この街はでかい、腕の立つ者も居よう。見つかればどうなるか」
アリーナは悠然と告げた。内心では泣き叫びたい気持ちが渦巻いている。
「冒険者ギルドに行きましょう。打ち取られたとは思えませんが、念のためです」
街のほぼ中央にある冒険者ギルドの建物は、まるでシンボルのように建っていた。
中に入ると騒がしかった。
クエスト受注カウンターが奥にあり、扉近くは酒場になっていて寛げる空間がある。
純白の鎧に身を包んだ勇者がアリーナと従者を連れて進むと、何人かが気付いて声をかけた。それを勇者は一言二言で済ました。
ぺリュトンは宿の部屋で留守番している。
アリーナが勇者に聞いた。
「貴方のことを知っている方が何人かいるようですが?」
「王国の騎士になる前は、冒険者をしていましたので」
「貴方が? 以外ですね」
勇者はカウンターに行き声をかけた。
「やあ、久しぶりだな」
受付カウンターに座っていた亜人の女性は、驚いて口を手で隠した。
「あらあら、勇者じゃないの! ダリア王国で騎士なんかやってるって聞いてたけど。戻ってきてくれたんだね?!」
「いいや、今でも騎士に就いている。今日はある人物を探している」
「あら残念。探し人の依頼かい?」
「依頼ではなく、聞きたいだけだ。ここに紅い髪の魔物が来なかったか? 討伐依頼の買収に」
受付の女性は頷いた。
「あたしはここで100年以上この仕事してるけどね、前代未聞だったよ。まさか対象ご本人がギルドに直接来るなんて」
勇者はギルド内を見渡した。
「そのわりには混乱が無かったようだな」
「もちろんあったさ。でもね、紳士的でねえ。あたしは惚れそうになっちまったね」
アリーナは恐ろしさに震えた。自分の知らない所で、好きな人が誰か女性と仲良くしているのではないかと。
勇者はからかうように言った。
「強い奴に会うたびに、その台詞を言うのは変わらないな」
「あたしだけじゃないよ。なんと、あの化け猫が気に入ったんだから」
「ほう。それはすごいな」
「それで化け猫が魔石ほしいなら一緒にクエスト行かないか、って言ってね。街に帰って来るのは4日後くらいじゃないかね」
「そうか。情報をありがとう」
「いいってことさ。これくらい」
勇者がカウンターから離れるとアリーナが素早く聞いた。
「化け猫とはどのような方ですか?」
「強い人です。彼女が認めたならば、もうこの街の猛者は大人しくするでしょう」
アリーナは立ちつくし、口の中で言葉を反芻した。
「女性とカルロスが4日間外出…そんな…」
その様子に気づかない勇者と従者は、話しを続けていた。
「化け猫というのは、亜人としての別称でしょうか」
「いいや違う。冒険者である程度認知されてくると、二つ名で呼ばれる。僕の“勇者”のようにな。防具の見た目から付けられることもある」
「なるほど。私の故郷では冒険者ギルドが無かったので、新鮮です」
ようやくアリーナが付いてきていないのに気付いたのか、勇者が呼んだ。
「宿に戻りましょう。冒険者は荒くれ者が多いので、無用な争いに巻き込まれかねません」
近くのテーブルで大ジョッキで酒を飲んでいた者達が反応した。
「おうおう。勇者よ、言うじゃねえか! こんな美人を、声かけねえ方がおかしいぜ?」
「そうだそうだ! 勇者ぁ、とっかえひっかえは良くねえぞっ!」
勇者は半笑いで酔っ払い達を叱咤した。
「貴様らはさっさと、自分達の仕事をしに行ってこい」
宿に戻ると部屋のベットにアリーナは倒れこんだ。この街でしたかった予定が無くなってしまった。
大きな街で観光スポットもいくつかある。魔法陣の書かれた本など、様々な文献が揃う大きな図書館もある。
街を出ればラキス国の次は、ダリア王国の同盟国カラット国になる。思う存分遊んでいられるのも、今のうちだけである。
「女性とカルロスが4日間も一緒…」
枕に顔を埋め何度か深呼吸している様子に、ぺリュトンが鼻を鳴らした。
アリーナは顔を枕から離した。
慌てて弁解するが、時すでに遅し。
「ち、違います。私はただ、カルロスの使っていた枕に、魔力の名残りがあるのではと。決して、好きな人の匂いを嗅ぎたいとか、そんな変態さんではなく」
ぺリュトンは哀れなモノを見る様に、目を細めた。
翌日アリーナはやることもなく図書館に行こうとしていた。
街中は様々な防具に身を包んだ冒険者が多い。
付いてきている従者に言い放った。カルロスを止めなかったと非難の態度で冷たい。
「護衛など要りません」
「しかしカルロス様から命令を受けていますので。自分が居ない間、護衛を頼むと」
アリーナは店と店の間の細い路地に目をやると、粛然とした態度で従者に諭した。
「永久奴隷が自分の主人を失うという意味を、目に焼き付けておきなさい」
従者は路地にいる者に目を止めた。
永久奴隷がぼう立ちでいる。髪も服も汚れていて、表情は何の感情も宿っていない。首輪に付いているガラス玉のような石に亀裂がはしっていて、黒ずんでいる。
勇者がぽつりと小さく発した。
「オーナーフリーか。哀れな」
アリーナが聞きとめた。
「哀れに思っても、治せません。もう死んでいるのですから」
従者が質問した。
「オーナーフリーとはなんですか?」
勇者が詳しく答えた。
「奴隷商に聞かされてなかったか。永久奴隷が主人を亡くすと、罪を償うという契約内容が続行できなくなる。首輪の疼痛を与える効果で奴隷は魂と精神を破壊され、生きた屍となる。そのような奴隷をオーナーフリーと呼ぶ」
「何もできなくなるのですか」
寒空の中で身動きひとつしないオーナーフリーを見て、従者は身ぶるいした。
「永久奴隷は罪を犯したというのが前提だ。生きた屍となって何もできない者を介護する聖職者が、そこらに居るわけでもない」
「あの者はどうなるのでしょうか」
「理解ある統治者なら処分してくれよう」
アリーナが従者に言った。
「カルロスが無事戻って来るよう、祈っておきなさい。そこに教会もありますから」
教会の内部は広々としていて、天窓から注ぐ日差しで満たされていた。
この世界の宗教にはいくつかの宗派がある。この教会は大陸の東の地方では一般的な、創造と破壊を司る神を祀っている。
壁画には、空色のローブを着た人物が金髪の女性と手を取り、天から注がれる光の柱に包まれている様子が描かれている。2人の周りには、魚・黒い猫・緑色の女体・赤く大きな鳥・仮面を付けた老人など様々な有象無象が居る。
木製の長椅子に座り目をつむり、アリーナは心の中で祈った。カルロスが無事戻ってこれることを。女性と数日間も外出している好きな人が無事であることを、いろんな意味で。
従者はシスターに訪ねた。
「私のような永久奴隷が来てもいいのですか?」
シスターは慈愛に満ちた表情で答えた。
「もちろんです。神様はどんな方にも助けも求められれば、応えてくださいますから。さぁ貴方も祈りましょう、平和を神様とともに」
勇者が壁画を睨んだ。
「シスター、僕はこの世界の神に会ったかもしれん」
「まぁ! どこでですか? お元気だったでしょうか」
「ラキスの東端の方で、それと天空塔にも居たそうだ。それより、神を知っているのか」
シスターは目の前で両手を合わせ握った。神の知らせが嬉しいのが見てとれる。
「神様を知っているとは、語弊があるかもしれません。助けて頂いた事ならあります。そうですか、天空塔にいらしたのですね神様」
アリーナは祈り終えるとシスターに向き直った。
「天空塔の内部ではなく外にです。天空塔の島に、今もいるかは分かりません」
「……そうでしょうね」
勇者はシスターの様子を観察しつつ、さらに聞いた。
「神について知りたがっている人物がいる。シスター、知っている事があるのなら話してほしい」
「どのような人物でしょうか?」
「神の啓示を受け、天空塔に行った魔物だ」
シスターは指を唇に当て考え始めた。一通り考えをまとめると再び慈愛の表情になり、勇者に告げた。
「ではその魔物にお伝えください。仲間になるとよいでしょう。いつでも神様に助けを乞えますから、と」
「わかった伝えておこう」
3人が教会を立ち去ると、シスターは壁画を見た。
図書館は静寂に包まれているかと思いきや、冒険者の話し声などで賑わっていた。知識を得るには最適な環境だからだ。魔法や魔族について書かれている本も多い。
他には置いていない貴重な書物も多くあり、冒険者の他にも様々な職種の者達が集っている。
「私はライエル兄様が次期王になってくださればよいのに、と常に思っています」
アリーナは本棚の一か所に目を止めた。第二王子の著書が整然と並んでいる。
「ライエル兄様の知識と志があれば、国民は今よりもよい暮らしができるでしょうに」
従者はアリーナがこれから読む本を持っている。先ほどから始まったアリーナの文句を、ひたすら聞き流している。
「なぜお兄様のような横暴な人に、軍の御偉い方は惹かれるのでしょうか。死に逝く兵に何の感情も抱かないのならば、王になる器があるとは思えません。ライエル兄様が覇権争いに参加してくだされば、私は喜んで身を引くつもりですのに」
文句が一段落したところで勇者が声をかけた。
「アリーナ王女、個室が使えますのでこちらへ」
膨大な書物が置かれているホールから、個室のある廊下へと3人は歩き出した。
勇者が従者に小声で聞いた。
「いつからあの文句は始まっていた?」
「勇者様がカウンターに個室の予約をされに行ってすぐにです」
勇者は純白の鎧の上から額に手を置き、困り果てた。
「あと数日間も持つのかどうか、わからんな」
「やはりカルロス様が居ない不満を、御家族への文句で紛らわしているのでしょうか」
「だろうな。あの様子だと、そのうち僕らの文句も言いだし兼ねない。そのときは拝聴しよう」
「わかりました」
個室へと続く廊下では身元確認された。貴重な書物を扱うだけに、危険な侵入者が入り込まないようにするためである。各個室の前には護衛の職員が待機している。
個室に通されたアリーナは感想を述べた。
「図書館の個室にしては、家具など揃っていますね」
冒険者のランクに応じて、使える施設の程度が異なる。この個室は壁の内側に魔法陣が書かれている。一般的な魔法の実演をしても個室の外には影響がない。防音、防魔法に優れている。
アリーナはソファに座り、ホールとは違う閑静な空間に耳を澄ました。
「読書をするのに最適な良い個室ですね」
本を開きつつ、ぽつりと言った。
「カルロスが今頃、怪我をしていないか心配です」




