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理系男子と恋の魔法絵本  作者: 夢☆来渡
襲来、ドラゴンライダー
9/27

 白い石造りの兵士宿舎を裏手に回り込み、勝手口と思われる大きな扉の前で馬車を停める。横幅の広い木の扉が開いて、中から紺のエプロンドレスを着た女性が現れる。上から白い前掛けとレースタイを付けた、いわゆるメイドというやつだ。

 扉の中は広く、至る所に野菜が置いてある。奥に調理場が直結していて料理の匂いや熱気が溢れかえるようだ。

「毎度どうも、酒樽五本お持ちしやした!」

「ご苦労様、いつもの場所に運んで下さいまし」

「へい!……おい坊主、ちょっと手伝え!」

「ちょっ、坊主じゃなくて、僕はマコトだ。覚えといてよ」

「ははっ、生意気に~」

 ワッシーは木の樽を器用に転がしながら馬車から下ろす。重い酒樽の両端には鉄のタガがはめ込まれており、その頑丈な部分を下に転がして熟練した手際で次々と宿舎の中に運び入れた。僕も及ばずながら手伝ったのだが、丸太のような腕のワッシーと野球バット並みの僕とじゃあお粗末すぎて比較にもならない。僕の非力を笑って見たワッシーは、表のドアの横に積み上げられた空になった酒樽を馬車に積み込むように僕に指示した。おそらくは昨日の分だ。

 その間にワッシーはメイドから代金を受け取り、

「毎度あり!」

「また明日もよろしく」

 と、いつもしているのであろう、慣れたやり取りを見せた。

 僕が意外と重い、空の酒樽を積み終えて、その構造に感心していると、暇つぶしに馬車の馬を撫でていた奥村が突然、焦った声を上げた。

「やめて!離して!」

 僕は驚いて荷車の後ろから前に回り込む。すると奥村が、金色の鎧を着た兵士風の男に右腕を掴み上げられていた。歳は二十代後半、ムカつく事にかなりのハンサム、金髪の二枚目君だ。

 ギラギラと光る金属の豪奢な鎧と具足、腰には装飾の細かい洋剣が一振り。

 背はスラリとして高く、目鼻立ちもキリッとハリウッドの俳優みたいで俺はモテますって顔に書いてある。こんな奴が居ると僕みたいな平凡野郎には一生彼女なんか出来ないと思えるよな。


「誰だお前!手を離せよ!」

 あからさまに怒りを込めて言ってやった。

 そいつは奥村の腕を持ち上げたまま、僕を見て、一瞬で奥村に視線を戻した。つまり僕は無視された。

「そうツレなくするなよ。俺様が可愛がってやるから、最初は優しく、慣れたら激しく愛してやる」

 コイツ何言ってんだ?今どき三流映画でも使わないセリフだ。言ってて恥ずかしく……はないんだろうな。

 奥村は抵抗する。

「やだ!離してよ!」

 その腕がさらに吊り上げられて、奥村が金髪野郎に引き寄せられる。

「元気な娘だ、名前は何と言う?」

 こういう時、お決まりのやり取りあるよなあ。

「あんたこそ誰なのよ!」

 奥村がそれを言った。

 金髪野郎はニヤニヤ笑いながら、奥村の顔に自分のハンサムを近づける。

「この俺様を知らんのか?キサマはこの国の者ではないのか。私はラチル。ラチル将軍だ。今日からご主人様の名だ、覚えたか?」


 よし、殴ろう。


 頃合いだ。


 僕が拳を握りしめた時、僕を制して丸太のような腕が目の前に現れた。ワッシーだ。

「これはラチル将軍、いつもご贔屓に」

「酒屋か、この娘はお前の連れか。俺様が貰うぞ」

「これはお戯れを。ラチル様には奥様を始め、もっと美しく高貴なお相手が沢山いらっしゃいます。こんな年端もいかぬ子供など、粗相をするだけでお相手などとても務まりますまい。どうぞ果実も熟れるまでと、今回はお忘れ下さい」

 げ、コイツ奥さん居るのかよ。しかも愛人も囲ってる。ハンサムの性格わるいバージョンか、最悪だな。

「たまにはこういうお子様を一から調教してみたいのだ。駄賃ならはずむぞ。取っておけ」

 言うと金髪野郎は腰に付けていた小さな袋を引きちぎるように外して、ワッシーの前に投げた。チャリンと金属の鳴る音がして、袋の口から金貨が何枚も溢れる。

 僕はカッと頭に血が上って突っ掛かりに行ったのだが、ワッシーの太い腕に首根っこを掴まれて、また後ろに引き戻された。

「あいにくとその娘は私の客人の連れ合いでして、私にお代は受け取れません」

「客人?まさかその小僧の事か?」

 うお、舐められまくってる。蹴りたい。今すぐ顔面を蹴りたい。

「わかった。おい小僧、それが駄賃だ、くれてやる。馬かヤギでも買って大人になる練習でもしろ」

 するか!!意味わからん!テメェさっさと奥村を離せ!

 僕は完全に頭にきて、止めようとするワッシーの腕をかいくぐって金髪野郎に突撃した。その瞬間、


 パンッ


 乾いた音がして、金髪野郎の顔が右に弾けた。

「いい加減にしなさいよ!」

 奥村の容赦ない平手打ちが金髪野郎の左頬を赤く打った。ワッシーの表情が曇るのと、金髪ラチル将軍の顔がいやらしく歪むのが同時だった。

 腕を振り払うように奥村が投げ捨てられる。飛びかかろうとした僕に向かって、奥村の身体がよろめき倒れて来る。僕は奥村の肩を抱いて受け止めるも、その勢いに負けて膝をついた。土くれの混じる石畳みに僕と奥村は倒れ、金髪ラチル将軍を二人で見上げる。

 ラチル将軍は目を爛々と光らせて僕らを、いや、奥村を見下ろした。

「威勢が良いな。すぐに調教する必要がありそうだ。ご主人様に歯向かうとキツイお仕置きだぞ」

 誰がご主人様だ!勝手な事ばっかり言いやがって。

 ラチルの右足が動く。拍車が付いた金色のブーツが振り上げられる。僕はとっさに奥村の身体を引き寄せて抱き締め、回転するように身を捻る。奥村を胸に、奴に背中を向ける。僕の背中に鉄の塊のような重さでブーツが直撃する。

「ぐおっ!マジか!」

「きゃあ!誠くん大丈夫!?」

 コイツ奥村を蹴ろうとした!?

 マジで痛い!!呼吸が出来ない!

 むせる僕を心配する奥村の顔が近い。その様子が奴は気に入らなかったようで、もう一撃僕の背中を蹴った。

「何なんだ小僧?キサマは大人しく帰っていいんだぞ?それとも一緒に調教されたいのか?これはまさに変態だな」

 地面に踏みつけられて僕は痛みよりも怒りを感じた。

「変態はオマエだろうが!」

 僕は怒りに任せて叫んでいた。

 立ち上がって奥村を立たせ、見せ付けるように抱きしめる。

 もう許せない。カンニンブクロも給食ぶくろも集金ぶくろも関係ねぇ、破けまくりだ!!

「もう許さん!ラチルだか何だか知らんがアッタマキタ!」

「ほう、俺様に歯向かうつもりとは珍しい変態だ」

「言ってろ金髪種馬スケこマシーン。逆に馬なら馬らしく調教してやるから掛かって来いよ!」


 僕はケンカはした事が無い。


「言っている言葉はわからんが、俺様を愚弄しているのならば容赦はせんぞ」

「ラチルちゃんこそ、ご容赦して欲しいなら今すぐ頭下げて侘びの一つも入れてみろ、ゴメンなさいって言い方解るか?解らないならママに聞いて来るまで待っててやるぞ」


 奥村に小さく耳打ちする。その仕草はラチルから見れば頬に口付けしたように見えるはずだ。


「キサマ、どうやら死にたいらしいな!俺様の女に手を出すとは」

「いつからオマエの女になったんだよ、自分のモノなら名前くらい書いとけ。字も書けないのか?教養が足らんなぁ!」

 僕の後ろに奥村を下がらせる。奥村は目の前で両手を祈るように握りしめ、小さい声でブツブツと何やら呟き始める。

「な、何てことを」

 ワッシーが奥村の隣でその顔を青ざめている。宿舎の裏口のドアからメイドさんが心配そうにこちらを覗いている。

 ラチル将軍は腰に下げていた剣を引き抜いて言った。

「これは王から賜わった飾りの剣だが、装飾用とてよく斬れる。喜べ、この剣の試し切りをしてやる。貴様も武器を取るがいい」

 ワッシーがもうダメだと呟くのが聞こえた。

 僕は上着の懐のポケットに手を突っ込み、長さ約15センチの黒くて太い物を取り出した。

 もう一度言うが、僕はケンカはした事が無い。

 どちらかと言えばインドア派で、戦略ゲームとシューティングゲームなら得意だ。

 ラチルが眉を寄せる。

「何だそれは?」

 僕は鼻で笑って説明した。

「この世で最強の油性ペンだ。何にでも書けて水で消えない魔法のペンだ。知らないのか?本当に勉強不足だな」

「ペンだと?まさかそれで戦うつもりか?」

「僕の国には『ペンは剣よりも強い』という言葉がある。それを証明してやろう」

 僕はキュポッと蓋を取って構えた。

 ラチルは流石に頭にきたのだろう、顔を紅潮させて剣を向け、僕に斬りつけて来た。

 ……僕はポツリと言った。




 ……

「最初はマルかな」

 ……

「次にバツかな」

 ……

「背中にもバツ」

 ……

「日本語よめないんだっけ?」

 ……

「英語も混ぜておこうか」

 ……

「アイム、フール!」

 ……

「これなら読める?」




 数分後、

 ゲラゲラ笑う僕と、

「キサマ……妖術師か!?」

 肩で息をしながら睨んでくるラチルが居た。その顔は羽子板で負けた奴のように黒いマルとバツに溢れている。

 背中や鎧の腕、肩、腰に『バカ、アホ、マヌケ』と書いてあげた。

 特に背中の真ん中に書いたアイム、フールのスペルが適当で合ってるか不安なくらいだ。

「うぬぉ~!」

 ラチルが剣を振るう。

 僕は身をかわして剣をするりと避け、動きの止まった瞬間のラチルの顔に油性ペンでバツを書く。

 斬り返す剣をまたも避けて今度は足にバツ。

「どうなってんだ?」

 ワッシーが言った。隣で奥村が祈り続けている。

 ラチルの剣はことごとく空を斬り、振り抜かれて硬直を晒す。時々フェイントも混ぜたりして来るが、一撃だって僕には当たらない。

 額に汗がにじんで来るラチルが、イライラを最高潮にさせて叫んだ。

「ちくしょう!なぜ、なぜに当たらぬのだ!!??」

 ワッシーが呆然として言う。

「将軍はどうしてマコトが避けてから斬ってるんだ?」

 ラチルは気が触れんばかりの形相で僕に剣を向けて来る。

 振り下ろす剣を避けて、僕は手品のように空中から紙を取り出してそれをラチルのおでこに貼り付けた。紙にはマジックで僕があっかんべーをしている似顔絵を描いておいた。汗が濡れて紙がよく貼りつく。

「うがぁ~!!」

 ラチルが狂気じみた声で叫んで剣を振るう。

 僕はポツリと言った。


「ブックマーク」


 ケンカはした事が無い。



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