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理系男子と恋の魔法絵本  作者: 夢☆来渡
襲来、ドラゴンライダー
7/27

 

 四十分ほど前、奥村の案内で僕はこの奥村邸宅に着いた。それは新築らしく綺麗な外観で、最近テレビでよく見るCMを想像してしまう、なんたらホームやなんたらハウスを見ている気分だった。

 言っていた通り、両親は不在で、奥村はすぐに僕を家のリビングに招き入れた。

 僕はソファーに座って、ジロジロとリビングの内装に目を向けて1、2分ほど待たされる。その間に奥村は自分の部屋に行って荷物を置いて軽く着替えたらしく、制服の上着が白いセーターに変わっていた。制服のスカートから覗く生足が、リビングに繋がっているキッチンに向くと、僕に尋ねる。

「お昼まだだよね?」

「あ、うん。いつも購買でパンだから。近くにコンビニでもあれば買ってくるんだけど」

「昨日、私カレー作ったから、それでよければあるよ。お金もったいないし一緒に食べようよ」

「え、いいの?」

「お客さまに残り物ってのも失礼だけどねー」

「光栄です。カレー最高」

「ご飯もあるけど、パンがいい?」

「あ、ご飯にぶっかけでお願いいたします」

「カレーは文化だよねー」

「家によって違うよね」

 そんな話をしながら、手際良く出された皿をリビングで平らげる。

 こういう家庭料理は普段レトルトで済ませるからいつも同じ味だ。ちゃんと作られたものを食べるのは、軽く感動すら覚える。

 奥村の作ったカレーはジャガイモがゴロっと大きい。そして意外と辛い。父親が辛いのが好きらしい。でもまぁ、食べていくと慣れていって、一つの文化に触れた実感に変わっていく。水をグラスで二杯飲み干し、ウメェウメェと繰り返しながら完食した僕は、程なくして奥村の部屋に招かれた。

 きっと必要になるからと、自分が履いてきた靴を手に、部屋に入る。奥村も自分の靴を手にして。

 二階の一部屋で、僕たちは二人きりの空間に浮き足立つ。

 めちゃくちゃいい匂いがする。ふんわりと柔らかい、柔軟剤の香りなのだろうか?不思議と心地よい。

 初めての女の子の部屋に、僕は座る場所がわからない。

 部屋の右手にベッド。べ、ベッド。二回言うてもた。

 奥に折り畳み式の勉強机。少し年季が入っていて、親近感が湧く。

 真ん中に敷かれた電気カーペットが暖かい。その中央、ベッドの前には小さなテーブル。そしてクッションが二つ。青とピンクの丸くてふっくらしたものが、対面に置かれている。

 ああ、用意されていたのか。

 促されて座る。

 背中にベッドがあるのでつい背もたれてしまう。

 装備のリュックに靴をねじ込み、学生鞄から絵本を取り出す。テーブルに置くと、奥村が僕の右隣に腰を下ろした。

 当然のようにもう一つのクッションに座ると思っていたから、対面に置かれたままのピンクな丸いクッションが気になる。いや、それ以上に隣りが気になるんですけどね。

 思い出してみると、学校の図書室で本を開いた時、この座り位置だった。僕が左で奥村が右。だから自然と隣りに座って来たのだと思う。たぶんおそらく。

 自分の靴を得意の白いビニール袋に入れて、右膝の脇に置く。その奥村の顔が近い。

 肩と肩が触れ合うとパッと僕を見て、目と目が合う。どうしたの?とその瞳が言っている。

 ヤバい。ヤバいよ。

「説明してくれるんだっけ?」

 ちょっと待ってよお兄さん。説明してよって、はい?

「誠くん、何か他に解った?」

 あ、ああ、そういう意味か。

 僕は一晩、この本を持ち帰って調べてみた。それで解った事があれば説明すると約束していたのだ。

 とはいえ、僕一人で本が開く事は無く、ネットでも検索してみたがヒットする情報は無かった。

 僕は学生鞄から一枚のルーズリーフを取り出す。それは解った事をただ箇条書きにしただけの紙だ。



 ・表紙の絵と字が変わる?

 ・男女で同時に持つと開く?

 ・Ωのマークは不完全。本当は ♎︎

 ・天秤座?

 ・時間の流れが遅い。一時間=10分

 ・ブックマークと言うと戻れる?

 ・手持ちの道具と服は持ち込める

 ・持って帰れる



 取り敢えずこんな感じだ。

 奥村はそれを見て一言、すごいね、と言った。

 何も進展のない情報の羅列。

 勿論これらはまだ確証に至らない、確認はしてみるべきだ。特に戻り方については。

 僕は項目を気になっている順に説明していく。奥村も天秤座のマークの事は気付いたらしいが、基本的に深くこだわらない性格なのか、僕の説明をふんふんと頷きながら聞いたあと、じゃあ読んでみようよ、と危機感のカケラも無い声で言った。

 確かに、また開く事が出来なければ、確認も出来ない。ある意味前向きな思考は感嘆する。

 ベッドの側に自分の学生鞄を置き、背中にリュック装備を背負う。奥村は靴。それだけ?

「何か必要?」

 スゴイな。驚愕の精神だ。

 とにかく、準備を整えて本に手を掛ける。

 と、ここで気付く。

 僕が右手を添えて、奥村が右からさらに右手を添えようとする、と身体が密着して……

「きゃっ」

「うほっ」

 何だか開け辛い。僕の右腕、特にヒジが奥村の正面に来てしまって当たるのだ。ヒジから柔らかい感触が伝わって、奥村が小さな悲鳴を上げた。思わず反応してしまって僕も両手を上げて停止した。

 ん?何だ?

 ちょっと当たっただけなのにビックリした。

 奥村がまた赤面して僕を見ている。両手で自分の胸の心臓辺りを押さえている。

 ……コレってもしや、

「ご、ごめん」

 僕が謝ると奥村が震えるように首を振った。

 ははは、愛想笑いがお互いにイタイ。

 何だ?今スゴく柔らかくなかったか?

 あ、違う、そうじゃない!意識するな!

 静めろ!鎮めるんだ!

 エロイムエッサイム、エロイムエッサイム……


 ……ふぅ、危ない。

 危うく小悪魔が闇の奥深くから元気な姿を表面化するところだった。

 一歩たりとも動けなくなる状態だ。避けねばならない。それだけは。

「あー、交代しようか?俺が右から開けてみるとか」

「あ、うん」

 僕たちは場所を入れ替わり、再度本に手を伸ばす。

 僕が左手を本の下で押さえて、右手で開く体制を取り、

 左側から奥村が僕の両手に添えるようにすると、ふよふよんとした感触が僕の左腕から伝わって、おい!!

「あの、いま」

「ゴメンなさい、今のは私が……」

 顔を見合わせる僕と奥村。

 ははは、とお互いに照れ笑い。

 僕は顔に出さずに心の中でエロイムエッサイムを唱えた。

 よく考えたらこれ呼び出す呪文だ。

 奥村が言った。

「あ、それなら後ろからのがいいかも?」

「ああ、ナルホド、それなら触りたくても触れないね」

「……」

 ああああ!何を言ってるんだ僕は!

 邪念を捨てろ!捨てるんだ!

 小悪魔は嘆きの谷から今まさにムクムクと力をみなぎらせて立ち上がろうとして来る。

 チクショウ、こうなったらヤルしか無いのか!

 僕は奥村の背後に回り込み、視界から見えない位置に来た瞬間、ささっと一瞬で『秘奥義・ポジショニングチェンジ』を使った。

 瞬間的に目標を捕捉、小悪魔を谷底に突き落とすのではなく、出て来ても解らない位置に修正す

 何を言っているんだ、バカか。

 我ながら脳内が色んな物質で満たされたのを感じる。

 なかなかに心臓も激しく、息も荒い。

 始まる前に消耗してどうする。しかし秘奥義は著しくテンションゲージを使う。ああ、やめよう、何も考えるのよそう。

 僕は奥村の後ろに回り、足を広げ、膝を付いて足の間に奥村の身体を挟み込むように座る。


 奥村が本に手を添えて待つ。


 僕は後ろから手を伸ばして、奥村の両腕を伝うように、その手を上から握る。

 小さい奥村のカラダ。

 小さい奥村の手。

 あたたかい、手を。

 僕の胸から伝う温度。背中のラインがゆるやかにお腹に伝わる。

 首元に艶のある黒髪が。僕の右頬に額と前髪が触れると、奥村が見上げている。

 十数センチ先に奥村の唇を意識しながら、目と目が合う。

 このまま、


 このまま時間が止まれば、


 このまま抱き締められたなら、どうなってしまうんだろう。


 潤んだ瞳を見つめながら、手探りの感覚のままに、二人で本の扉をゆっくりと開いた。

 目は逸らさないままで、光は二人を包んでいた。



 ☆ ☆ ☆



 視界が光に溶ける。腕の中の奥村が白く輝きながら消えて行く。

 光が消えて、また見えるようになると、空間は木の生気に溢れた匂いに満ち、僕は薄暗い部屋に立っていた。あの小屋の中だ。

 腕の中に居たはずの奥村が、少し離れた木の机の横に立っている。一瞬の移動に面食らうが、すぐにその視界からの情報に合点がいく。この光景は、前回消えた時の続きだ。僕がブックマークがどうとか言った、あの瞬間の再現なのだ。

 奥村は、座っていたはずの自分が立って僕を見ている事に、少し戸惑いを見せる。

 僕が落ち着くように言うと、奥村はふぅっと息を吐いた。それはため息なのか、深呼吸なのか。

 手に現代情報通信端末いわゆるケイタイを持ってはいなかったが、あの瞬間の続きで間違いないだろう。

「今日はケイタイ持って来て無いんだね」

「ここに忘れちゃうと困るもの」

 ナルホド。持って行き来できるというのは、忘れ物の可能性もあるな。気をつけよう。

「奥村さん、来たばかりで何だけど、まだ靴は履かないで、取り敢えず置いておいて、戻る時の合言葉を実験しておきたいんだ。それからコレ」

 僕は背中のリュックを下ろし、中をゴソゴソあさる。

 取り出したのはストップウォッチ。よく走る時のタイムを計測したり、物体の移動における摩擦係数や速度の変化の実験に使われるアレだ。僕は二つ所有している。

 この二つのストップウォッチを同時に作動させる。そして放置。

 次に腕を出して袖を捲り上げる。腕時計は今回のためにアナログとデジタルと太陽電池型デジタルの三つを用意しました。一つを外して奥村に渡す。アナログタイプだ。

「今、この時計は三つとも同じ時間を示している。針は動いていないが昼の1時20分だ。間違いないね?」

「うん」

「これは元居た現実世界の時間だと仮定して考える。今から僕の持つデジタルの一つを停止して再起動する」

 デジタル時計を操作して、動作をリセット。再起動する。時間を示す文字盤は00時00分を表示して、点滅を繰り返す。

 時間を1時20分にセット、時計をスタートさせる。

 秒刻みが動作し始めたのを確認すると、奥村にも見せながら言う。

「見て、動き出したよ。ここでの時間を刻み始めたんだ。そしてコレとストップウォッチが、本来の僕たちの時間だ」

 奥村はパチパチと手を叩いている。賞賛なのだろうか。

「今から6分間、時間を図る。僕はこの世界の1時間を10分と仮定してみた。つまりこの時計とストップウォッチで6分が経った時、元の世界の時計が約1分進むはずだ」

「え?それまで待つの?」

「そだね。けっこうスグだけどね」

「早くお城に行きたいよ~」

「まぁまぁ、今大事な事を調べてるからね。ちょっと待ってね」

「ぶうーぶうー、お城行きたーい」

 ボヤく奥村をなだめながら、ストップウォッチと腕時計の示す時間が経つのを待った。

 ストップウォッチは少し早く動かしていたので、時計の調節時間を含めて約2分程、表示が早い。

 時計の表示が6分、ストップウォッチは8分を表示した所で、動いていなかった太陽電池型デジタルと、奥村に渡したアナログを確認する。

 奥村が表示を読み上げる。

「1時20分、変化有りません」

「僕のデジタルも1時20分、変化無しだ」

「どういう事?」

「僕の仮説が崩れたって事。こっちの1時間は10分説に疑問が生じる結果になりました」

「よし、じゃあ、早くお城に行こう!」

「NO!行けないから。まだ試してないから!」

「え?まだ行かないの?」

「だから、戻る時の合言葉!」

「ああ、そうだっけ」

 早くも待ちくたびれた感のある奥村を置いて、僕はストップウォッチを一つだけ持つ。山小屋の中を見回して手頃な投げられる物を探す。視界に、机に置いてある木で出来たペン立てを見つけた。フクロウに似せたような彫り込みがされている。職人が作ったと言うよりも、荒々しくて、学生が暇つぶしに作ったような風合いだ。一本だけ、ペンが刺して置いてある。刺さっていたペンを引き抜いて机に転がし、フクロウを掴む。

「僕が今からこのペン立てを上に投げる。そしたら同時にブックマークと言ってみようか、せーのっ」

 空中に躍り上がる木のフクロウ。

 物体が重力に逆らいながら上昇して位置エネルギーを蓄える。

「ブックマーク!」

「ブックマーク」

 二人で言った合言葉に、少しテンションの違いを感じた。元気ないな、奥村。僕がうるさいのか?


 光に包まれる二人。


 一度瞬きをして、目を開けると先ほどまで居た奥村の部屋だった。

 立ち位置は変わっていて、僕は部屋の入口、ドアの前に。奥村は本が置いてあるテーブルの横だ。

「なるほど、ブックマークね。しおりを挟むって事か」

 僕はすぐに時計を見る。

 1時20分。太陽電池型デジタルの示す文字。秒刻みが動作している。

 代わりに、本の中で動かした普通のデジタル時計が1時26分で停止、秒刻みを停止している。

 奥村のアナログを見ると、こちらも1時20分で動いていた。

 元居た現実世界の時間は何も無かったように刻まれ始めている。

 ストップウォッチを見る。こちらは約8分でカウントをストップしている。さぁ、どうするか。

「奥村さん、すぐに本にまた入るよ。腕時計を自分のがあるなら持って行って」

「あ、はいっ」

 奥村が勉強机の引き出しから、ピンク色の可愛い腕時計を取り出して、腕に付けた。アナログタイプだ。

 僕はお互いにアナログを一つ、デジタルを一つ持つように奥村に指示して持ち替える。

 アナログは現実世界での時間を見るために使い、デジタルは本の中での時間を見るために使うのだ。


「じゃあ、あらためて、本を開きます」

 僕はまたもや緊張しながら言った。

 腕の中で奥村が答えた。


「はい。今度こそお城へ!」


 わかったから。





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