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理系男子と恋の魔法絵本  作者: 夢☆来渡
恋の扉は突然に
2/27

 奥村はその台紙を再び傍に置き、作業を再開した。

 本の山から一冊を取り、記号を確認し、台紙を眺めてシールを探し、剥がして、貼る。

 僕は見ていた。

 その作業行程を。

 決して手伝うと言った事は嘘ではない。作業に掛かる時間を数えていた。

 本を取り、シールを貼って置くまで約20秒。これでは日が暮れてしまう。

 奥村は僕が黙って見ているのが不思議らしく、三冊目を取ろうとしてその手を止めた。

「どう……したの?」

 何か悪い事でもしたのかと不安な目と眉で僕を見つめる。

 僕はかなり重いため息を吐いた。

「あのさ、先ずはランダムの中からランダムにシール探すのはやめようか。作業効率が悪すぎる」

 僕は立ち上がった。

 我慢ならないと言ったらいいのか?

 確かに自分の仕事とはいえ、今日終わらなければ次の奴がやる仕事。

 だろうけどさ。

 作業効率とか順に考えれば半分の時間で済む事を何故やらない?

 僕は机の上の本の山に手をかける。

 同じ記号のイならイだけを、ロならロだけを、ハならばハだけ、区別して積み上げる。

 台紙は番号がややランダムだがカタカナはまとまっている。

 あとは台紙を二人で分けて、それぞれの文字を分担するだけだ。

 僕が本の整理をしながら作業を説明する。簡潔に話したつもりなのだが、僕の口調が強かったのか、奥村は何故か「ゴメンなさい」と謝ってきた。

「謝る意味がわからない」

 僕は素直に言った。

 奥村は下を向いた。

 多分、

 僕は嫌われたかもしれない。

 まぁ、いいか。いつもの事だ。

 顔に感情の起伏でも有れば、僕が怒っているのか平静なのか読み取れるのかもしれないが、生憎と特に感動も無い作業には喜怒哀楽を付随して表現する気にはならない。サービス過剰だとすら思う。

「シール、半分貸して」

 僕が要望すると奥村はシールの台紙を素早く分けて、三枚僕に差し出した。僕の目は見ないまま、口をへの字に結んでまた作業を再開する。

 先ほどよりも作業時間が短縮され、二人の手が黙々と新たなシールを貼り続ける。確実にペースが良い。

 まぁ、二人だからな。これなら日が暮れる心配は無いだろう。

 ん?

 二人って事は、何となくだが……

 状況的に見ると作業をしているだけだと思っていたが、図書委員でもない僕がわざわざ一緒に作業するのも不思議な光景だな。

 しかも男女で二人きりだ。

 もし誰かが来たら、見られたらと考えてみると、有らぬ噂のタネだよなぁ。

 僕は先生に頼まれたんだ!と言いたいが、実際は図書室に行けば分かるとだけしか言われていないしな、はっはっは。

 自分で振り返っても理由がザックザクにアバウトだ。

 ああ、そうだ、奥村はどうなんだろう?変な噂とか気にならないのかな?

 まぁ彼氏とか居れば迷惑だろうがな。

「あのさ、一つ聞いていいか?」

 僕は本を取りながら口を開く。

 奥村も同じように手を動かしながら生返事のような反応を返す。

「んー?なぁに?」

「奥村って彼氏居るの?」

 次の瞬間、奥村はあからさまに挙動不審に陥った。

「ふはぁ?」

 取り寄せた本をひっくり返して開き始める。そこに記号は無いだろう。

「はぁ?って、ほら、好きな奴とか居ないのか?」

 開いた本を逆さまに持ち上げ、顔を隠しながらシュバッと振り向き、僕を見る。

「な、何で?」

 本の上部から覗き込まれた僕は当然だから応える。

「気になるから聞いてるんだ」

 何でと言われても困るな。

「き、きききになるってなんで?」

 またナンデか。お前はナンデ教の教祖か。

「居たら困るから」

「おふぉっうおっ」

 奥村は声にならない言葉のような奇声を上げて空中を見上げた。息も絶え絶えに苦しむように悶えている。

 ちょっと心配になって来た。

「どうした?呼吸困難か?」

 椅子から転げ落ちそうな奥村は何かに必死に耐えながらハアハアと荒い吐息を繰り返す。

「苦しいのか?」

 僕は手作業を止めて奥村の肩に手を乗せた。

 瞬間にビクンと奥村の身体が電気でも流したように震え、目を見開いた少女が振り返る。左手を広げて突き出し、僕を制止しながら手を振った。

「だ、大丈夫です、だから何も、大丈夫だから」

 口を押さえて唇を隠し、またも赤面しながら大丈夫を繰り返す。

 僕はそれを信じていいのか?吐きそうじゃないか。

 体調が良くないのか、身体が元々弱いのかもしれないな。いたわってあげないと、倒れたら大変だ。

「ホントに、大丈夫だから、ネ」

 病人という奴はどうしてこうも強がるのか。笑顔が引きつって違和感バリバリだ。

 彼女のプライドに免じて先生を呼ぶ事はしないが、また様子がおかしくなる様なら保健室にでも連れて行こう。抵抗するなら多少無理矢理にでも連行するべきだろう。

 数秒して椅子に座り直した奥村がふうっと息を吐いて、両手で自分の胸辺りを押さえた。心臓の鼓動を確かめているのか、脈拍を測るのは手首の脈動でいいんじゃないかとも思ったが、……まぁ、大丈夫そうだ。

 僕が見ていると奥村はゆっくりと振り向き、僕の目を見た。そのまま三秒、ジッと見つめたまま、時が止まったように僕たちは見つめ合った。

 奥村は何かを考えているのか、一瞬だけ小さな唇を動かした。だが何を言うわけでもなく、また横一文字に口を結ぶと、また下を向いた。

 今度は何故か目を細めて潤んだように、横顔は淋し気で、その横顔が今にも泣き出しそうに僕には見えた。

 何となくその横顔を見たら気まずくなってしまったので、僕は作業を再開しながら話題を変えてみた。

「えーと、一年の時、同じクラスだったよな。よく教室で本読んでたろ」

 僕が言うと奥村はまた振り向いてくれた。少し驚いたみたいで、目をパチクリさせている。

「は、波多野君、覚えててくれたんだ。私の事」

 ……え?そりゃクラスメイトは覚えてるだろ。さっきも名前呼んだろ。

「しょっ中、見るたびに何かの本読んでたけど、図書委員になったんだな。よっぽど本好きなんだな」

 奥村が頷く。

「うん、私もね、見てたよ。波多野君の事」

「ん?そうか?」

「うん、理科の授業はすっごく真剣なのに、英語になるとすごーくだらけてて、体育の後は……なんか眠そう」

「……そうかな」

 言われても自覚がない。そうだったかしら?

「うん、藤島君と中村君と、よく一緒に居るよね。同じ部活なのかと思ってたんだけど、二人はテニス部で、波多野君は化学部だった。なんか不思議~」

「お、おお」

 何だか話が飛ぶなぁ。

「あとお弁当の時、お箸の持ち方ちょっと変だよね。お箸がクロスしてるの、アレ直した方がいいよ」

「あ、そうか?箸なんて持ち方あるのか。食えたらいいと思ってるからな」

 突然饒舌になった奥村に戸惑いながら僕は話しを合わせた。

 相づちや簡単な返答をするだけで、奥村の話が次から次にコロコロと変わるので、思い出してついて行くのがやっとだ。

 女性というのは会話してストレスを発散するらしいが、奥村もそうなのか?だとしたらそうとう溜め込んでたのか?

「たまに机の上に落書きしてるでしょ、何かの記号みたいな?カンニングかと思ってビックリしたんだけど、アレって車のメーカーのマークだよね」

「ああ、エンブレムな。メルセデスとかアキュラとか」

「車、好きなんだ~」

「うん、まぁな。外車とかカッコイイからな」

「私も……好きだよ。優しくて、カッコイイよ」

「ん?アキュラって実はホンダなんだぜ?」

「……え、あ、……ああ!あれっ?何言ってるんだろ私!!ああっシール貼らなきゃ!!手が止まってるよ!ほら誠くんも頑張って!って言っても私の仕事かぁ~!何をやらしてるんだよ私~!!」


 ……

 ……

 ……何だか忙しい奴だな。


 冷静に話してたと思っていたら、突然またもや赤面を始め、机の上の本に突っ伏した奥村は僕を振り返りながら、今度は大人びた切ない表情で言った。

「二年生になって、別のクラスになって……もう絶対に話す事なんて出来ないと思ってた。今は毎日が絶望なんだよ」

 コロコロとよく表情が変わる。

 今生の別れでもあるまいし、クラス替えにそんなに絶望する事があるのかと問いたい。

 クラスが変わると担任の先生も変わるのが楽しみのハズだが、僕なんか二年になっても同じ上村が担任だ。慣れた名前とか顔を知られた存在だけに、余計な係や仕事を上村から押し付けられる。その方がまだ絶望だ。

「何か話したいならこっちのクラスに来たらいいのに」

「そんなの無理だよ。恥ずかしいし。じゃあもし私が会いに行ったら、誠くんもウチのクラスに来てくれる?」

「ん?……ああ、いいとも、いいとも」

「軽いなぁ。絶対だよ、ぜーっったいだよ!」

「わかったわかった。まぁ、話したい事があればな」

「うわ、コイツ絶対来ない」

 今度は怒るのかよ。

 ホントに忙しい奴だな。

 作業を進めながら、ふと本の山から取った一冊の絵本に目が止まる。

 かなり凝った造りで、数十年は経っていそうなほどに古い。

 厚さは1センチほどで、寸法は33*26センチ、目測だが。

 しかし重厚感がスゴイ。

 辞典ばりに重い。

 振り回せば武器として成り立つだろう。いや、盾として使うのが良いか。

 いや、本だ。読むべきだ。

 表紙を見る。

 油絵で描かれた山の風景に城のような建物。湖畔に佇む洋風の城だ。

 そして剣を持つ戦士と、相対するのは竜に乗る戦士。姫が捕らわれているのか、相対する戦士達が咆哮を上げている。どっちが正義か解らない。

 本の表紙の中央に、Ω(オーム)型の金属製の紋章が張り付いている。

 金属の表面に付いたキズや黒い汚れが年月を経て来た事を伝えている。

 一見すると、ただのボロい絵本だが、重厚感や本の周りに施された装飾や、革貼りの質感が上等な物だと言っていた。

 僕がそれをしげしげと眺めていると、奥村は笑顔で言った。

「カワイイ本だね」

 出たな、何でも表現に含まれる驚異の言葉、カワイイ。

 何が基準なのかサッパリ解らない魔法の言葉だ。

 動物園のパンダからイグアナ、果ては道端の雑草にすらその言葉を使う。

 この咆哮する戦士を見てカワイイとか言ってしまうなら、ホラー映画のポスターを見て『ちょっと恐いかも~』とか言っちゃうんだろう。

 同属性に『ヤバイ』なんてモノもあるが、いつか廃れる。その言葉の寿命は短命だ。

「寄贈された本にしては、子供っぽいよね」

 うん?まあ確かにそうだな。

 中学生が読むには少々年齢層が低いな。

 絵本のタイトルも……何だ?読めないぞ?

 アルファベットじゃないし、アラビア語のセム語族とも違う。幾何学模様からして象形文字の文明を経ていない。アジア圏外、謎の記号の羅列だ。

 勉強のための洋書というならまだしも、何処の言葉かすら不明なら、こんな物は先生に言うべきか?

 奥村は興味を持ったのか、本を持つ僕の方に身を寄せて来た。

 覗き込むと頭のお団子が僕の視界を著しく阻害した。

「ゆうしゃとおひめさま?何処の絵本だろう?翻訳版かな」

 奥村が言ったのが本のタイトルらしく、僕はびっくりした。

「奥村さんコレ読めるのか!?」

「え?そりゃ読めるよ。平仮名だし」

「はぁ?」

 奥村が身を起こすと視界が戻る。

 僕の手の中には握りしめたままの本。

 パステル調のコミカルな絵。

 タイトルは『ゆうしゃとおひめさま』


「おい!変わっとるがな!!」


「え?ツッコミ?」

 僕の叫びに奥村が動揺した。

「どんなマジックだ!!スゲェな!お前スゲェな!」

 僕も動揺していたが、とにかく目の前で起きた超常現象、表紙すり替えマジックを賞賛しよう。

「いや、意味わかんないよ。何にもしてないよ」

「はぁ?またまた、何を知らないフリしてさらに動揺させようったってそうはイカの金チョメ。さっきまでルノワールばりの油絵だったのがイキナリ可愛いコミカライズっ、幾何学文字は平仮名にチェンジ!ははぁんアナタもしや手品師になりたい?次のネタをもう仕込んでる?」

「いや、全然意味不明なんだけど。誠くんが持ってた時からずっと同じ絵だよ?」

「……」

「日本語、ひらがな、解る?」

「……」

 僕は固まっている。

 何だ?

 マジック成功したなら驚いたの見て満足じゃないのか?

 まだ驚いた方がいいのか?

 まだ気付いてない仕掛けがあって、僕のリアクション待ちなのか?

 そうか、まだ何かあるのか……

 再び視線を絵本に向ける。

 本の全体の革貼りとか装飾はそのまま、中央の紋章もそのまま。

 絵のクオリティが下がりまくり、小学校低学年の読む絵本に酷似している。だが外側が古臭いのに絵だけ現代版にしました感がもう無駄なマジックとしか言えない。いや、そこじゃない、見るべきはとにかく……文字と絵が変わったくらいしか見た目が解らない!

 裏返しても何もない。

 そうか、中身か?

 実はページを開いたらハトが飛び出すとか花が飛び出すとかってアレか!?

 よし、受けて立つぞ!

 僕は絵本を机の上に置き、表紙を自分に向けて、それの表紙に右手をかけた。

 本の表紙をゆっくり開く。

 閉じられたままの本が、裏表紙を伴って起立し、右にパタンと倒れる。

 おや?

 開かない。

 もとい。

 もう一度表紙を向け、革の表紙に手をかけ、開く、開……こうとする。

 だがしかし、表紙から裏表紙までしっかりと固定された本のカタマリは、その本の役割りを拒否するかごとく、開く気配すらない。

 僕は両手で無理やりに開こうと力を込める。

「ふん!ぬぬぬぬ!」

 硬い。

 かなり頑丈に接着されている。

 意味が解らない。

 これでは本型の鈍器、並びに盾にしか使えない。

「あの、何やってるの?」

 隣で見ていたのであろう奥村が不思議そうな顔を向けていた。

「いや、この本、開かないよ」

「え?ウソ」

「いやいや、奥村さん何か仕込んだなら失敗かもよ」

「仕込んでないよー。今初めて見たばかりの本だよ。わあ、ちょっと重いね」

 言いながら奥村が本を手に取り、表紙に手をかける。開こうとするが、やはり固く閉ざされた扉はビクともせず、首を傾げていた。

「ダメだね。何だろう?」

 奥村が一生懸命に絵本を読もうとする姿が何だか可愛い。

 開かなくて力を入れる表情とか、息を止めてプハーっと吐き出す仕草とか。何だかコミカルで、必死さが余計に面白く見え、僕はちょっと笑ってしまった。

「もうっ、笑うなら手伝ってよ」

 またもや怒らせてしまったと少し反省をしながら、僕は奥村の目の前にある絵本に手をかけた。

 奥村の右手が少し触れて、ちょっとドキっとした。

 それは奥村も同じだったようで、僕を間近で見ては得意の赤面をすると、僕たちは同時に力を込めて本を開いた。

 本は軽く、さほど力もかからず、ごく普通の本のようにその表紙を開いた。

 1ページ目、白い紙面の中央に、あの表紙と同じΩ型によく似た紋章があった。違うのはΩの下にもう1本の線があった事。

 どうやら表紙の紋章は破損していて、下の部分が欠落していたようだ。

 そして紋章は光を溢れさせて輝き出す。

 本が虹色に光る。さらに強く光る閃光は僕たちを包みながら膨張した。僕は目を開けていられなくて、目を閉じ、光から視線を逸らした。咄嗟に奥村の手を、強く握っていた。


 そして僕たちは、図書室から姿を消したんだ。





挿絵(By みてみん)


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