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理系男子と恋の魔法絵本  作者: 夢☆来渡
リコール!!
16/27

16

 

「奥村さん凄くうまいんだねー、びっくりした」

「全然、フツーだよ。誠くんのが上手だし」

 歌い終わってから感想を述べると奥村は少し照れているのか、頬を赤くしながら僕に言葉を返す。ずっと聞いていたくなる透き通るような声を脳内で反芻しながら、次は何を歌えばいいのだろうかと悩ましげに考えてみる。この歌声を聞いてしまうと、自分がこの中で一番下手くそっぽい事に気付いて、ちょっと気おくれしてきた。しかし、一緒に歌うってのはいいなぁ。余り自信のない歌でも安心して歌えるし。

 いっそ盛り上げ役に徹して奥村の背後で踊ってる方が良いんじゃなかろうか。いや、しないけどね。

 曲目の検索画面から視線を上げると、奥村が肩を寄せて来て同じ検索画面を指でなぞる。タッチパネル式の小型通信端末は奥村の指に弾かれるたびに画面を変えていく。ああ、タッチパネルになりたい。

「次、何しよっかー?」

 奥村がポツリと言った。どうやら僕に問いかけている。

「誠くん何が好きー?」


 おまえがすきだー。


「ミスチルとゆずならどっちがいい?」


 おまえがいいー。


「ね、聞いてる?」

「ああ、すいません。妄想してました」

「何を?大丈夫?」

「いや、僕はいいから、奥村の歌声が聞きたいなぁー」

「えー、やだよー。恥ずかしいから一緒に歌ぉーよ」

「うーん、足引っ張るだけのような気が……」

「ほら、今日は私のためにがんばってくれるんでしょ。すっごい長いメールに書いてあったじゃない」

「ああ、ハイ。そうね、そーですね。何がいいんだろうな」

 頭をポリポリ掻きながら、ふと視線を感じて中村の方を見る。

 僕と目が合うと、中村は口を膨らませて今にも吹き出しそうな微妙な笑顔でプルプル震えていた。

 な、なんだ?

 その中村の隣で松下がニヤニヤしながら奥村の方を見ていた。

 ど、どうした?

「ねぇ、スマッピー入れていい?」

 奥村が僕を振り返りながら言う。

「うん、簡単なやつでよろしく」

 僕は奥村に笑顔で返す。

 奥村は端末をぽちぽち操作して、曲目をエントリー。

 その様子を見ていた松下が口を開いた。

「なんか美夜から聞いてたのとイメージ違うんだけど?」

「え?」

 奥村が松下をちらりと振り返り、端末をテーブルに置く。

 松下は言葉を続ける。

「美夜と羽多野くんはホトんど話した事もなくて、一緒に遊びに行くのも今日が初めてだって聞いてたんだけど?」

 おお、その通りだ。間違いない。

 何が違うんだ?

「そうだよー、初めてだよー。ねぇ?」

 奥村が僕に同意を求める。当然僕は頷く。コクコク何回も頷く。

「一年の時にほとんど話してなくて、昨日いきなりアドレス知りたいとか私に言ってきて、昨日は結局メール一回しか出来なかったはずだよねぇ?」

「うん……そうだけど」

 奥村がちょっと押され気味に見える。

 その通りだぞ。間違ってないぞ。なんだか意外と情報が松下に流れている気がするがそれは今は置いておこうか。

「そのわりに……ネェ~?」

 松下が中村に意味深な笑顔を向ける。

「ねぇ~?」

「ですよねー?」

「ですねー」

 中村も同じ口調で松下とくっ付いて、こちらをチラチラ見ながら、こちらには全然聞こえないトーンでヒソヒソ話を始める。

「ちょ、ちょっと何よー」

 奥村が赤面を始める。

 僕は意味がわからない。

 松下は笑って、悪びれる事なく柔らかい口調で言った。

「仲良すぎーって言ってんのよ。なんだか心配して損したわ。お似合いよ、アンタたち」

 僕と奥村の目が合う。

 松下の意外な一言に奥村は赤面し、僕はどうしていいのか分からない。なんだか顔が熱いな。奥村の赤面がうつったかな。額に汗が。

 そんな僕たちに中村が追加で攻撃を加えてくる。


「ここは若い二人に任せて、私たちはドリンクバーにおかわりでも取りに行きませんか」


 おいおい、お見合いかっ!


「そうねぇ~、私って優柔不断だからドリンク選ぶのに悩んで15分くらい戻らないかもしれないわ」


 おいおい!優柔不断ってウソだろ!


「おや、俺もすぐに決まらないと思うから20分か30分くらいかかるかもしれませんね!じゃあ、羽多野くん、あとはよろしくね!」


 おーい!!


 ガチャ、バタム。


 松下と中村が部屋から出て行ってしまった。閉じたドアを呆然と見てしまう僕。

 ……まじで30分も戻らないつもりか?あ、あははは……


 振り返ると赤面する奥村が居る。

 愛想笑いで何かを誤魔化そうとする僕に、奥村は言った。

「二人きりだね」

 言っちゃうのかよ。誤魔化せなかったよ。

 こうなってしまうと意識するなと言うのが間違いで、思う存分にテンパる僕の脳内アドレナリンどっぱどっぱ。

 そして始まるスマッピーの曲イントロ。

「う、歌おっか?」

 何を言っていいのかわからなかったので、取り敢えず無造作にマイクを掴んで笑顔を向ける僕はかなり引きつっている。

「は、はい!」

 奥村もマイクを両手で握りしめた。


 スマッピーの名曲は愛の歌だった。


 君を守るために生まれたやらなんやら愛やらぬくもりやらなんやら。


 もう照れ臭くてまともに歌えない。


 百獣の王の心臓なんて所詮はネコ科だと思い知った。




 ☆ ☆ ☆



 歌い終わると訪れるのは一瞬の沈黙。感じる必要のないプレッシャーに押し黙ってしまった僕と奥村がお互いの視線を泳がせては見つめ合う。視線を絡みつかせながらほのかに赤らむ頬を緩ませて、奥村はクスリと笑う。

「やっぱり上手いよ、マコト君。惚れちゃうよ」

 奥村が冗談めかして言った。

 思わず惚れるというキーワードにドキリとしながら、冗談の波長に合わせて僕も返す。

「奥村さんに惚れてもらえるならもっと練習しなきゃな」

「えー、上手くなって、それで色んな女子を手玉に取って泣かせては捨て、泣かせては捨てていくと」

「いや、ソレは無理だから」

 赤い顔を向ける奥村に真顔で突っ込みを入れる。

 一瞬目が合った後、奥村と僕は二人とも笑いながら下を向いていた。

 さっきの惚れちゃうよはどういう意味なんだろうか。

 深読みするとあとで恥かくかもしれないし、言い方が冗談ぽいからなぁ。やっぱり冗談で言ったのかなぁ。奥村は何だかバツの悪いような雰囲気で少し眉を寄せていた。だが次の瞬間には表情をにこやかに変えて僕を振り向く。

「そーいえばさっきの話しの続き!」

 うおぅ、またイキナリ話が変わったよ。この子はいつも急だな。

 さっきとはいつの話だ?バス停での話かな。

 奥村は足元に置いていた自分のリュックを手に取り、チャックをガバっと開いて中から四角いものを取り出す。

「見てみて!実はあの後、本を片付けようとした時に気付いたの!」

 やたらと嬉しそうに奥村が取り出したのはなんとあの絵本だ。目をキラキラさせてテーブルに置く。薄いわりにやたらと重い不思議な絵本を裏返しに背表紙を向けてゴトリと置くとやはり重量感が伝わる。

「も、持って来てたのか。凄いな」

「うん、あのね」

「重かったろうにまさか。凄いな」

「カンシンしすぎだよ。それでね」

「荷物の中身がコレだけとは凄いな」

「きーきーなーさーいいいい」

「痛いイタイ、耳がちぎれる」

「それでね」

「うん」

「表紙の絵、デザイン覚えてる?」

「ああ、えーと、剣を持った戦士と竜騎士、あとお姫様と湖にお城」

「わぁスゴイスゴイ。ちゃんと覚えてるー」

「軽くバカにされてる感じ?」

「違うよ、褒めてるじゃん。でわでわ、お客様、こちらをご覧ください」

 奥村はゆっくりと絵本をひっくり返して表紙を向ける。

 豪華な革張りの本に似つかわしくない、コミカルで子供向けな絵柄が僕の視界に映る。

 奥村は人差し指で、本の表紙の戦士の絵を示す。剣を握りしめ、竜騎士と対峙して咆哮を上げているようだ。

 ん?


 ……

 ……

 ……剣がない。



 ……

 ……

 ……てゆーか、




「パン持ってるでしょ」




 え?……あれ?

 戦士が剣じゃなくて食パン持ってるように見えるぞ。

 てゆーか、持ってるな。

 うん、持ってる。

 これ確実にパン持ってる!

 意味わからん!


 戦士と竜騎士が向かい合って、お互いに対峙してるのは変わらない。

 でもあからさまに戦士の右手に食パンが一斤。

 あれー?

 こんなんとちがうー。

 どうしてこうなった?


 僕の脳が、はっと一つの答えに導かれる。


「パン、小麦粉、小麦粉バクダン」


 口を突いて出たのは絶望に似た呆れた声。


「ふざけんなー!やり直せー!」

 僕は直後に怒りにも似た声で叫んでいた。

 ここが防音室で良かったとマジで思う。

「やっぱりそう思う?」

 奥村の確認の声に僕は叫びを落ちつかせながら答える。

「僕が剣を使わずに小麦粉バクダンでラチルを倒したからこうなったって事だろう!?だったら小麦粉の袋とか爆発した絵とかあるだろ!何でパンになってるんだ!しかもよりにもよって日本の食パンか!!フランスパンとか長いやつだってあるだろ!!」

「え?そこ気になる?」

 奥村にわずかに伝わらない怒りをぶちまけた後、僕は本をテーブルに置いたまま、奥村の手を取った。

 突然手を握られて奥村が戸惑う。でもそこはあえて無視。

「行こう、奥村さん」

「え?行くって」

「本の中!」

「え!!今から!?」

「今から!!」

「カラオケはどうするの?」

「すぐ戻って来れば大丈夫!!」



 僕は半ば強引に、奥村の手を握ったまま本を開いた。


 カラオケルームに光が満ちると、僕らの姿が消えている。

 この時、監視カメラの存在を僕は忘れていた。




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