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理系男子と恋の魔法絵本  作者: 夢☆来渡
リコール!!
15/27

15

 

 真っ昼間から女の子と腕を組んで歩くなんてモチロン初めてだ。

 目の前には、先を歩く友人の中村と松下さん、僕らと同じように腕を組みながら歩いているが、とても初めてとは思えない程スタスタと軽い足取りで……なんて言うか、すごく自然だ。昨日見たバラエティー番組のお笑い芸人の話や、これから歌う予定の曲目など話題も豊富で二人に笑顔が絶えない。

 一方僕らといえば、ずっと無言のまま、前の二人を追跡するロボットのように歩調と歩幅を合わせてひたすら歩く。二人三脚でもしているのかと疑う程に、僕と奥村の合わせている歩調がギクシャク、ギクシャク。

 表情にも余裕がない。僕の目線は前方に向けられ、道端に石ころが落ちていないかとか、マンホールの蓋が開いてないかとか、僕らの進路の障害物を全て探知しようとさえしている。


 奥村がつまずいたら大変だからな。


 これを一種の現実逃避である事を僕はまだ知らない。

 いやさ、知らなくていい。

 今が幸せならそれでいい。

 たぶん、はたから見たら無言で真面目な顔をして歩いているように見えるんだろう。だがそれは必死に感情が顔に出ないように堪えているだけで、実は内心ウハウハだ。

 目線を左下に向けるだけで、奥村の黒く艶やかな髪から横顔、白い首筋に小さな肩までもが僕の視界に入るのだ。もう何度も見てしまう。仕方ないだろう気になるんだから。

 左腕に奥村の細い腕が絡む、少し引っ張られるような重さがあり、それはどうやら奥村が力を入れて腕を掴んでいるのが原因と思われる。僕のジャケットが左側に引き下ろされるようにズレて来ている。だがそういうものなのだろうと僕は思い込んでいて、何も言わずに奥村の体温を感じ、柔らかな匂いに身を震わせているだけだった。

 歩きながら何度か視線を奥村に向けると、ふと視線が合う瞬間があった。奥村は僕と目が合うと、無言のまま『なぁに?どうしたの?』と眉を動かして尋ねてくる。僕はそれに何も答える事が出来ず、照れ臭くてまた視線を道路に移しては、何も転がっていない道路を観察して歩くのだった。




 歩き続けて五分ほど、僕らは商店街の一角にある、個室歌唱遊戯を内部に収めるビルディングに辿り着く。白い外壁に電飾が派手に光る看板には『ジャンボエコー』の文字。大きい強化ガラスの自動ドアが開いて、暖房の効いたロビーに足を踏み入れる。むっとした空気の中、オレンジ色の大きめなタイルが敷き詰められた明るい店内を歩く。いくつかの照明が照らす待ち合いスペースには革張りのソファーが並び、その向かい合う右手側に、受付カウンターとレジ。そして店長と思われる中年の男が一人。胸にネームプレートを付けていて店長って書いてあるからな。間違いないだろう。やたらと突き出たお腹が『わたしは私腹を肥やしました』と何も言わなくても体現している所が笑える。もうかるのかな、カラオケって。

 僕たちに気付くと店長は「いらっしゃいませー」と明るい声を投げた。僕たちを観察するような目は、学生カップルが個室で悪さをする経験によるものだろうか。あまり歓迎されてない気がするのは店長の目が笑っていないからだ。客商売だろ、おい店長。


 松下と中村がカウンターに向かう。主導権を握るのは松下のようで、店長の繰り出す業務的な質問に明るく元気に答えていく。

「何名様ですか?」

「四人でーす」

「お時間は?」

「フリータイムで!」

「ご希望の機種をお選び下さい」

「DAMOで!」

「フリードリンクはご利用になりますか?」

「もちろん四人分」

「代表者の方、お一人様のサインと電話番号をこちらにお願いします」

 店長がレシートを切り取ったような小さな紙を差し出す。そしてボールペンをコロコロ。

 松下は中村を振り返り、目配せする。

「俺かよ」

「よっ、代表者!」

 松下に背中をポンと叩かれた中村はまんざらでもなくニヤケ顔で紙にサインした。

 こうやって上手いこと使われて行くんだろうなぁ、とか、尻に敷かれる男の宿命と共に、この友人の未来の姿を垣間見ている。それはさほど遠く無い自分の姿かもしれない。

「23番のお部屋になります。ごゆっくりどうぞ」

 小さな紙を挟んだ伝票クリップを差し出して、店長は僕たちを奥に促した。




 ☆




 歌唱部屋に入ると、中村との打ち合わせ通り、入口に近いソファに僕と奥村が座り、テーブルを挟んだ向かい側に中村と松下が座る。わりとスムーズに決定した位置取りが段取りめいた感じを受けるのだが、まぁもめたりイヤがられなくてホッとした。

 隣に奥村が居ると思うとなんか落ち着かない。なぜだ。意識しないで居たいのに無理っぽい。ははは。

 松下にトップバッターを指名された中村はハイハイと照れながらもマイクを握る。こういうときに社交性って出るよね。僕はちょっとトップバッターは遠慮したい。

 歌とは曲というメロディーに合わせて歌詞という言葉を乗せて伝えるものだ。吟遊詩人、びわ法師、国により楽器や言葉が異なるが、その基本仕様は大差ない。

 文化的だと思うのは弦楽、原始的なのは打楽器かしら。しかしながら、いつの時代においても恋の歌というのは無くならない。リクエストされる僕らのレパートリーは八割方、恋だの愛だのを歌っている。好みといえばバラードやフォークなどのゆったりした歌のが好きなんだが、友人の中村いわく、


「ここでいかに盛り上げるかが勝負だ!テンション上げろ!下がる曲は無しだ!」


 だ、そうだ。


 体力に自信があるから言っているのか?ただ必死なだけなのか?

 バラードにも良い歌はたくさんあるのに、封印されては僕のレパートリーは半減だ。こうなってはアイドルやベタな売れ曲を無難な感じで歌うしかない。そしてマラカスとタンバリンを叩きまくって踊り散らすのみだ。

 中村は得意らしいバンドの賑やかな歌を飛び跳ねるように熱唱している。バンドの名前がエロ本?らしいのだが。歌の題名が蝶々の名前なのだが?まぁ、聞いた事があるような気がしたので適当にリズム刻んでタンバリンタンバリン、タッタカタッタカ、しゃんしゃんしゃん。

 松下と中村が交互に歌って4曲が過ぎた。握りしめたマイクを通してスピーカーを鳴らしながら僕を指差す松下。

「はい!次はそっちも何か歌いなさい!」

 うはぁ、命令キタよ。

 まぁ、中村にばかり頑張らせても悪いからな。何がいいかなぁ?曲目を選ぶためにカラオケの通信端末を手に取る。液晶画面をぽちぽち触れると、曲目やアーチスト名の検索画面になり、新曲やら話題の曲やら、定番曲やらやらやら……うーん、アニソンとかぶち込むのはまだ早いよなぁ。

 カラオケの曲目を選びながら考えていると、奥村が僕の方に身を寄せて来た。

 奥村が一緒に画面を覗き込む。肩と肩が触れ合って、超接近する奥村の横顔。ほのかに香る奥村の髪、ちょっと、いや、かなりドキドキしてます、はい。

「マコトくん、これ知ってる?」

 奥村は画面を操作して、定番ヒット曲の一覧から一曲を検索して見せた。

 僕はそれを見て、

「ああ、もちろん知ってる」

 と頷き、奥村を見る。

 奥村はニッコリ微笑んで、

「じゃあ一緒に歌おうよ」

 と、曲目決定のボタンを押した。


 サザンの『真夏の果実』だった。


 いきなりのバラードだけど、いいよねぇ。


 大画面に曲名がパッと映り、それを見た松下と中村がほぼ同時にツッコミのような声を上げる。

「冬なのに夏の歌じゃん!」

「しっとり系かよ!」

 そう言いながらマイクを僕らに差し出す顔は二人とも笑ってる。そして歌のイントロが流れ始めると、静かに画面を見つめてリズムに身体を揺らし始めるのだった。松下の瞳が奥村に一瞬向き、その口が声を出さずに『がんばれ』と動いたような気がした。静かな松下のエールを受けながら、初めて聴く奥村の歌声は、予想以上に上手くて、透き通るように綺麗で、僕は一緒に歌うのがもったいないと思う程だった。

 初めて女の子と歌う、この恋の歌は僕にとって特別な思い出として胸に染み込んだ。






真夏の果実は有名な歌です。

色々な人がカバーされています。

作品中のマコトと美夜が歌ったのはBONNIE PINKさんのカバー曲のカラオケです。


二人のイメージに合う動画サイトを見つけたので、これを聞いてから16を読むと面白いと思います。


http://youtu.be/VR6Vo7sOFNM


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