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無我夢中だった。というのは言い訳になるのだろうか?
奥村を護りたかったし、自分も死にたくなかった。非科学的な方法でここに来て、不思議な展開でドラゴンライダーと戦い、それを今倒した。
自分にとっての最強の攻撃方法を用いた。でもそれは身を守る為の行為であって、決して奴が憎かった訳じゃない。
飛んでくるから上に登った。そりゃあ蹴落として多少のダメージがあればとは思うが、死ねばいいなんて思ってはいない。
僕の描いたシナリオは小麦粉バクダンで爆発を見せてひるませる事と、先に小さな爆発を見せて油断させ、次のダイナマイトでビックリさせようとした、それまでだ。
ドラゴンが紙袋に入れた発破を食べるなんて思わなかったし、その発破が思いのほか強力だった点は想定外だ。
全く結果を予想出来ていない。結果として奥村を護れた。それだけで正当防衛が聞いて呆れる。むしゃくしゃしたのでやった。誰でも良かった。テンプレじみた言い訳になるならそれもカッコイイのかもしれない。
現実でなくても、本の世界だったとしても、紛れもなく僕は、人を……ヒトを殺したんだ。
「誠くん……?」
奥村が囁いて、両手で僕の頬に触れた。気が付いたように僕は奥村の目を見る。無事で良かった。
「大丈夫?すごく苦しそう。泣きそうな顔してる」
僕は奥村の手が少し冷たく感じた。
頬に伝う冷ややかさは風か、君の体温か、目から伝う涙なのか。
「前髪、燃えちゃったとこ切らないとね」
奥村が優しく微笑んだ。
それが僕の胸にある黒い霧を晴らすように、雲間から射す太陽のように思えて、僕は立ち上がる事が出来た。
この笑顔は僕の癒しになる。そう感じた。
二人で立ち上がり、城壁の階段を降りる。一段一段とゆっくりした足跡を刻んでいくにつれて、広場の野次馬達の声が大きくなっていく。
階段を下り、地面に着いたと同時に、ある男の声に僕は振り向いた。
「マコト!ミヤ!二人とも無事か!」
ワッシーだ。太い右腕をブンブン振りながら僕たちに駆け寄る。
「ものスゴイ爆発だったから驚いたぜ!やりやがったなこの野郎!」
ワッシーは僕の頭を抱え込み、頭をわしわし揉みくちゃにする。その喜びようが、悲観していた僕には不思議で、どう答えたらいいのか分からない。
ワッシーは汗ばむ体を僕に押し付けながら頬ずりしようとまで顔を寄せたので、僕は両手で押し返した。
「なぁにを暗い顔をしてんだ!よくやった!って褒めてんのによぉ!」
「……将軍殺されて喜んでる意味がわかんないよ」
「ははっ、あんなヤツはヤられちまえばいいんだよ」
ワッシーは僕を励まそうとしている?いや、そんな気遣いを見せているわけではなく、本当にラチルを倒した事を喜んでいるみたいだった。
ワッシーいわく、竜騎士の将軍として、この王国の一番の頂点に君臨したラチルは国民から恐れられ、忌み嫌われる存在だったようだ。将軍になる前は優しく紳士な振る舞いで国民の信頼も厚く、人気の士官だったようだが、将軍に上り詰めてからはまるでタガが外れたように独裁し、ワガママや横暴を繰り返していた。
唯一、将軍に対して意見をし、諌める立場であるはずの国王は、周囲に促されてではあるが、将軍を律する機会を設けて注意をしようと試みたが、その場にて、
『ドラゴンのエサが足りないのだが何か良い肉が無いだろうか?国王様のように健康的な肉体が理想ですが』
というラチルの脅迫めいた発言に肝を冷やし、震え上がって自室に閉じこもるようになってしまった。
ラチルは引きこもってしまった王に代わり、国政にまで口を出すようになった。この時には既に政を担っている大臣たちを手なづけ、城内に敵なしの環境を作り上げた。大臣達も恐怖に屈する者も居たし、一部には買収された者も居るだろう。そうして実質の王国を自由に独裁して手に入れたラチルは、時折町に繰り出しては女をあさり、気に入った女を連れ帰る毎日だと言う。
他に敵が居ない国なら戦争も無い。ただひたすらに食い荒らして女をさらう。暴君も極まった存在だった。
ワッシーは僕の背中を押して、広場の方へと促した。僕は強引に連れられて群がる民衆の荒波に入っていく。
「おい!お前らどいてくれ!英雄さまのお通りだ!」
ワッシーが叫ぶと僕たちの前に人垣を作っていた民衆はモーゼの十戒のごとくに道を開けた。人垣が分かれて道が伸びる。その先に横たわるのは赤いドラゴンと、ラチルの姿だ。
「やったな!」
「英雄よ!」
口々に僕を褒め称える声が飛ぶ。
だがその声がどこか困惑していて、群衆がキョロキョロとお互いを探り合うような素振りも見せる。
違和感を感じながらも、その原因がわからず、僕は背中を押されるままにラチルのもとへと向かった。
近くに行くと、群衆の群れから男の声がした。
「まだ息があるから気をつけろ!」
え?まさか、
僕は一瞬、耳を疑ったが、ラチルが僅かに震えながら呻いているのが聞こえた。
確かにまだ息がある。死んではいない!?
僕は背中にどっと汗が吹き出すのと同時に、とてつもない安堵感を覚えた。
ドラゴンの大きな身体に右足を挟まれた状態で、天を見上げながら苦しそうに唸るラチル。その二枚目だった容姿は脂汗と油性マジックペンのインクで赤黒い。そういえば鎧もラクガキだらけにしたから、地面に転がる姿がもうあわれとしか言いようがない。
これ、将軍だよな?
ワッシーが近付いてラチルの様子を探る。
二、三回肩を叩き、身体を揺さぶるとラチルが呻き声を荒げた。
「ああ、全身の骨が折れてるかもしれねぇな。ドラゴンが下になって落ちたから死にはしてねぇが、こりゃあ半年は寝たきりだ。動けもしねぇよ」
僕と奥村が驚いていると、人垣を割り込みながら老人の群れが現れた。白髪で年老いた男女五人ほどの彼らは医者だと言う。
老人の群れは数人の兵隊に指示を出して、ラチルを担架で運ばせた。行く方向がお城とは逆で、町の方に向かって行く。
ラチルが何やら嫌そうに呻いていたが、なすすべなく連れられて行くのを僕たちは見ているしかなかった。
ワッシーはラチルと医者の群れを見送りながら初めて可哀想だと言った。
「ラチルの奴、今からあいつらにいいようにされちまうんだ。医者なんか新しい薬を実験するしか興味が無いからな。こりゃあ半年もつかなぁ?」
うへぇ、治してくれないのかよ。医者なのに。薬の実験台にされるとか怖すぎるだろ。
その姿を見送ると、お城の方向から民衆のざわめきが聞こえて来た。
またも民衆の人垣が割れて道が出来る。しかも今回は民衆が地面にヒザをつき、頭を下げていくではないか。
「こりゃ珍しい。王様の登場だ!」
ワッシーは驚いて一歩下がり、民衆と同じように片膝をついて地面に頭を垂れた。
僕と奥村は立ち尽くしたまま、真っ直ぐに向かって歩いて来る、割腹のいい丸々と太りまくった金髪の男、頭に金の王冠を乗せて、青いビロードをまとう、この国の王様らしき肉ダルマを待った。
……
……
……歩くの遅えぇ~
兵士に周りを囲むように護衛され、金髪の肉ダルマ、もとい国王様はゆっくりと……ゆっっくりと歩いて僕の前に立った。
辛かったのか、額に汗をにじませ、ふうふうと肩で息をしている。歳は30代半ばといった所か、意外と若く、シワも少ない。
「まったく、我がなにゆえにこんな場所まで来なければならんのか」
王様の愚痴が聞こえた。が、聞こえないフリをした。
王様の脇に一人の兵士が膝をつき、肩を貸した。王様は兵士が居ないと立っているのも面倒だと言わんばかりに兵士に体重をかけて手を置いた。
そしてコホンと一つ咳をして、
「よくぞ来た、英雄のタマゴよ。待っておったぞ」
王様がかなり棒読みで言った。
感情が無かった。
その瞬間に民衆が口々に声を上げる。
「きゃーステキー」
「英雄さまー」
「こっちむいてー」
何だ?みんなして棒読みだぞ?
民衆が国会議員ばりの無感情なヤジを飛ばすかに似た、感情の無い声と共に、ざわめきが起きた。
「あれ?」
「今だっけ?」
「そーなんじゃない?」
「でもほら、さっき」
「あれ?どーしよう」
「別にいいんじゃ……」
「やっべ、言っちゃった?」
口々にざわめく民衆の声。
周囲を見合わせながらお互いに目配せをしている。
王様は棒読みをさらに続ける。
「お前の事は聞き及んでおる。我が国の将軍、ラチルによってお前の連れ合いがさらわれたのであろう」
……は?
「王様、王様っ!それが先ほど……」
体重を預かっていた兵士が王様に小さな声で言った。
王様は驚いたように目を見開き、兵士に言う。
「何だと?もうラチルは倒されたと申すか?」
兵士は困惑した表情で答える。
「はい、先ほど医者達が病院に運んで行きました」
「まことか、では泉の精霊のくだりはどうなる?」
「おそらく必要無いかと」
「泉の精霊は待ちぼうけか?」
「おそらくは……」
ざわざわざわ……
ざわざわ……
「では竜殺しの剣を鍛える刀鍛冶もか」
「はい、残念ながら」
ざわざわ、ざわざわ
「コホン、ん、ん、んん~」
王様が喉を鳴らした。
周りの民衆の群れが静かになる。
何だ?この気を取り直してって雰囲気は。
「よ、よくぞ憎き悪の権化、ラチルを倒してくれた!英雄……よ?名前……そなた名前は?」
うわ、また棒読みかよ。てゆーかしどろもどろだぞ。
「マコトです。こっちは奥村さん」
「こんにちわ。奥村ミヤです」
「よいよい、みなまで申すな。えーと、よくぞラチルを倒してくれた!英雄マコトよ。勇猛に一つ目巨人と戦い、海の魔物を退け、城に閉じ込められた我をも助け出した数々の英雄譚はもはや伝説となろう」
……は?
「どれも記憶にございませんが?」
僕が言うと棒読み口調をやめて王様は眉を寄せて隣の兵士と話し込みだした。
周りの民衆もざわざわと一緒になってあーだこーだ言い始める。
僕は後ろのワッシーを見る。
すると一瞬目が合ったワッシーが目線を泳がせた。
何だこれは?
何かおかしいぞ?
僕の中に一つの疑念が湧き上がる。
いや、まさか。
そんなバカな。
奥村が僕の服の袖を引っ張る。
「あのー、誠くん、もしかして……」
あーいや、それは考えたくない。
「倒しちゃいけなかったんじゃない?」
いや、そんな、まさか!
僕の中に湧き上がる疑問が深い認識を示して来る。
ゲームでよくある演出の一つ、段取りに近いやりとり。
最初に親玉が現れてボロカスにやられる主人公。
その場は親玉が勝って退場。
後に強くなった主人公が再び親玉と合間見える。
成長と冒険のロマン。
僕はラチルに会い、ラチルを倒した。
多分、おそらく、
「きっとあの時に私がラチルさんに連れ去られないとダメだったんじゃない?」
それだけは考えたくない結論だ!!
「そんなバカな!いきなり襲われて倒すなって言われてもさ!あいつの名前ラチルだぜ!?誰だって倒すだろうよ!?」
僕が奥村の言葉に思わず叫ぶと、周囲のざわめきがさらに増した。
ざわざわ、ざわざわ
どうする?どうなる?
引きつる僕に、肉ダルマがまた咳ばらいをして、棒読みで言った。
「では、とりあえず、褒美に私の娘をやろう。妻として申し分ない気立ての良い娘だ。いつかのダンスパーティーで、えーとマコト殿の事をいたく気に入ってな……」
「わー!わー!わー!知らねぇ!!ダンスパーティー行ってねえ!!」
ムカついてきた!
何なんださっきからその棒読みのセリフは!
そういえばワッシーも会った時に棒読みしてたな!?
さてはお前ら『知ってる』な!?
「お前ら、この本の事、知ってるだろ?」
僕が言うと、王様を含めて周りの民衆の顔が固まった。
この反応。
つまり、本の住人として自覚があると見た。
「いや、絵本の事と言われましてもなんの事やら……」
兵士が苦しい言い方で応えた。
ぷっちーん。
僕は怒りが頂点を極めた。
『絵本』とは言ってねぇ!!