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ネタばらしをするならばこうである。
『一時停止の乱用』
かつて家庭用ゲームでシューティングゲームにあったポーズ機能から産まれた裏ワザだ。
本来ならば、ゲーム中にトイレや訪問客など、不測の事態の対応をせざるを得ない場合に、ゲームプレイ中の画面を一時停止=ポーズさせておける機能だが、僕を含めてシューティングゲーマー達はゲームクリアのためにこれを乱用した。いわゆるステージボスを倒すための戦略として産まれたのがこの技だ。
ボスキャラが撃った攻撃の弾が飛んで来て、自機に当たりそうになると一時停止する。そのまま一息ついて、落ちついてから弾の方向や避けるためのルートをあらかじめ予測する。そして一時停止を解除すると同時に予測通りに動いて危機を回避するのだ。
ラチル将軍が剣を構えて振ろうとする瞬間、スイングが始まるのを狙って僕は『ブックマーク』をする。
あらかじめ奥村には、小さな声でブックマークの言葉を繰り返させている。僕のタイミングで止めるためだ。
振り始めた剣は、上からなら振り下ろすか斜めに斬るしかなく、横に振るうならば斬り上げるか斬り伏せるしか無い。常に二択か、一択でしか無いのだから落ちついてさえいれば一時停止しなくても躱せる。何よりも、時代背景として剣術が養われている時代では無いのがラッキーだ。
鉄の鎧や甲冑を来て戦う時代の剣技とは、力任せに相手を押し倒すか、鎧の上からぶん殴って撲殺するのが基本なのだ。近代剣術にくらべれば恐ろしく単純で読みやすい。
上からなら一歩左右に避けるだけだし、横からならしゃがむか、いっそ背中に回り込むようにする、もしくは剣の間合いから抜け出してしまえばいい。特に今のラチルは怒りで興奮して僕を殺そうと頭しか狙って来ないものだから、その作業は至ってラクなものだった。
疲れて来たら奥村の部屋でお茶の一杯もすすってから再開をするくらいだ。
最初は心配していた奥村も、慣れてきたのかラチルの落書きにリクエストをする程だ。
まぁ、いちいち本を開いたりするのが面倒とも言えるが、殺されるよりはマシだ。こっちがお茶飲みながらやれる分、疲労はラチルにしか訪れない。このままラチルの顔が真っ黒になってハンサムが台無しになるまで続けてやろうと思っていた。
だが、ラチルはさすがに精魂尽きたのか、その動きを止めた。肩で荒い息を繰り返す。
僕は奥村の家から持って来た洗濯ばさみを次はラチルの鼻に付けようとした所だったのだが……非常に残念だ。
ラチルは発狂したように空を見上げて叫びまくる。
「ちくしょう!ちくしょう!ちくしょーう!コロスぜったいコロース!!火あぶりにして食ってやる!!」
あらやだ、泣いちゃうなんて大のオトナが情けない。
「どけ!どけどけ!!」
顔や全身をまるバツだらけにして、ラチルはお城に向かって走り出した。剣を振り上げ、目の前に歩いている人を振り払いながら道を作り、お城の入口に消えて行った。
ワッシーはその背中を見送ると慌てたように馬車に飛び乗る。
「おいマコト達も早く乗れ!今の内に逃げるぞ」
僕と奥村が荷馬車の後ろに乗り込むと、ワッシーは馬にムチを入れて猛然と走り出した。
来た時のゆったりした足取りとは打って変わり、馬は短い脚をせっせと回転させる。
商店街の人混みを蹴散らしながら馬車がひた走る。
「どうしたのワッシー!?」
僕は喧騒と馬車の車輪の音響に負けじと声を張る。
「ラチル将軍の事だ!あのまま引き下がるわけがねぇ!きっとアレに乗って来るつもりだ!」
ワッシーが必死にムチを鳴らして馬を加速する。
「アレって何!?馬とか?まさか戦車?」
僕の声。
ワッシーは後ろの空を振り向きながら言う。
「馬なんかじゃねぇ!ドラゴンだ!!ラチル将軍はこの国で三人居るドラゴン騎士団のリーダーなんだ!!」
ほっほーう、ドラゴン登場かぁ~。いよいよファンタジー展開来たなぁ~。
「ドラゴンって強いんですか?」
奥村が聞いた。ワッシーは頷きを返す。
「強いなんてもんじゃねぇ!一匹で兵隊百人が寄ってたかってもかなわねぇよ!炎のドラゴンブレスであっという間に黒コゲだ!」
そういえばラチルの奴、さっき火あぶりにして食うとか言ってたな。あれは自分でやるんじゃなくてドラゴン使うつもりって事か。
だからワッシー慌ててるんだ。
合点がいった僕は、ふと後ろを見やる。背後にそびえる白いお城に、赤い影が舞い上がる。
白城の屋根の一つをクルリと一周して、こちらに向きを変えて一直線に向かって来るのは赤い翼竜。二本のツノが生えた頭、トカゲのようなカラダに大きな翼を羽ばたき、背中には金色っぽく光る鎧の戦士。あれは間違いなくラチルだ。
「何てゆーか、ボスキャラに居そうな感じ」
僕がニヤリと言うと、ワッシーは首をぶんぶん振ってみせた。
「ラチル将軍は実質的な王国のトップだ。軍隊である歩兵に騎馬兵、それよりもはるかに強いドラゴン騎士団。そのリーダーで一番強いのがラチル様だ。この国の王様も恐れをなして城の塔に引きこもってしまった。この国は今やラチル将軍のモノだ」
「引きこもりって、それ幽閉だろ。馬鹿に権力と最強の軍隊与えたら手がつけられなくなる典型じゃないか」
「それでも、誰もラチル将軍には逆らえない、歯向かったのはマコトが初めてだ!今まで何人も旅人と会ったが、こんな事は初めてだぞ!」
「ワッシーさん前を見てっ、門が閉まってる!」
奥村の声にワッシーが顔を歪める。
「こりゃいけねぇ、門番にかまっていたら将軍に追い付かれるぜ」
僕は周りを見回すと、右手を上げて叫んだ。
「ワッシー!右に行って!」
「右だと!?」
「あの城壁の所、階段があるとこ!」
「よしきた!」
ワッシーが手綱を引いて馬を右に誘導する。馬は急旋回して門の前で右に曲がり、城壁伝いに駆ける。
城壁には外部からの襲撃に備えて上に登れるように石の階段が伸びている。その前まで馬車は走り、急停止した。
僕は自分のバッグを背負いながら奥村を馬車から下ろすと、自分も馬車から飛び降りる。
「どうする気だ?ラチル将軍はドラゴンに乗ってるんだ、上に逃げても飛んで来るんだぞ」
ワッシーが言う。
僕は後方の空から見るみると姿が近付いてくるラチルを見上げて答える。
「奴が上から攻められるならばそのアドバンテージは無くすべきだ。僕たちが奴よりも上空を先手に出来れば勝機はある。下から攻めても勝機は無い」
「よくわからねぇがマコトを信じてここらで隠れて待ってやるよ。気をつけてな!」
「サンキュー、ワッシーまたあとで」
「ワッシーさんありがとう!」
「お嬢さん名前は?」
「美夜、『奥村 美夜』」
「気をつけてな、ミヤちゃんも」
ワッシーは親指を立ててニカッと笑った。
僕と奥村は壁に向かって走り出す。
城壁に伝わる階段の石くれは50センチ程の幅で一人ずつ登るしかない。奥村を先に登らせて僕は後を追う。
猛然とダッシュで駆け上がるも、さすがに女の子だ、僕はちょっと焦る。
ラチルの乗る竜が空を舞い降りるように滑空して、ワッシーの馬車に近付いて行く。まだ僕たちが馬車に居ると思ったのか?チャンスだ!
「奥村さん、こっち向いて!」
「キャ!」
先を登る奥村を振り向かせて、僕は彼女を肩に乗せて抱き抱えると、荷物のように担いで残りの階段をダッシュした。
さすがにキツイがここで男を見せないとヤバイ。
「そこに居たか!見つけたぞ小僧!!」
ラチルの声が城壁に響いた。
見るとラチルの乗る竜が大きく羽ばたいて周囲に風を巻き散らしながら飛び上がる。
その速度はツバメのように速く、見る間に僕たちの方に近付いて来る。ドラゴンの口にオレンジ色の炎が吹き出すのが見えた。生で見ると迫力があるなぁ。
城壁の上に辿り着いた僕たちは、城壁の上にある石壁の凹凸に身を隠した。その石壁を炎で焦がしながら、ドラゴンは一瞬で僕たちの高さを追い抜いて空を高く舞い上がる。
その雄姿が美しくもあり、金色の背中に書いたアイム・フールが間抜けでもあった。
ドラゴンは空中でクルリと向きを変えて今度は急降下をかけてくる。
オオォオォオ!!
竜の咆哮が耳に刺さる。鼓膜がビリビリと痛い。奥村が耐えきれないように耳を押さえてうずくまる。
僕はバッグから茶色い紙の袋を取り出して、口に袋を押し当てて風船のように一気に膨らませた。そして紙袋をぶんぶんシェイクする。
ラチルとドラゴンが僕たちの目の前を掠めて飛んでまた城壁の下に滑空していく。見たところ、ドラゴンの翼は滞空して空中に留まるには不向きだ。そしてドラゴンブレス、いわゆる炎の息吹を浴びせるには高速で飛びながらはやりにくいと見た。
つまり奴は僕たちを燃やす為にはある程度近付いて、スピードを落とさなくてはならない。その為には上からの急降下状態では不可能だろう。
つまり、奴は下から来るしかない。
ドラゴンが地上スレスレを飛んで旋回をかける。
三たび僕たちの居る城壁に近付くために、大きな弧を描いて広場から市場を一周し、向きを合わせる。
スピードを緩めて旋回すればあんなに市場の人達を驚かせる必要無いんだがなぁ。
僕は二つ、三つと紙袋を膨らませ、両手に一つずつを持ちながらしきりにシェイクを続ける。
ラチル将軍を乗せたドラゴンが真っ直ぐに上昇を始める。さっきよりは緩やかにスピードが抑えられ、ラチルの優越感を含んだ表情まで良く見えた。
「奥村さん、伏せて」
僕は言うと城壁の凹凸に飛び乗って姿を晒した。
「死ね!小僧!!」
ラチルの声が響き、ドラゴンが大きな炎を僕に吐いた。
僕は両手の紙袋をラチルに向かって投げ、同時に後ろに飛び降りるように凹凸に隠れて炎の吐息を躱す。
掠めた火炎が顔から髪の毛をチリチリと焦がすのを感じながら、二つの破裂音を聞いた。
ババン!
と、ほぼ同時に破裂したのは紙袋だ。
「ぐわっ!」
ラチルの声、
「きゃー!」
奥村の悲鳴。
空中に白い粉を撒き散らし、ラチルの身体を白く汚す。ドラゴンは奇声を上げてバランスを崩しながら飛び、城壁の上空でフラフラと身を揺らした。
「くぅっ、この妖術師め!!」
「小麦粉バクダンだ!覚えとけ!!」
ラチルに教えてやった。山小屋にあった小麦粉を、紙袋に小分けして入れておいたものだ。普通に食糧として持ち運ぶだけでなく、火を点けると破裂する簡易爆弾だ。一応マッチとロウソクも持っているが、火ダネを向こうが用意してくれたので使わせて貰った。やたらとデカくて高温の炎だから着火も楽ちんだな。
小麦粉や砂糖など、そのままでは火を近付けても燃えない物質を、飛散させたり、ある程度密閉した状態で飽和させて火を点けると粒子が燃焼して激しく燃え上がる。これを【粉塵爆発】と言う。
「小麦粉だと?」
ラチルは自分の身体についた白い粉を舐めてニヤリと笑った。ドラゴンを立て直して降下し、街の広場で再び旋回する。驚かせはしたが、あの程度ではダメージにはならなかったようだ。
「バカめ!自分からタネをバラすとはな!」
ラチルが叫んで、また城壁に向かって飛び上がって来る。
僕は三つ目に膨らませた紙袋の口から導火線を伸ばして、マッチを擦る。次も炎を吹いてくれるとは限らない。あらかじめ火ダネは用意しておく。
「さぁて、いってみようか」
僕は呟くと、ラチルとドラゴンの距離を測り、導火線に火を点けた。
城壁から身を乗り出し、勢い良く向かって来る赤い竜に向かって三つ目の紙袋を投げる。
ドラゴンは大きな口を開けて火炎の息吹を……
「おい、エサだ!食ってしまえ!」
……吐かない。ラチルの声にドラゴンは大きな口を開けたままの流れで紙袋をパクリと口に入れてしまった。
ラチルがしてやったりと優越感に満たされた笑みを見せる。
僕は目の前に迫ったドラゴンの巨体から身を躱し、城壁の石畳みに身を伏せる奥村に覆い被さるようにして抱き締めて、我が身をも伏せる。
「耳をふさげ!」
僕の声に奥村は両手で耳を押さえた。
僕たちの上空、約5メートルの位置にドラゴンが舞う刹那、
ドゴンッ !!
大気を震わせる巨大な爆発が空中に発生する。
ドラゴンの頭部が吹き飛び、ラチルを乗せたままクルクルときりもみに回転する胴体。爆発の衝撃で城壁の内側に向かって放物線を描きながらドラゴンライダーは広場まで自由落下して行った。
周りに居た群衆、市場の皆んなが悲鳴と歓声を上げる。
おそらく、皆んなが知っているのだろう、爆発した竜騎士がラチル将軍である事を。
そして数十メートルもの高さから落下して、無事ではすまないだろう、その事実を。
僕は少し悲しくなりながら呟いた。
「いじきたないマネするからだ。小麦粉は食えても発破は食えねぇだろ……」
奥村を抱き締めて起こしながら、見上げた城壁からの大空は、インディブルーの絵の具をぶっかけたくらい、何処までも青かった。