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払い寺の小坊主

 両親がイタリアに旅だって次の日だった。

 お盆の準備はみんなに手伝って貰ったおかげで、何とか無事済んだ。


 本堂の前の砂利を整えていると、一人の女の人が寺の中に入ってきた。

 きれいな人だが少し顔色が悪い。

 夏なのに長袖を着ていて、その手首からかすかに包帯が見えた。


「あの、どうしました?」

「えっと、ここ、なんか憑き物を祓ってくれるってSNSで見たから」


 僕が尋ねると、女の人は遠慮がちに話してくれた。

 どうやら、格安で借りたアパートに霊がいて、それが女の人に憑いてしまったのだという。

 体調不良は序の口で、果ては知らぬ間にリストカットまでしてしまう様になったそうだ。


「外は暑いですし、中で詳しく話を聞きますよ」


 僕はそう言って女の人を本堂に上げた。


 正直言って、今はくっそ忙しい。

 しかし、大事な金づるを断ってしまうのは愚の骨頂だ。

 特に母上様の教育がよろしいようで、こういう物はしっかりとやるようにと躾られている。

 本来ならじいちゃんが対応した方がいいのかもしれないが、今日もじいちゃんは町民プールにて目の保養をされている。

 まったく、居て欲しい時にいない人だ。そんな訳で、僕が対応する事にした。

 まずは雰囲気作り。

 僧侶の服である袈裟を身につけ、まるで和尚さんの様になる。

 次に大きなろうそくに火を灯し、線香何本もつけ、匂いをプンプンさせて女の人と向かい合った。


「ではまず、色々と始める前に、財布の中身のチェックから始めます」

「へ?」

「始めます。財布を出して下さい」


 胡散臭そうな目で見ながら出した女の人の財布を僕は勢いよくかすめ取る。それと同時に中身をチェック!


「ひい、ふう、みい、よ……一万八千円か。二千円ぐらいならぶん取れそうかな?」

「えっ?」

「いえ、何でもないです。……えーっ、実を申しまして、あなたはすごく悪い霊にとり憑かれています!これから除霊を行いますので、まずは五百円納めて下さい」


 僕が女の人に財布を返すと、女の人は素直に五百円払ってくれた。


「では、まずどんな霊が憑いているか見てみましょう」


 ちーん。ぽくぽく。


「み、見えました!この霊は女の幽霊で、彼氏に八股の浮気をされて恨んで自殺しちゃった霊です。しっかり見えたので、お布施で五百円下さい」

「えっ?」

「お布施で五百円です!」

「は、はあ」


 女の人は呆れたような顔をして五百円払ってくれた。


「では、次に除霊肩もみをします!じいちゃん秘伝のエロエロ肩もみです!幽霊もあまりの気持ちよさに昇天するに違いありません!」


 僕は有無を言わさず肩もみを始める。

 意外にこの人、肩凝ってるなあ。

 十五分ほど肩もみをすると、先ほどまでの青白い顔が少し艶やかになっている。血流が良くなったのだろう。


「はい、これで幽霊も昇天したはずです。お布施で五百円下さい」

「はあ?」

「五百円です」

「えーっ」


 女の人は疑いの目を向けながら、五百円払ってくれた。


「あっ、ちょっと待っていて下さい。台所〜♪」


 僕は台所へ行くと、特売の塩を一盛り、小さな袋に入れる。そして女の人の所へ戻ってきた。


「何をしてきたんですか?」

「ええっと、ちょっと忘れ物を取りに。それでは除霊の続きをします。実は幽霊自体は除霊出来たんですけど、きっと部屋にはその残りが有りまして、それを払えば完璧なんです。そこで、この塩。帰って部屋の隅に振りかければ効果抜群!例え放置していてもそれで十分という代物です!さて、お布施で五百円です」

「ねえ、それさっき台所で取ってきたよねえ?」

「ご、五百円です」

「そもそも、君いくつ?本当に除霊ってできているの?」

「ご、五百円」

「胡散臭い事ばかりやって、お小遣いを稼いでいるんじゃないの?」


 どんどんと声を荒げていく女の人に僕は怖じ気付く。


「ってか、幽霊って本当にいると思います?」

「何よ、それ!」

「お姉さんがいると思えばいますし、いないと思えばいないんじゃないですか?出来れば信じてこの何となくありがたそうなお塩も五百円で買ってくれるとうれしいんですけど」

「そんなありがたくもない塩、買うわけないじゃない!もう!中学生が大人をからかって!」


 女の人はキッと睨むと、足を踏みつけるように歩いて外へ出てしまった。

 僕はやれやれとそれを見送る。

 帰るときはとっても元気そうだった。


「ねえ、どうして本当の事言わないの?」


 明後日の方から急に声が聞こえたので、僕はぎょっとした。

 そこには金髪碧眼の修道服を着た少女が立っていた。


「庭からずっと見ていた。あなたがあの女の人から霊を追い払った所を。そしてその霊が今もそこにいる事も」

「見えるんだ?」

「うん」


 この女の子は僕が財布を貰った時にさっと霊を追い払った事を知っているのだ。


「うちのじいちゃんの方針なんだ」

「?」

「霊が憑いているっていう事実を告げるよりも、霊なんてへっちゃらだって思わせた方がいいって。やっぱり心が弱っている時にそういうのが憑いてしまうから、事実を伝えて怯えて貰うよりも、おちゃらけて心を強く元気づけた方がその人の為になるだろうって。

 ちなみにじいちゃんならやりすぎて、おっぱい揉んでいたと思う。父さんならもっと上手に言葉を使って、合計一万円ぐらい引っ張ってたと思うよ」


 そう考えると、僕はまだまだである。


「取りあえず、この霊の気持ちを払ってあげないとね」


 僕はゆっくり霊のお経を読んで上げる。

 それが霊にとってうれしいのかどうか分からない。けれど、霊はゆっくりと憎しみから解き放たれて、影を薄くしていく。


「すごいわ。本当に消えていくのね」


 女の子は驚きの声を上げる。


「あの、君は誰?」

「私はアリスフィールド・スプリング。奇跡を見に来たの」


 にっこり笑って自己紹介をしてくれた彼女に心を奪われてしまってもしょうがないと僕は思った。


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