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俺とアリシアの問題

 アリシア・ジュール。御年五歳のまだ甘えたい盛りの女の子。母親譲りの青く滑らかな髪に父親譲りの碧の目がよく映える、笑顔の愛らしい我が召喚主様。いつも太陽のように明るい彼女は今日は曇天模様のよう。先んじて言っておくが、俺に幼女に興奮を覚えるような類の趣味はない。しかしまるきりの他人のように無関心を装うわけにもいかない。ほぼ確実にこの子が俺の召喚主なのだし。


 その肝心の召喚主様はベッドに潜り込んでぐすぐす泣いている。母のレイアがどうしたのと理由を聞いてもなんでもないの一点張り。癒し系の母の慰めは我が子には耐性がついたのか功を奏さず、一向に泣き止む気配がない。父であるユーゲルはただおろおろと突っ立っているだけだ。役に立たないやつだ。ま、今現在役に立たないのはダントツ一位で俺だけど。そもそも触れない、声が届かない、そして気付かれないのだからどうしようもない。ゆえに俺はノーカン。よって、やはり役に立たないのはユーゲル。てめえだ。


 そんな能無しの称号のなすりつけ合いをしていてもしょうがないので、アリシアの泣いている原因について考えるとしようか。その方が建設的だ。問題は原因が考えるまでもなく召喚ができないから、の一点に尽きることだ。だから俺は召喚ができない原因を考えてみることにした。原因を解消すれば問題は解決、アリシアも元気に明日の召喚に臨めるというものだろう。ん?原因が解決で、問題が解消だっけか?ああいや、とりあえずあれだ、召喚が可能になれば万事解決、無問題(もうまんたい)ということだ。


 こういうのはあれだな、現場百回と言うし、現場検証といこう。お、なんか本格的。アリシアが初めて召喚を試みようとしたのは今から4ヶ月くらい前。ベッドで一人ちょこんと座って、こい〜こい〜と念じていたので本気で彼女の頭のなかを心配した記憶がある。今思えば召喚のつもりだったんだなって分かるが、その時は本当に怪しげな宗教にでもはまったのかと考えたものだ。まぁ、至極真剣にこい〜こい〜と手を合わせて祈っていた姿は意外と和むものがあったが。


 うん、現場はここだったな。とりあえず辺りを見回してみる。が、何も見当たらなかった。強いて言うなら役立たず(ユーゲル)の情けない顔が見当たった。おい、イケメンしっかりしろ。お前が泣きそうでどうする。


 現場云々はひとまず置いとこう。先に過去のことをもう一度詳細に思い返してみる。アリシアが祈ってる姿。うん、和む。じゃなくて祈っている間、何か変化はなかったか。それがあったんだ、たぶん。俺の気のせいでなければ、彼女の前方の空間が歪んでいたように見えたんだ。そして、その歪みに俺が吸い寄せられていた……ような気がしないでもない。いやこの曖昧な感想については仕方ないんだ。空間の歪みなんて目のカスミじゃないかと言われれば、そうだなで断定できちゃうし、歪みに吸い寄せられる力もこれまた弱い。気のせいで一蹴できる弱さ。扇風機の微風を5メートルくらい離れて感じる風くらいの弱さ。もはや無風。しかし俺は別に召喚されるのは絶対に嫌だ、というほどでもない。その空間の歪みに吸い寄せられる力が弱いのならこちらから出向けばいいだけの話。だけど、近づくとふわっと歪みがかき消えてしまう。ゆえに俺の気のせいだと思ってしまったとしても致し方ないと思うんだ。


 まぁ、それでも同じようなことが何度も起これば大体のことは察する。彼女が祈れば、歪みと引き寄せの力が生じ、俺が応じようとすれば歪みは消えてしまう。俺と彼女の間に召喚と被召喚の関係があるという推測に自ずと到達するというものだ。それがなし得ないだけで。


 逆に、召喚をなし得ないという点、応じようとすると歪みが消えてしまう点から俺の存在が召喚の邪魔になっているかもしれない、と考えることもできる。この場合、俺は召喚獣ではなくただの異物であり障害物に他ならない。しかし、この推測は俺に吸い寄せられる力が働いていることからある程度は否定できるだろう。この論拠じゃちょっと弱いと思うかもしれないがそこは抜かりはない。俺が彼女の召喚獣だろうとあたりをつけた理由がもう一つある。


 実のところ、彼女の召喚訓練になんの収穫もなかったわけではない。今から一週間くらい前のことだ。そのとき、いつものようにベッドに座り込み、祈っていたアリシアを見ながら俺はほとんど諦めていたんだ。先ほどの推測のように俺、邪魔者なんじゃないか?と結論付けようと思ってしまっていたわけだ。そして、いつものように引き寄せられるそよ風の如きーーいや、そよ程もないなーーひょろ風の如き力を感じながら俺はイラついていたんだ。その弱い力がお前、邪魔なんだよと言っているように思えてならなかった。まじ単なる被害妄想なんだけどな。とにかく、その日は俺の虫の居所が悪かった。その力に対抗するように俺は風を周囲に吹き散らしたんだ、魔法で。ふはは、どうした?お前の力はそんなものか。というノリだったように思う。そうしたら、その風がアリシアの部屋のカーテンを揺らしたんだ。アリシアが驚いていたが、それ以上に俺は驚いていた。この世界に来て今まで俺がこの世界のものに干渉できたことがなかったからだ。魔法で隕石を落とした時も、着弾とともになにも起こらなかったように隕石だけ消えて、周囲に影響は一切なかった。いや、まぁ、その時だけはこの現象に感謝したんだけど。危うくこの地一帯を窪地にするところだった。マジ感謝。そんな世界からの拒絶っぷりだったのに、カーテンを揺らすことができたのだ。もちろん、その揺れがその他の要因でないことは確認済みだ。カーテンは歪みを挟んで俺のちょうど反対側に位置していた。もしかして、と俺は思ったね。案の定、歪みは俺の起こした風を通すことが分かった。歪みが、彼女の祈りが俺へと通じていると確信が持てたのだ。調子に乗って風をビュービュー吹かせまくった俺は悪くない……と思っていた時期がありました。


 この行いで召喚がうんともすんとも反応しないことに焦りを感じ始めていたアリシアは安心してしまった。本体を召喚できたわけではないのだが、五歳からという制限があるからだろうと納得したのかもしれない。俺も浮かれていて深く考えなかった。そして今日、五歳の誕生日。起きてそうそう召喚を試みた彼女に待ち受けていたのは挫折だった。召喚獣図鑑を見ながら、風の精霊さんかな〜、それとも妖精さんかな〜と思いを馳せ、日々を過ごしていた彼女の絶望たるや、計り知れないものだったろう。俺のこのいたたまれなさをどうか察していただきたい。俺は召喚を成功させる為に変に期待を与えず、危機感を煽った方が良かったのかもしれない。


 しかし、しかしだ。


 アリシアの召喚獣に対する興味は非常に大きかった。父、ユーゲルの召喚獣が六足馬(スレイプニル)であり、母、レイアの召喚獣が不死鳥(フェニクス)であったことも影響しているのかもしれない。だからこそ彼女はいけないことと知りつつ、五歳の誕生日を待たず、召喚を行おうとしたのだ。グリフォンやスノウバード、果てはドラゴンが出てくると信じて。


 ……重い。期待が重いよ。不幸なことに召喚されて出て来るのはヒト科オスである。冴えない成人男性である。まず、モフモフなど望むべくもない。可愛らしい小動物系かな〜、凛々しい騎獣系かな〜と思いを馳せ、日々を過ごしていた彼女の絶望たるや、計り知れないものになるだろう。俺のこのいたたまれなさをどうか、どうか切に察していただきたい。仮に召喚を成功させても彼女の期待に応えられそうにもないのだ。


 ようはつまり、俺の異世界生活はもうすでに詰んでしまっている。


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