プロローグ
序章。短めです。
事故って死んだら転生した。
よく聞く話である。もちろん実話ではない、創作物の話だ。実際にそんなことがあれば大ニュースで世間が、特に一部の奴らが興奮に湧くだろう。俺も私もとトラックに敢然と立ちはだかる光景がニュースで報道されるかもしれない。運転手さんがかわいそうだ。
現実的に意見を言わせてもらうなら、ニュースになる前に転生したとか言った人間は、まず病院へと直行することになり、真実は闇の中に葬られるだろう。得てして世界はそんなものだ。天空の城はあったんだ、と言ってやはりそうだったかと真剣に受け止める物理学者などいないように、空想の域から出ないからこそ許される事象というものがあるのである。
そういった常識を俺はきちんと理解しているということを踏まえて俺の現状を説明しよう。
事故って死んだら転生した。
より正確に現状に即して言うならば、事故って死んで幽霊になってウロウロしてたら異世界に転移した、である。
幽霊になったということだけで俺の常識がポッキリ折れてしまったのに、追い打ちをかけるように異世界転移である。言葉は通じないし、やたら人間の髪や瞳の色がバリエーション豊かな色彩で溢れてるし、唐突に手から火を灯したりするので俺の常識は丹念にすり潰されてしまったのだ。ジョーシキってなんだっけ?あはは、状態である。いや、ほんと、なにもない中空から水差しに注がれる水を見て何それ、マジックですか?とか思ってたら、まじでマジックだったっていうね。
そんなことをつらつら半ば現実逃避気味に考えている間にもこの場ではキラキラという擬音語が似合いそうな金髪碧眼のイケメンと、どう見ても子持ちとは思えないっていうか少女だろっていう青い髪に琥珀色の目をしたこれまた素晴らしい美貌を持つ女性と、まだ幼い青い髪に碧眼の女の子がホワホワとした家族団欒を満喫している。
今はその女の子が五歳になった誕生日の真っ只中である。それはとどのつまり、俺がこの世界に来て五年経ったということに他ならない。短いような長いような時間だったが、なんとか言語を習得することは成功した。それと魔法も習得した。むしろ魔法の方が簡単だった。簡単すぎて極めてしまった感さえある。どれくらい極めたかというと、天空に漂う惑星の運行に干渉できるレベル。隕石降らせるとか簡単すぎてマジで引いた。もう二度としない。
そうそう、この世界には魔法とはまた別にもうひとつ超常現象が存在する。
召喚獣である。
魔法は個々人で可不可が存在するが、こちらはこの世界に生まれる全ての人間に一つだけ与えられる。二つ三つという前例はないと、にこやかな表情でイケメンが言ってた。思わず、ジョー(あご)、テンプル(側頭部)とコンボを決めたくなったが無駄だからやめた。イケメン爆発しろ。
かくいう生前の俺は中肉中背、特にぱっとしない大学生の男で、もてなさすぎて逆におしゃれしたら負けだ、と思っていた残念なクソ野郎である。リア充の友人からは決してブサイクではない、普通。と称されていたが、それすらいまだに半信半疑である。言いたくはないが、童貞だった。交際歴ゼロ年。涙はもう出てこない。生前にすでに使い切った、乾ききった。だから、今流れているこれは汗である。
話が逸れた。召喚獣の話に戻そう。召喚獣とはこことは違う、ズレた世界にいる存在で召喚主の求めに応じてこの世界に顕現し、力を発揮したのち、還っていく実在と非実在の存在である。ちなみにこの世界にずっと顕現させてもおける。召喚主にかかる負担は呼び出す時のみで、以降は戻すも留めるもご自由にとのこと。ただ、世界に留めるのもリスクがあり、世界に顕現している間、召喚獣は世界に縛られ、代謝が発生する。つまり、腹も空けば、便意も催す。老いもすれば死にもする。もちろん死んでしまえば、待つのは永遠の別れである。基本、召喚獣はその通り獣であるため、召喚主の命令に従い、その命を散らすことが多いらしい。召喚主はその死に嘆く者もいれば、駒を失ったという感慨しか抱かない者と様々である。それは召喚獣側にも言えることなのだが。そう考えると、召喚主と召喚獣は運命共同体ではあるが、命までは共有されていないのはせめての救いだろうか。それとも絶望だろうか。
と、長々と説明したのは生まれ落ちた時から互いに結びつきが存在する召喚獣を五歳になった時期に、初めて召喚を試みることを許されるため、その心構えを兼ねてイケメンと美女が懇切丁寧に説明するのを聞いていたためだ。五歳児に話す内容ではないことだけは確かである。
明日、その場を設えるようだが、待って欲しい。イケメンが召喚されるのはきっとペガサスとかユニコーンだよ、とか我が子に清純さを押し付けているが待って欲しい。美女がケット・シーとかカーバンクルだったらいいなぁ、と自分の希望を述べているが待って欲しい。
実は、以前から召喚を練習してきたのだ。俺も頑張った。が、いかんせんどうしても出来なかったのだ。このバカ親どもめ。自分たちだけで浮かれてないで、我が子の表情を見ろ。浮かれた様子皆無だぞ。不安そうな顔してるぞ。気付け。
俺はため息をついた。どうせ気付かれることはないことは分かっている。魔法で火の玉を出し、イケメンの頭の周りで公転させてみる。まぁ、誰も気付かない。宙にフワリと舞い上がり部屋を飛び回ってみる。清々しいほどに気付かれない。今更ながらこの状況に苦笑して、眼下の三人家族を見下ろしていると、空気に耐えかねたのか女の子が部屋を出て行ってしまった。やっと、我が子の異変に気付いた親は放っておいて俺は女の子を追っていく。
え?あ、俺女の子じゃないよ。転生じゃなくて転移っぽい。なんか幽霊の時と扱いそのまんまなんだよね。生き返ったわけじゃないのかな、たぶん。いやまぁ、召喚されないと本当のところは分からないんだけど。
あ、はい。俺があの女の子の召喚獣です。