Act.7:一鬼夜行/鬼怒愛落
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サイコロ如きに運命を委ねるな。
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───しゃらん───
あまりの絶望感ゆえか、ひどく聞き慣れた、耳に染み着いた、心に馴染んだかんざしの音色が聞こえてきた。
その音色と同時に───
「ヒぎッ!?」
猫が尻尾を踏まれたような、そんな甲高い悲鳴が聞こえ桐木舞依の姿が視界から一瞬で失せ、代わりに人の足───女性物のブーツが割り込んできた。
そのブーツを辿っていくと白いロングスカート、薄いピンクのカットソーにデニムのジャケット、さっきの音色が幻聴ではないという証拠にもう一度、見慣れたかんざしが、しゃらんと音を立てた。
そんないつも通りの姿で、いつも通りの余裕に満ちた顔で、子どものように無邪気な調子で彼女は───
「やっぽー、せっちゃん。お邪魔だったかしら?」
「………マサラ、ちゃん」
───純水真白は道ばたで出逢った友達に話し掛けるようにごく普通に、ごく自然に微笑みかけてきた。
「…………」
あまりにもいつも通りなので、自分の状況も忘れて毒気が抜かれたと言うか、普通に気が抜けたと言うか、なんか呆けてしまっている俺。
何でここにいるのか、何故ここにいるのか、どうしてここにいるのか、とか色々聞かなきゃいけないことがあるのに安堵と混乱が入り雑じり頭の中が収集つかなくなっている。
そんな俺にマサラちゃんが一言。
「ふふん? そんなに見たい? あたしのスカートの、な・か・み♪ ぃやらしぃ〜、せっちゃんたらっ。ひゅーひゅー。ケダモノケダモノ〜」
「いや、そんな、訳じゃ、ナイヨ」
ニンマリ笑うマサラちゃんにあらぬ疑いを掛けられる前にササッさと立ち上がった。………まあ、オカゲで少し冷静になれたが。
「 ……… 。 ─── 」
そんな弛みかけた雰囲気の中、その姿が目に写った。
闇の中、片膝を付き左肩を押さえながら、ぶつぶつと何かを呟きながらその両目を殺意に燃やす金曜日の悪魔、桐木舞依の姿を。
それは初めて見る異様だった。今までのどこか?ネジ?の抜けた雰囲気とは一転して───否、この姿こそ?ネジ?が抜けた姿か。
怒気に満ち、殺意を孕み、殺気を宿し、毒々しく禍々しいその姿は人間の末期と呼ぶに相応しく、正に殺人鬼という名が相応しい。
「……───のよ、何なのよ、何なのよ、何なのよ、何なのよ、何なのよ、一体何なのよっ! 貴女何なの!? わたしと雪雫君との、甘い時間を、ようやく結ばれるっていう時に、よくも、邪魔を……! 貴女、雪雫君の何なのよ!」
初めて聞く殺人鬼の怒声。その声は呪詛のようだった。あの歌うように絡み付くような甘さが微塵も感じられなかった。
聞いている俺でさえ凍りつくような感覚に襲われかけているのにも関わらず、直接その呪詛めいた言葉を浴びせられたマサラちゃんはどこ吹く風で、
「あたし? あたしはせっちゃんの保護者代理兼母親代理兼姉代理兼妹代理兼友だち兼親友っていう、良いとこ取りのポジションにいるから一概にこれだって言うのはないわね」
さらりとそんなことを言ってのけた。
………そんな、溶鉱炉にニトログリセリンをブチ撒くようなこと言わなくても………。
とゆうか、肩書きも多いがその半分以上が代理ってなんだよ。しかも、姉兼妹って意味分からないし。つか、読みづらい。
案の定、そんなふざけた事を言われた桐木舞依は黙って引き下がる訳もなく。
「ふざけないで……! 雪雫君はわたしのモノなの! わたしだけのモノなの! それを、貴女みたいな変な女に渡さないし、邪魔もさせない! 雪雫君はわたしといるのが幸せなのっ!」
「んー。あたしからしたら別にせっちゃんが誰と付き合おうと構わないんだけど。ま、友だちの立場から言わせてもらえばあんたみたいな女は止めておけって言うわね」
「………貴女にわたしの気持ちはわからない」
「当然。他人の気持ちなんて誰にも判らないわよ。それとも何? わかってもらいたいの、あんた? ならまず他人の気持ちを理解する努力をしなくちゃ。自分の気持ちばかり押し付けちゃダメよ」
「黙りなさい。貴女には?何も?わからない」
「ふぅ。同じような言葉には同じような言葉しか返せないわね」
殺人鬼とマサラちゃんとの会話の押収。一方は殺意の籠った呪怨のような声。もう一方は淡々と平然に憎しみも親しさもない対極の声。その温度差がただ聞いているだけの俺にはとても苦しくてとても怖くてとても悲しかった。
二人は視線は依然膠着したままだ。どちらとも動かずどちらも口を開こうとせず、重たい沈黙のみがその存在を示していた。
そんないつまでも続きそうな空気の中、それを打ち破るようにマサラちゃんが俺の手を掴み、
「よしっ。場所変えるわよ」
「え────っ?
突然走り出した。
引きずられるように細い袋小路を抜けこの度、三度目になる夜の追いかけっこが始まった。