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Act.6:一鬼夜行/鬼々酔う酔う


     ■


鼠だって追い込まれれば猫に噛みつきます。

ですが、それで勝ったかどうかと言われれば話は別です。

     ■



 俺はまた夜の闇を駆けている。息も絶え絶えに走る姿は先程と酷似している。


 だが先程とは状況も心境も僅かだが違っていた。


 まず状況から述べれば───例えるならば───鬼ごっこだ。


 ただひたすら走っている俺の背後にピッタリと一定の距離を置いて影のように桐木舞依は追いかけてきているのだ。刀を抜き身のまま曝し余裕有り気にポニーテールを揺らしながら。


 その気になれば俺を捕まえるなど簡単なことだろう。その証拠に桐木舞依は息一つ乱さず、時折「うふふ」なんて声まで聞こえてきている。


 余談だが………多分、あくまでも俺の推測だがあの女は『夕日の中、浜辺で追いかけっこをしながら戯れる恋人同士』を妄想し、それを自分達に当て嵌めているのではなかろうか。………これはあくまでも推測で憶測で邪推だ。しかしかなり正鵠を射ていると俺は思う。いや、マジ勘弁してくれ。


 だが腐っても殺人鬼、三ヶ月近く警察から逃げていると言うところか。俺が一方向に進むと必ず妨害してくる。そっちの方向には自分にとって不利になるものがあるのだろう。だからその一方向を突破しようと試みようとしたが断念した。例え突破出来てもすぐに追い付かれるのが関の山だ。


 そして心境。


 初めは恐怖から逃げ出していた。嫌悪感から逃れるために走っていた。


 実際、今も恐怖や嫌悪感は俺の心身に取り憑いている。


 しかし、それ以上にこの殺人鬼の暴挙を止めようとする意志がある。


 使命感。そう言えば聞こえはいい。だが、そんな上等なモノじゃない。ただ単に責任を取るか取らないかだ。


 自分の穴は自分で拭け───それが腐臭を振り撒くなら当然。


 己が蒔いた種は己で刈れ───それが雑草で毒草なら尚更。


 俺が作った罪ならば俺自身が裁け───それが自らと引き換えでも。


 言い逃れはしない。十一人の犠牲者よ、怨み辛みがあるなら言ってくれ、甘んじて一身に受け止めてみせよう。呪いたければ呪ってくれ、一滴残らず飲み干そう。


 自己満足だと言われればそれまでだ。でも、それでも───



 償える 罪は 償いたい。



「────っ!」


 いくつ目かの細い角を曲がりきった所で足が止まった。


 人が二人、並んで歩けるかどうかの道幅。塀は高く、登ることは容易にいかず。正面にもその高い塀が立ち塞がる。


「うふふ。ここで行き止まりかなかな?」


 背後に───この袋小路を塞ぐように金曜日の悪魔───桐木舞依が歌うように言ってきた。


 なんて完璧な袋小路だ。それは現状においても人生においても言えることだ。


 桐木舞依の姿を視界に収め、じりじりと後退していく。


 やつはそれに合わせ、ポニーテールを揺らしながら距離を詰めていく。


 桐木舞依はこの暗闇の中でも判るほど微笑んでいた。


 既に俺が逃げられないと確信している。


 自身の?絶対?が揺らがないと信じている。


 己の現状が磐石だと酔っている。


 よっぽど俺の顔が絶望的に見えているのだろう。───だとしたら俺の将来に俳優というカテゴリーが追加される。


確かにその通りだ。俺には武術の心得なんてないし、この現状を打破出来るような異能もない。


 それをあの殺人鬼は判っている。直感しているだろう。


 それ故に油断。それ故に隙が出来、そこを一点突破する。


 俺の立場から言わせるとこの状況には絶望していない。むしろ希望すら見い出している。


 やつの得物が刀だとわかった時から俺はこのような状況を望んでいた。


 ───刀の攻撃方法は大きく『斬り』『薙ぎ』『突き』の三つに別けられる。


 そして刀を使う者にとってここはある種の死地だ。


 このような狭い空間では刀は存分に振れず、その太刀筋を単調に出来る。


 予想できる攻撃は上段からの斬り落としか、突きの二つ。もう一つ下段からの斬り上げがあるがそれもこの空間では封印される。


 俺はこの袋小路に迷い混んだのではなく、自ら飛び込んだのだ。


 ただ一つの勝機を手にするために。


 俺と対峙する最中、足を止め桐木舞依は一瞬迷い、刀を上段に構えた。


「ごめんねぇ、雪雫君。予定変更で、ズバッと斬っちゃうね。んん、安心して。ちょっと胸を斬って、動けなくするだけだからから」


 ちゃんと殺さないようにやるから、と慈母のような笑みで悪魔の如くステキなことを言ってくれた。


 だが、こちらとしても望むところだ。


 チャンスは一度。タイミングは一瞬。決して失敗は許されない───!


 桐木舞依は自身の間合いに入っている俺目掛けて、片手で刀を振り下ろしてくる。


 その速度は人を斬り裂くには十分。避けることを許さない一刀。


 しかし、例え如何な剣速であろうと初めからソレを予測していたのならば───速度など限り無く無意味。


 桐木舞依が振り下ろすと同時に───


「はあっ!」


 俺は力の限り左足を振り上げた。


 振り上げた左足は刀の柄尻を捉え、桐木舞依の手から刀を弾き飛ばし、


「あ、」


 と言う間に中空に踊る刀を奪い、一度刀を手中で転がし峰に返し、直ぐ様両手を添え──この間合いがこの刀のベストだとあの殺人鬼が証明してくれた──渾身を込めて刀を振り落とした───


 ───刹那。


 ───一瞬。


 ───瞬間。


 視界が反転した直後襲われる浮遊感何が起きたか理解できず思考できず整理できず脳が停止凍結する背中から鈍痛が走り肺から空気を圧し出され気付いたら俺は天を見上げ三日月を背負った桐木舞依の姿を俺の首元に刀を突き付け微笑を歪んだ口元を視認した。


「今、の、は───」


 一瞬でフリーズした思考が一瞬で再開する。


 ───俺が刀を振り落とした瞬間、桐木舞依が懐に飛び込み刀を中心軸に、更に言うなら柄を中心軸に一本背負いのように俺を投げ飛ばし、その遠心力を利用し刀を奪った。


 相手の刀を奪い、攻守を逆転させ自身の有利を得るこの業は、


「───無刀、取り……?」

「あらあら。雪雫君、意外と博識なのね。うふふ。当たりよ。でも柳生新影流のとは違うのよのよ。これは我流だから」


 刀を突き付けながら誇るように自慢するように桐木舞依は語った。


 くそっ。まさかこんなことが出来るなんて……完全にやられた。裏を衝くつもりが逆に衝かれるとは、なんて無様………!


 心の中で自分の甘さを悔やんでいる俺を余所に桐木舞依は屈み、俺の顔を覗いてきた。


 お互いの瞳に写る自分の顔を確認できる程の近さ。


 お互いの息遣いが耳に入る程の近距離。


 甘い香りが鼻腔を刺激する。


 未だ喉に添えられた刃から伝わる冷たい死の気配。


 白磁のような細く冷えた指を頬から首筋へ、首筋から頬へ。撫でるように愛でるように刺激するように愛撫するように往復していく。


 殺人鬼は玩具を買って貰った童女のように無邪気に無垢に微笑んでいる。


「うふふ。雪雫君雪雫君雪雫君雪雫君雪雫君雪なくんせつなくんせつなくんせつなくんせつなくんせつなくんせつなくんせつなくんせつなくぅん………うふふふふふふふ。やっと手に入れた………よくやく一つになれるね。よくやく一緒になれるね。せつなくぅんはわたしのモノ。足の指から髪の毛まで、細胞の一つ一つわたしの色に染め上げてあげる。うふふふふ………」


 最早、俺に抵抗する手段も気力もない。勝手にしてくれ。勝手に染めろ。勝手に犯せ。勝手に殺せ。


 俺に出来るのはただ力なく受け入れて一秒でも長く生きることに専念するだけだ。


 ゆっくりとゆっくりと桐木舞依の真っ赤な唇が俺の唇へと吸い寄せられていく。


 俺はそれを黙って───



 ───しゃらん───



何故か桐木舞依がかなり危ない人になっている。初期の段階ではもっとまともだった筈なのに……! それはそうと一回パソコンの縦書きで自分の作品を見てみたんですが、あれですね、縦書きすると内容はともかく小説っぽく見えますね(笑

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