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Act.5:一鬼夜行/一鬼一幽(後)

パソコンや機種によって読みづらい部分があります。

 あいつは俺が?走ってきた方向とは逆方向から現れた?。それが意味するのはつまり、俺を追いかけてきたのではなく、『俺が何処を走っているかを理解した上でそれを上回る移動速度で先回りをした』と言うことだ。それだけで身体能力の差は明白だが、更に悪夢なのがあの女は息を一つも切らさず涼しい顔をしているということだ。


 くそっ。とりあえず、唯一の救いが自分が冷静にいることだ。さっきみたいに無闇矢鱈に走り出さないのは利口だ。それだけで生存率が上がる。ま、それもたかが知れてるけど。


「雪雫君、走るの早いね。お姉さん驚いちゃったよたよ。

 ───でもいきなり逃げるのは酷いわ……酷い……わたし、貴方に会いたくて……ハズレを引いても、諦めないで、探し続けたのに……」


 不意に、悲しげに、哀しげに、その声は若干、震えか細い声で吐露するように呟いた。

 その姿はあまりにも弱く、とても連続殺人鬼には見えなかった。



 今にも泣き出しそうなほど不安定。

 今にも消えそうな陽炎のように不確定。

 誘蛾灯を消され途方に暮れる蛾のよう。



 ───いや、ちょっと待て。


「………ハズレ?」


 って何の事だ。


「ん?ああ。えぇ、ハズレって言うのはね、?雪雫君を真似してたニセモノ?のことよとよ。うん、酷いわよわよ。一生懸命やっているわたしを騙すんですもの。だから───無茶苦茶に殺してあげたわたわ」


 それは、つまり───


「………十一人も、か」

「ええっと……数はそれぐらいかなかな?よく覚えてないけど」


 その十一人の命は───


「うふふ。でも退屈しのぎにはちょうどよかっ───って、あぁっ!」


 ───俺のせいで殺されたってことか?


「ち、違うのよ!確かに楽しんじゃったけど浮気とかじゃないのよっ!?」


 あの女が何か喚いている/ウルサイ。


「他の奴らは全部遊びだったの!そ、それに一週間もが、我慢できなかったのっ!」


 殺人鬼が何かを囀ずっている/ダマレ。


「でも信じて!わたしが愛しているのは雪雫君だけなんだから!」


 ウルサイ。ダマレ/いいから少し静かにしてくれないか?


 あの殺人鬼と俺との間に何かあったのは間違いないだろう。俺自身はまったく覚えていないが名前と顔が一致している時点でそれは自明の理。


 はっ。それにしても愛してるだって?よりにもよって愛してるときたか。俺との間に何があったかは知らないが俺が何かをしたのは間違いないらしい。


 その結果、殺人鬼は俺を三ヶ月近く探し回り、その間に十一人を殺害。


 俺のニセモノ───単にあれの勘違いだと、思い違いだと言い切れる、そんな下らない些細な事で十一人も───犠牲に、生き贄に、無駄死にさせられた。


 あの殺人鬼が結果を作り、俺が原因を作った。


 俺が引き金を作り、殺人鬼がその引き金を引き、その凶弾に十一もの死が生まれた。


 善悪で問うなら限りなく悪。


 例え自覚がなくても無意識だったにしろ俺が発端。


 言い逃れの出来ない共犯者。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!本当に本当だよっ!わたしには───」

「なあ。一つ、聞いていいか?」

「雪雫君だけな、のって、え?え?何?」


 こいつが共犯者なら知らなくてはいけないことがある。


 あれが俺の罪のカタチならそれを罰しなければいけない。


 あれが自分の罪をどう捉えているかは判っている。罪悪感などないと既に言っている。


 だから俺が聞くのは極めて単純な質問で大切な質問。


「あんた、名前何て言うんだ?」

「え────?」


 よっぽど俺の質問が予想外だったのか目を白黒させ呆けてしまった。


 だが、それも一瞬。すぐに花のような笑みに変わった。


「名前、そっか名前か……そういえば教えてなかったわねわね。わたしの名前は舞依。桐木舞依きりき・まいよ。忘れちゃ嫌だよ?」


 それは───


 幼女のように笑い。


 少女のように笑い。


 妖女のように嗤った。


 さっきまでの慌てふためいてた姿が嘘に見えるくらい落ち着き、嬉しそうだった。多分、あの殺人鬼───桐木舞依の言葉を借りるなら『浮気』を赦して貰ったと思っているのだろう。


 だが、勘違いするな。


 俺はおまえを


  赦す気など


   毛頭として


    ないと言う事を。


「…………」


 桐木舞依の凶行を止めることは俺の中では決定している。


 しかし、情けないことにそれを止める手段がが俺にはない。


 畜生。一体どうすれば………


「あ。そーだ」


 突然、今まで背後に花畑を幻視するほど浮かれていた桐木舞依が声を上げ、申し訳なさそうに上目遣いで俺を見てきた。


「雪雫くぅん、ごめんね。こんなことしたくないけどまた逃げ出しちゃうと悲しいから………」


 今にも消え入りそうな声で彼女の手が動いた。


 流れるようなその動作からは一分の隙も見当たらず、慣れた手付きで腰にある刀の柄を握った。


 すらりと、緩慢な動きでの抜刀は日本舞踊の舞にも見えるほど流麗だった。


 右手に握られた刀に月光が反射しその刃の冷たさを訴えているようだ。


「足、切っちゃうね。多分、痛いけど安心してして。そんな痛みが飛んじゃうくらいキモチイイ事をお姉さんがしてあげるから」


 そう言いながら一歩、一歩、また一歩と軽い足取りで距離を詰め、ポニーテールがそれにつられ踊っている。


 ああ。何がキモチイイ事だ。異常性癖の弩変態め、何のフォローにもなってねえよ。


 とりあえず、今はまた逃げるしかない。やつの得物は刀。ここでの相対は絶望的に不利。


 刀を相手にするなら、


     ・・・・

 ここでは広すぎる。


    ・・・・・

 もっと狭いところじゃないといけない。


 刀を手に近付いてくる桐木舞依に背を向け、また春の夜を疾駆した。


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