エピローグ:一鬼夜行/一色極彩
───一月、私は彼と出会った。
「そんなに濡れちゃ風邪引いちゃいますよ」
冷たい雨の中、佇む見ず知らずの私に彼は差していた傘を差し出してくれた。私は差し出された傘には触れず、私はこれ以上濡れないし、君の方こそ風邪を引くわ、とそれを拒絶した。
「俺は平気ですよ。他人に傘を差し出すようなバカは風邪引きません。それに濡れないことにこしたことはないでしょ」
私は彼のその言葉に呆気に取られ、彼は私に傘を押し付けた。私は受け取る必要などないのについ、それを受け取ってしまった。持ち手の所に僅かに残る温もり。それが手を通して体の奥の方まで届いたような気がした。
彼は私が傘を受け取ったことに満足いったのかそのまま踵を返して立ち去ろうとした。
別にそのまま見送ってもよかったのだ。こんなお節介な奴は自滅すればいい。風邪でも引いて後悔すればいい。でも私は彼を引き留め、あまつさえ名前を聞いてしまった。
「セツナです。雪の雫でセツナっていいます」
彼は───雪雫君は笑顔で答え、雨の中を走って行き、私はその姿をただ見つめていた。
───冷たい雨が降る一月の金曜日のことだった。
それから私は常に雪雫君の笑顔を思いだし、あの手の温もりを回想し、雪雫君ことをいつも考えていた。
そしてそれが恋だと気付くのに時間はかからなかった。
───私は罪を犯した。
私は一色極彩の色欲だ。ただ一つの欲求を求め、疼く体を癒すために塗り重ねた単一の色にして極彩色。色欲に抱かれたこの体にはその名がよく似合う。
体は満たされている。だが、心は常に砂漠だった。
でも雪雫君のあの笑顔をあの温もりを思い出すとその心が満たされる錯覚を抱く。
だが、それは求めてはいけない。色欲に心は要らないのだ。必要なのは体だけだ。
しかし、それでも私は彼を求めた。あの雨の日と同じ金曜日に彼を探しさ迷う。それは桐木舞依という存在が犯した初めての罪。
───私は恋をするという罪を犯した。
≪一色極彩・了≫
これにて「キリエ・エレイソン──倉崎雪雫の一鬼夜行──」は終幕です。初めて小説を書いて、初めての完結です。お見苦しい所もあったでしょうが最後まで目を通していただきありがとうございます。次回「キリエ・エレイソン──名探偵と探偵モドキ倉崎雪雫のデウス・エクス・マキナ──」をやったり、やならなかったり、みたいな。