Act.9:一鬼夜行/終わる歌と始まる歌
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人の言葉は粉雪のようにすぐに消えてしまいます。
ですがその雪が冷たかったことはいつまでも覚えています。
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三ヶ月近く行われた連続殺人事件。その犯人、桐木舞依は蒼い光に飲まれその惨劇の幕を下ろすことになった。
「ん、ん〜〜。終わった〜」
マサラちゃんは背筋を伸ばしながら軽い足取りでこっちに歩いてくる。
「…………」
だが俺はそれに目を向けず、焼き焦げた地面───桐木舞依がいた場所を見ていた。
………一体俺は何を考えているのか。
悲しんでいるのか。憐れんでいるのか。喜んでいるのか。よく自分の気持ちがわからない……。奴は殺人鬼なんだぜ? 十一人も殺害しそして俺も殺されかけた。桐木舞依は死んで当然のニンゲンだ。
───死んで当然?
……確かに倒そうとは思った。その後は警察に引き渡すつもりだった。でも、俺は、あの女の死を願った訳じゃない。追われているときも殺されかけたときもそんなことは考えてなかった。
殺されるのは嫌だ。
死ぬのは嫌だ。
他人が殺されるのは嫌だ。
他人が死ぬのは嫌だ。
誰かを殺すのは嫌だ。
もしかしたら桐木舞依は俺のせいで死んだのかもしれない。俺のせいでこの惨劇が生まれたのかもしれない。俺と出会わなければ桐木舞依はこんな凶行をしなかったかもしれない。俺の出方次第で結果が変わったかもしれない。
「……かもしれないばかりだ」
でもそれでも俺は桐木舞依を殺した。ただ自分の手を下したか下してないかの違いだ。見殺し。はは、それも立派な殺しではないか。
結局、俺も桐木舞依と同類に───
「んー? どったの、せっちゃん。難しい顔して」
「………別に」
マサラちゃんの顔を見ず素っ気なく答える。
「ふうん。ねえ、当ててみようか。せっちゃんが何考えてたか。大方、『桐木舞依は俺のせいで死んだー』とかなんとか考えてたんでしょ」
思わずマサラちゃんの顔を直視して後悔した。これでは認めてるようなものじゃないか。そんな俺を見てマサラちゃんはやれやれと呆れた。
「もう、せっちゃんネガティブ過ぎー。昔に逆戻りしちゃってんじゃん。一応言っておくけどせっちゃんは被害者なんだから難しく考える必要ないのよ」
俺は俯き、力無く答えた。
「………でも、さ。俺がいなかったら誰も死ぬことなんてなかった……そう、思うんだ」
「そりゃあ、せっちゃん背負い込みすぎよ。つか、考えすぎ。銃を売った、それを買った人が人を殺した、悪いのは銃を売った人? 包丁を買った、それで人を殺した、悪いのは包丁を売った人? 靴を売った、買った人は靴の紐を踏んで転んだ、悪いのは靴を売った人? 服を売った、買った人が銀行強盗をした、悪いのは服を売った人? パンツを売った、買った人がテロを起こした、悪いのはパンツを売った人? せっちゃんが言っているのはそう言うことよ。悪いのは売った人ではなく買った人でしょ。あくまでも結果を作ったのは買った人なのよ」
「でも、起因、原因───始めの一歩を後押ししたのは売った人だ」
「そうね。選択肢を与えたのは確かだわ。でも言ったでしょ、結果を作ったのは買った人だって。数だけは膨大にある選択肢の中からそれを選んだのは誰のせいではない。責任は自分自身に問われるのよ。
せっちゃんはさ、人殺しを犯したヤツを死刑判決に下した裁判官は殺人者だと思う? それを検挙した警察を共犯者と見るの? 冤罪でもない限り誰もそんな風には見ないでしょ。要はそれでしか責任を取れないから。それだけの事をしたツケよ」
「…………」
確かにマサラちゃんの言う通りかもしれない。自分で出したゴミはちゃんと処理をしろってことだ、当然と言えば当然のこと。でもこと命に関してはそれには当て嵌まらない。命の重さは測れない。命の罪は命の罰では償いきれない。命を奪った責任は同じ命だけでは払いきれない。
ヒトを殺すということは今まで生きてきた全てを踏みにじり、未来を奪うだけではなく、そのヒトと関わった全員からその存在を奪うということだ。それはイノチ一つで補えるモノでも償えるモノでもない。
なら俺はどうやってこの責任を───
「───?雪雫?」
冷たい刃のような声に俺は自分の意思とは関係なく顔を上げていた。そこにいるのはマサラちゃんではなく、この世の真理と摂理を探求する魔術師の姿だった。冷然と冷水のような口調で魔術師が話す。
「今回の事は?雪雫?には何も責任はないわ。桐木舞依が殺人を犯したのは?雪雫?と出会ったから? 関係ないわ、そんなこと。例えそれがなかったとしてもあいつは人を殺す。動機が違うだけよ、やることは変わらない。あいつの責任はあいつだけのモノで?雪雫?のモノでもないし、誰のモノでもないわ。」
「でも、」
「『でも』じゃない。あたしの話を黙って聞きなさい。いい、あんたはね自分とは関係のない責任を背負い込もうとしている。それはまったく意味のない、無意味なことよ。桐木舞依が人を殺したのも、あたしが桐木舞依を殺したのも?雪雫?には関係ないの」
それは、違う。
桐木舞依のことはもう、いい。本人がいないのだ、真実を確かめることなど出来ない。でもマサラちゃんについては確かめるまでもない。
純水真白は倉崎雪雫を助けるために桐木舞依を殺害した。
俺はマサラちゃんという武器を使って桐木舞依を死に至らしめたのだ。
「それは違うわ。勘違いよ、勘違い。あたしはあたしの意思で桐木舞依を殺したの。あんたはあたしに殺してくれって頼んだ? 頼んでないでしょ。別に?雪雫?を助けるためにやったんじゃなくてあたしの確固たる意思をもって桐木舞依を殺した、そうするのが正しいとあたしが思ったから。そこに?雪雫?の意志が介入する隙間なんてないの」
「じゃあ、俺は───」
俺はどうすればいいのか、と言い切る前にマサラちゃんが「何もしなくてもいいのよ」と言った。
「だって?雪雫?は何もしてないじゃない。桐木舞依を殺したのはあたしだもん。桐木舞依を殺した責任はあたしの責任、あたしは桐木舞依を殺した責任をしっかりと受け止めるわ」
自身の罪深さを知り、自身がどれだけ汚れてるかを認識し、それを背負い、耐え続けて生きていくと魔術師は言った。
「それにね?雪雫?。もし本当に何かしらの責任を背負ってそれを償いきれない時は───安心して。その時はあたしが贖罪してあげるから」
魔術師は強い眼差しで俺を居抜き宣言する。それは彼女なりの優しさなのだと俺には理解できた。友達として悪いことをしたらお仕置きすると言われたのだ。なら、友達として俺が何て返すべきか、そんなの決まっている。
「ああ、そん時は頼んだよ」
友達としてそれに甘えるだけさ。
その俺の返答に満足したのか魔術師という仮面を外し、
「うん。物わかりの早い?せっちゃん?が大好きよ」
マサラちゃんは綺麗な無邪気な笑顔で返し、しゃらん、とかんざしも微笑んでくれた。
◇◆◇
「でさ、どうしよっか」
「どうするってさぁ……」
俺とマサラちゃんは何時までもこんなところに止まっている理由はないので必然的にささっさと帰ることになった。
で、そこで問題発生。俺もマサラちゃんも現在地不明な状態。つまり迷子。
「笑えねえ」
ため息混じりに携帯で時間を確認。うお、もう少しで今日が終わっちまうよ。くそっ。俺の携帯、GPSなんて付いてないしなぁ。
「あれ? せっちゃん、携帯持ってたんだ」
「そりゃー持ってるよ」
つか、買ってくれたのマサラちゃんだし。
「違う違う。そういう意味じゃなくてさ、何で携帯持ってるのに誰かに助けてコールしなかったの?」
「あ」
……忘れてた。逃げるので精一杯だったから失念してた。
「あははっ! せっちゃんあったま悪っ! 馬鹿みた〜い。つか真正お馬鹿さん」
「うるさい」
まあ、どちらにしろ電話をかける時間もなかったしあの殺人鬼が許すとは思わない。
………ま、負け惜しみとかじゃないよぅ?
「それはさ、置いといてさ、マジでどうするか考えようぜ」
「誰かに電話したら?」
「かける相手がいない」
「うわっ。マジ? 友達いないの? ごめんね、悲惨なこと聞いちゃって」
「ちゃう。こんな真夜中に電話なんて非常識な真似できないってこと。友達がいないわけじゃありません」
「えー。つまんなーい」
「…………」
なに、俺に友達以内方が面白いって仰るんですかアンタはっ。俺にだって友達ぐらいいるよ。………そんなに多くはないけど。
「………………」
「ちょっと、なに勝手に自分で鬱になってるのよ」
「うぅ……俺って……友達……少な……うぅ」
「もうっ。せっちゃんがそんなんじゃあたしがつまんないじゃないっ! んじゃあ、せっちゃんを元気付ける為に純水真白歌いまーすっ!」
それはただ単にマサラちゃんが歌いだけではなかろうか。
「二番純水真白、林原めぐみで『残酷な天使のテーゼ綾波レイver』
ざぁんこぉくなー天───」
「やめてくれ」
そんな物騒な歌詞で元気になれるとは思えない。つか、か細く声を出して歌うとかそんな芸もいらないって。
「もお、わがままねっ。じゃあ、宮村優子の惣流アスカverと三石琴乃の葛城ミサトverとどっちがいい?」
「まずはその歌から離れよう。というよりも歌わなくていい」
「エヴァ嫌い?」
「そこは問題じゃないの」
第一見たことすらないし。
「歌うのは、まあ、いいさ。譲歩するよ。言っても聞かないだろうし。俺が聞きたいのはなんでアニソンばっかりなのかってコト」
「好きだから」
………うむ。これ以上ない明瞭でわかりやすい答えだ。登山家はなぜ山に登るのか。山が好きだからさ。
「しょうがない、せっちゃんに合わせて時候ネタでいきますか」
「無理して歌わなくていいよ」
「ふふん。そう、遠慮しないでヨロシ。マサラたんに任せなさーいっ。三番純水真白、えっと歌手はいっぱいいるから省略して、『もってけ!セーラーふく』
廝昧3センチ、そりゃぷにってことかい? ちょっ! ラッピ───」
「もういいから。それもわからねえし」
「もーっ! 文句ばっかり言って! やる気あんの!?」
「なんのだよ。それより俺さ、本気で疲れてるからさ早く家に帰りたいよ」
追いかけっこの疲れがいまだ残っているこの状態でマサラちゃんの相手をするのはかなりしんどい。過労死しそう。
「ん? せっちゃん、何か、あっちの方、店みたいのがあるわよ」
「え───お、ホントだ」
おお、ラッキー。まるで砂漠の中のオアシス。これで最低でも現在地はわかる。さてさて我らのオアシスの名前は何て言うのかな?
『白熱二十四時間営業! カラオケ・うたうた楽園』
………神様、これは何かの試練ですか?
「せっちゃん! カラオケだってカラオケっ! せっちゃんは休めてあたしは歌える。一石二鳥ハルマゲドンっ!」
「うん……そうだね……」
俺の手を引いて鞠のように弾む足取りで突き進むマサラちゃん。楽園に向かう俺たちはさながらアダムとイヴか。
しかし俺の足取りは重いながらも、これでいいかとも思っている。マサラちゃんのテンションを考えて朝までコースは確実だが俺はそれに出来るだけ付き合おうと思う。
マサラちゃんはああ言ってはいたが俺はマサラちゃんに助けられたのだ。ならそのお礼として付き合うのは当然というか、これでも足りないぐらいだ。でも俺がそんな気持ちで付き合うというのはマサラちゃんには秘密だ。そんなのはマサラちゃんが望む訳ないからね。
───じきに日付が変わる。金曜日は過ぎていき、夜が流れ、日が昇る。その時に悪魔は完全に消える。そうしたら俺はマサラちゃんにちゃんとお礼を言おう。友達としてしっかりと胸を張って。
「ありがとう」
≪一鬼夜行・了≫