Session2:魔術師
───魔術師とは魔術を用いて奇跡や神秘を人為的に起こし、再現できる者を指す超越者のことである。
そして魔術師の共通項に『魔力炉心』というものがある。それは体内で魔力を精製する器官で、魔術師としての素質であり資質であり命そのものと言っても過言ではなく、一般人との一線を引くものでもある。
だが、この魔力炉心は通常はその活動を停止させてある。それは魔術───神秘は日常と常識の裏に在るという理論に基づいての考えであり、その為魔術師は自らの存在、魔術を隠匿隠蔽する。故に常に魔力炉心に鍵をかけている。
だが、全く使用しないという訳ではなく、必要とあらばその鍵を解く。自身で設定した錠を自身で設定した鍵で───『解封』を実行することで魔力炉心が目を覚ますのだ。
「───我思い我思う、故に我思う我あり(cogito cogito, ergo cogito sum)」
そう、たった一言で常識を歪め捻り覆す超越者になる。
魔術師の世界がスライドするように滑らかに、スイッチを入れるように簡単に、朝から夜になるように反転する。
そして今ここに超絶として魔術師がいる。
純水真白は反転し、状況は一転した。
先程までは僅かながらに桐木舞依が優勢だった。だが、反転し、己を解放し魔術師と成りその優勢が崩れ天秤は魔術師に傾いた。
勢力図が書き換えられた。今、この場の主導権は魔術師の手の中だ。
「───花を摘み。
───鳥を狩り」
重く落ち着いた、世界と共振するかのように魔術師の呪文詠唱が闇夜に響く。
その詠唱に呼応し奇怪な文字列を刻み込まれた帯が二本、右腕に円を作り蒼く発光し夜を照らす。
「───魔術処理(Setting):色即是空(Silencer)」
刻々と紡がれその魔術の片鱗を垣間見せ着々と構築されていくのを桐木舞依はただ見ていた。
───否。正確な判断が出来ず動くに動けないのだ。魔術師等と言う未知の相手にどう対処するのが得策なのか、思考がうまく働いてくれなかった。加えてこの距離。いくら桐木舞依といえども一足ではこの距離は攻略出来ず、そういうのが重なり慎重にならざるを得なくなり、如何な事が起きようと身の安全を考え回避することのみに全身全霊を集中させていた。
だが、それは失策だ。身の安全を考えるなら恥も外聞も捨てて逃げるべきだった。
「───魔術構成(Bullet-type):一刀両断(FullMetalJacket)」
尚も詠唱は続けられている。言葉には力が宿るとされている。ならばわざわざそれを弱める道理はなく、一言一句濁さずハッキリと、しかし限界までの速さで展開されていく。
「───風を穿ち。
───月を墜とす」
その詠唱にまたも二本、蒼い光を放つ帯が円を作り腕に取り付く。手首から肘にかけて都合四つの円環が光彩を放っていた。
───銃弾は詰められた。後はトリガーを引くのみだ。
魔術師は足を大きく広げずっしりと構え、円環を纏った右腕を大きく引き絞る。それはまるで大砲のようであり、主砲の照準は定まっている。
引き絞った右腕に魔力が収束し、それを一気に撃ち出した。
「?必滅必倒?───!」
鮮烈な蒼い閃光が流星のように煌めき視界を埋め付くし、大地を焼き払いながら砲弾の如く暴力を誇るその先に桐木舞依を捉えてい───なかった。
魔術師が右腕を突き出す一瞬前に桐木舞依は左に避けていた。
直進する蒼い流星。だが、その先には桐木舞依は居らず不発に終わるかと思われた。
「───えっ?」
グニャリと流星は鎌首もたげる蛇のようにその軌道を変え、その矛先に桐木舞依を捉えた。
───グングニル。北欧神話の主神が持ったとされる槍。それは一度放てば必ず心臓を衝くと言われる神の槍。ならばその名を冠するこの魔術が標的を逃すなど有り得るわけがないのだ。
「せ、つ───────────────」
圧倒的な熱量を持つ光の激流に桐木舞依は飲まれた。直撃から消滅までタイムラグなどほぼなく小さな断末魔をあげ、刹那もなく金曜日の悪魔、桐木舞依は塵も遺さず終止符を打たれた。
果たして彼女は一体何を想い、何を抱いて、最後に何を言って消えていったのか。それは彼女以外知るよしもなかった。