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Session1:キリキリマイ


 金曜日の悪魔───桐木舞依のその身体がはぜる。


 疾風の如く速度で十メートルあった距離を一足で己の間合いに消化する。


「────ふっ」


 振るわれる二刀。寸分の狂いもなく、幾分の迷いもなく絶対の殺意を宿した縦軸と横軸の二重剣線。


 その鎌鼬のような二連斬撃を純水真白は後ろに一歩下がるだけで無効にした。


 ───しかしそれでは完全に無効にすることは出来ない。疾風は止まることをせず、どこまでもはしり続けるからこそ疾風なのだ。


 また一歩。離れた間合いをその風の速度で詰め、再び二刀が踊る。


 紡がれる太刀筋は幾十に及び、その一刀一刀に狙い澄ました一撃必倒の威力があった。


 絡まり交わる剣戟。その疾風怒濤を純水真白は?手?弾いていった。


 いや、正鵠を射る説明をするなら純水真白は掌底で刀の?腹?と?峰?を叩きその斬撃を撃ち落としているのだ。一つ間違えば腕を切り落とされかねないとても危険な行為を彼女は平然と落ち着いてこなしていく。


 桐木舞依の縦横無尽に襲いかかってくる剣舞を純水真白は後退しながら拳舞で撃ち落とす様は華麗で優美で一種、舞いであるかのように錯覚する。


 何十合と繰り返される剣拳舞踏。桐木舞依はその剣戟を休めず、純水真白は守りに徹していた──否、攻められないでいた。

 桐木舞依の剣舞は確かに人技の域を超越してはいたが、その剣舞と対等に相手をしている純水真白も語るに及ばず。ならば何故攻められずにいるのか。


 理由は明瞭にして簡潔。その剣舞に隙がないからだ。


 右に握られた刀の太刀筋は常に曲線を描いていた。蛇のようにしなる軌道、刀の自重と遠心力を最大限に利用した太刀筋。


 左に握られた小太刀はその短さゆえの振り易さを生かしその太刀筋は直線を描いていた。直線に切り裂き鋭利に曲がる。短さと軽さがなければ出来ない業だ。


 これ等一つ一つならば対処は簡単だ。曲線を描くがゆえに隙が大きく、直線の太刀筋がゆえに見切りやすい。


 しかし、その二つが重なると話が変わる。互いが互いの短所を補い、長所を生かしていく。曲線を描くがゆえに出来る隙を直線で埋め、直線の解りやすい太刀筋を曲線が歪める。『線』での斬撃を幾重にも重ね合わせて『面』になり攻撃と防御、両者を併せ持つ二重旋律。


 ───それにもう一つ。


「くっ───!」


 純水真白がその剣戟から逃れようと後退だけでなく横に跳ぶと桐木舞依は───


「うふふ」


 地面を滑るようにその身体を流し、純水真白を常に間合いの中に入れていた。


 その独特の歩法───『地滑り』。左右に移動することに特化した歩法は純水真白の逃げ道を塞ぎ、常に正面になるように脚を滑らしているのだ。


 剣舞と歩法。その二つが完全に純水真白を封殺しつつあった。


「うふふ。あらあら。どうしたのかしらしら? わたしのことをブチのめしてくれるんじゃなかったかしらしら?」

「───うるさいっ。喋ってると舌噛むわよっ」


 愉快げに嗤う桐木舞依に対し純水真白の表情は苦いものだった。それもそうだ。いくら攻撃を防ごうと場の主導権は桐木舞依が支配しているといっても過言ではなく、優劣で別けるなら限りなく劣勢なのだ。


 純水真白は攻めきれず、桐木舞依は必殺の期に満ちている。これを劣勢と言わず何を劣勢と言おうと言うのか。


 桐木舞依は死のワルツを踊り、死神が鎌を振るが如く二刀を閃かせる。


 純水真白は死神の手を握りリードを許すばかりだ。


 両者すでに撃ち合った数は百に届く。桐木舞依の剣舞はどれも必殺と称すに相応しい威力と急所を捉えていた。


 故に桐木舞依は外見とは反比例し、内心では焦っていた。


?───なぜ、まだ生きている───??


 そう、すべての剣戟が必殺必倒と言えるのにまだ傷らしい傷を一つもつけていないのだ。いかに優勢であろうと圧倒でないのならばそこに逆転と言う悪魔が潜む。


 だが下手に将瘟を早めようとするとそこに隙を作ってしまう。だからこの行為を繰り返さなければならない。向こうが文字通り手を滑らすのを待つしかないのだ。


 そう思案し結論を出しその最中も剣舞の手を休めず振るい続けていると───


「───見つけた」


 と、不意に防御活動していた純水真白が声を漏らし不敵に微笑した。


「見つけた? 迎えに来た先祖か天使の顔でも見たのかしらしら」


 多少、今の言葉に内心首を傾げながらも、所詮虚仮脅しだろうと逆に笑い返してやった。


「まさかっ。あたしが見つけたのは───」


 そう言いながら純水真白は、じゃらじゃらとかんざしの音を濁しながら後ろに大きく跳躍し、間合いを置きにいった。だが、その行為は何度も繰り返し意味がないとすでに判っていることだ。


 当然、桐木舞依は逃がす筈がなく追撃せんと疾風の如く前進しポニーテールが遅れまいと暴れる。疾風の最中、刀を振り上げ───


「───あんたの───」


 二刀剣舞が躍動する───瞬間、


「───弱点よっ!」

「がふっ!?」


 純水真白の渾身の左のミドルキックが桐木舞依の脇腹に喰らいついた。


 桐木舞依の身体が地を転がる。だが無様に転がり続けるわけもなく一回転半したあたりで体勢を建て直すも勢いを殺しきれず地面を踏み締め滑っていった。


 ようやく止まった所で十五メートル強の距離ができていた。


 桐木舞依は苦痛と怒りで顔を歪ませ純水真白を睨み付けた。


「貴女───」

「ふふん。考えていたよりも簡単にいったわね、あんたの攻略法」


 純水真白は勝ち誇ったかのようにニヤリと笑った。


「どうゆう意味かしら……」

「言葉通りの意味よ。曲線と直線を組み合わせたあの剣技は正直驚いたわ。だって隙がないんだもの、弾くので精一杯。でも世の中ってうまく出来ていて───いいえ、うまく出来てないから攻略法なんてものが出来ちゃうのよね。まあ、あたしが言いたいのは長所は短所を生むってこと。二つの『線』を編み上げて『面』を織り成すその絶技は一見完璧に見えるけどそれ以外の部位はそうでもない。『線』通しが交わることが出来るのは正面だけだもんね。それ以外はただの『線』でしかない。つまり、両脇こそが最大の弱点………どうかしら、あたしの推理は?」

「────っ」


 悠然と雄弁を語る純水真白とは対して桐木舞依は苦虫を噛み締めた表情をし、その推理を肯定していた。それを見ながらも純水真白は更に続ける


「まあ、脇が弱点になるなんて他の奴等もそうだけどあんたのは殊更それが際立った。だからあの流れるような歩法を使って常に正面になるようにしていた。でもアレって左右にしか移動出来ないんでしょ? そうよね、だってあたしが後ろに下がるときはあんな動きしなかったもの」


 桐木舞依はもはや俯くことしか出来なかった。正にその通りだった。


 独特の太刀筋が故に両脇が薄くなる。それを隠すために独特の歩法『地滑り』を用いて補っていた。


 ───だが、独特が故にその性質も見切られ易くなってしまい、挙げ句破られてしまった。


 純水真白は大きく後退することで『地滑り』を封じ、繰り出された二刀剣舞の弱点たる脇を蹴り抜いたのだ。それは言うまでもなく完璧な攻略法と言えた。


 だがしかし、


「………それが、どうしたって言うの?」


 いくら攻略法を見い出したといってもそれを良しとする筈もない。


「弱点がわかった? うふふ。そんなのはわたしだって知っているわ。だからこそ同じ手は食らわないわ」


 俯いていた顔が表を上げる。その表情に曇りも澱みもなく、瞳にはまだ力がある、体力も回復した。一度破られたぐらいでは桐木舞依は決して折れない。


 その姿を見て純水真白は、


「でしょうね。あたしもそんなことは期待してないわ」


 あっけらかんと特段固執する様子もなくそう言い更に続ける。


「しょーじきあんたのこと舐めてたわ。でもそれは改めないといけない。だから本気を出しざるを得なくなった………そこで今一度確認だけど逃げてもいいのよ」

「…………」


 桐木舞依は答えず、刀を構えることでそれに答えた。


「そう。なら仕方ない」


 純水真白は目を閉じ重く響く神託が如く呟いた。



「───我思い(cogito)我思う(cogito)故に(ergo)我思う(cogito)我あり(sum)



 その言葉で純水真白の内界世界が反転した。


 閉ざされた門が開く。

 蛇口が捻られた。

 蓋が取られた。

 撃鉄が上がる。

 ■■■が産声を轟かす。

 魔力炉心に火が焚かれる。


 純水真白の体中の至るところに?魔力?が流れ、満ちていき、大気にある?魔力?をも吸い上げていく。


 それは変容。異様。純水真白でありながら純水真白ではない矛盾したカタチ。人でありながら人を超越した存在。


 桐木舞依は目を見開いてその変貌を見て無意識に言葉が漏れた。


「貴女、一体───」

「あたし? ああ、そう言えばあんたには名乗ってなかったわね」


 ───しゃらんとかんざしが唄う。


 すっ、と目を開き、自身の名を告げる。


「純水真白───魔術師よ」


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