Act.8:一鬼夜行/鬼死壊正
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終わりが始まり、始まりが終わる。
だったらこれは何も始まってないし終わってもいないんじゃないかな?
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「ふぅん。それじゃあ、アレが金曜日の悪魔なんだ」
「はぁ───あ、ああ──はぁ───そう───らしい──はぁ」
「で。何であんなにせっちゃんにお熱なわけ?」
「ハァ──そん──なのっ──俺が知り──くぁ──たい、ぐらい──だっ」
「何かやっちゃたんだろーね。せっちゃん、波風立てるのが特技で波風に飲まれるのが趣味だしね〜」
「っはぁ──俺の、──プロフィールに変な──モノ──は、ぁ──書き加えん──な──」
「んー? そういえばアレの名前知ってる?」
「はぁ──は、あ──桐木、舞依、って──名乗って、──た──はぁ──はぁ──」
「へえ。桐木舞依、ね。桐木、キリキ───斬り鬼───『鬼を斬り離す』で斬離鬼ってトコかな。うん。名前の感じだと?刀浄?の分家筋かな?」
「ハァ──ハァ──ハ、ァ──何、それ?」
「日本古くから根付く家系の一つよ。ふぅん。本人に確認してみないと何とも言えないけど多分当たりだと思うわ。あの雰囲気はまともな人間が出せるとは思えないし。………それにしても魔を狩る者がソレに染まるなんてねー。何の因果なんだか」
半ば呆れたような楽しんでいるような揶揄するようなそんな言い方でマサラちゃんは話を締め括った。何を言っているかよく理解できなかったが、息も絶え絶えの俺にはそんなことを質問する余力がない。
───現在、俺たちは鬼ごっこ第三ラウンドを決行中。マサラちゃんに手を引かれ、桐木舞依はそれを追っているカタチだ。で、走っている合間に現在の状況に至るまでを説明していた。
というか、なぜこの人はこうも平気の平左で走っていられるのだろうか。
確かに俺は走り通しでとっくのとうに限界突破を果たしているとはいえ、息一つ切らさないなんてどんな体してるんだ。俺なんて肺は割れそうだし心臓だって砕けそうで、足の筋肉だってフカヒレみたいにバラバラになっちまいそうで、ぶっちゃけマサラちゃんに手を引いてもらわなければ立てるかどうかも怪しい。そんな俺とは対称的にマサラちゃんは余裕綽々と言ったところだ。
ちなみに桐木舞依は先程同様、影のようにピッタリついてきている。しかし、それは余裕の表れではなくマサラちゃんを警戒してのことだろう。
───あ。そういえば………
「マサラ──ちゃん──が、ハァ──いつから、──いたの──?──つか、───何処に向かって────」
「ん? いつからって言われてもなぁ。せっちゃん走りっぱなしだし、その調子だと時間の感覚狂っているだろうし。う〜〜ん………あ、そうそう。せっちゃんが壁にもたれ掛かって舞依と話す少し前からよ。そっからずっと追いかけてたわ」
それはかなり初めの方ではなかったか。なぜ、すぐに出てこなかった。
「だってちょっと離れてて声なんて聞こえなかったし、今はあーゆうのが流行りなのかなって、ちょっとカルチャーギャップ感じちゃったし」
たぶん、それカルチャーじゃなくてジェネレーションだと思うよ。てか、あんなの永遠に流行らない。流行ってはイケナイ。
「でさー、なんか細っこい道に入った時は少し驚いちゃったわ。まさかせっちゃん、野外で!?ってさ。一瞬せっちゃんの性癖を疑っちゃたわ。でも、いきなり斬りかかって、せっちゃんが転んだ辺りでちょっと違うな〜って思って助けたわけ」
………ま、少し遅いけど結果オーライってことで。で、どこに向かってるの?
「広くて人が居ないところ。下手なことやって民家とか壊したらダメでしょ?」
民家を破壊するようなことをするつもりなのかこの人はっ。
「最悪を想定してのことよ。あ、そうそう。せっちゃんにちょっと作戦を伝授。勝率を上げるためにね」
そう言い、走りながら耳打ちをするなんて器用な真似をしながら『作戦』を聞き───この人の正気を疑った。
「わかった? 合図送るからしっかりやりなさいよ」
本気かよ! と怒鳴り返そうとして肺に亀裂が走るような錯覚に襲われ何も言えなかった。
「あ。あそこちょうどいいかもしれないわね」
そう言いながら手を引き、体育館二面分ありそうな砂利を敷き詰められた更地のような場所に踏み込んだ。
とりあえず此処には俺とマサラちゃん以外は何もない。
マサラちゃんにとっては理想の場所かもしれない。
更地の真ん中辺りまで来たところで───
「もう気が済んだかしらしら? なら、雪雫君を返してもらうわ」
丈の短い漆黒の着物姿にポニーテールを揺らし刀を手にその美貌を殺意というおしろいで化粧をした桐木舞依が更地の端のほうに姿を現し、ゆらりゆらりとこちらに歩を進めてきた。
「せっちゃん。後ろに下がってなさい」
マサラちゃんの言葉に従い後ろ向きに歩き、マサラちゃんから───二人から距離を取った。
桐木舞依はマサラちゃんから十メートル離れた位置で、俺は二人から十五メートル位置で止まった。
二人は何も言わず、ただ見つめ合い、俺もそれをただ見つめていた。
時間が止まったような錯覚。空間の凍りついた幻覚。
そんな凍結空間の中、桐木舞依は流れるような動作で左手でもう一本の刀を抜き放った。
右手に持つ刀と比べると些か短く脇差しや小太刀と言ったところか。
刀を二本武装した桐木舞依は悠然と、泰然と構えた。
マサラちゃんはそれを確認し、後ろにいる俺に視線を送ってきた。
………もしや、これが合図? それで、俺に『作戦』を実行しろと言うことか………!
「後ろを向くなんてずいぶんと余裕ね。わたしを舐めているのかしらしら」
「まさか。あたしはそんな間抜けじゃないわ」
「ふん。どうだか───」
よしっ。今だ!
「ボ、ボクの───!」
うぐっ。やっぱ恥ずかしい。言葉が続かない。でも言わなくちゃいけないんだ!
?───いい、せっちゃん。あたしが合図したらこうやって叫びなさい。そうすれば必ず隙ができる?
二人の視線が俺に集まる。
クソッ。やるしかないっ!
「ボ、ボクの為に争わないでっ!!」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
沈黙。時が死んだ。痛いくらいの沈黙が蔓延する。
ああ、くそ。何が隙ができる、だ。恥をかいただけじゃないかーっ!
────と、思いきや。
「────ぶはっ!」
変な声を上げ桐木舞依が仰け反った。そして何故かプルプル震え、腕で鼻を押さえていた。
それが数秒続き、桐木舞依が体勢を直し刀を持ったまま親指をつきだし、
「いいっ! 雪雫君、今のいいっ!! 萌えた! 激萌えちゃったわ、お姉さん! た、堪らない! もう一度っ! もう一度だけやって、お願いっ!」
桐木舞依、鼻を押さえながら大興奮。
………………………………………………………………………………ああ、なるほど。確かに、隙が、出来た。……………でも何か無くしてはいけないものを無くした気がする。
で、『作戦』を伝授した指揮官殿はというと───
「きゃはははっ! サイコーっ。せっちゃん可愛かったよっ! きゃははは───」
と、大爆笑。
最悪。何が最悪かってこんな奴等に自分の命運左右される辺り地獄だ。
結果として『作戦』は自滅で相討ち───否。俺のみの被害で終了した。
一頻り笑い笑われ、二人とも落ち着いてきた。
「うふふ。今の雪雫君のお陰で元気が出ちゃった」
「あーあ。せっちゃんのせいで大失敗」
いや、やらせておいてふざけるな。
「ま、いいか。あんまり期待してなかったし」
こ、こいつ………!
わなわなと怒りに震える俺など眼中になくマサラちゃんは桐木舞依に問い掛けた。
「で。どうする? せっちゃんはああ言ってたけど」
「そうね。雪雫君には悪いけど却下。わたしは雪雫君のこと抜きにしても貴女が気に食わない………」
そういい、桐木舞依は再び刀を構え、腰を浅く沈めた。それは獲物に食らい付かんとする豹のように獰猛で攻撃的な構えだった。
「………そう。一応あたしなりの逃げ道をあげたつもりだったんだけな」
対するマサラちゃんは軽く足を開き自然体としていた。
「───いいわ。来なさい。ブチのめしてあげる」
その言葉を引き金に戦いの火蓋が切って落とされた。