1
彼は何時も通り、彼女と会い、ホットコーヒーを啜りながら、勉強に没頭するのでした。
何時だって、この調子です。
彼女は、今日は、落ち込んでいる気分のようでした。
というのも、今日彼が勉強している間の所謂「暇潰し」として持ち歩いている文庫本の全てが、芥川龍之介の作品で、彼女は気分のいい日に、「落ち込んでいる時は芥川龍之介の本を読むのが、わたしのお決まりなの」と、得意げに話しているのを、彼は覚えていたのです。
「なにか、嫌なことでもあったの」
彼がそう言っても、彼女はへらへらと、よく訳がわかっていないような顔で、え、なんで、と笑います。
おかしいな、と、彼は考えました。
芥川龍之介は、文中に、女は嫌なことがあるとみんな話してしまって、甘いものを食べて機嫌を治すとか、そんなことを言っていたような気がしたから。
でも、彼女の目の前のパンケーキは、一向に減る様子がなく、さっきなんて、一枚あげるとか言って、彼に食べさせようとしていたくらいだし。
「落ち込んでる時に、芥川の本を読むんでしょ」
「落ち込む時が全て、嫌なことがあった時とは、限らないと思うけど」
こう言ってまた、ヘラヘラと笑うのでした。
彼は、彼女を好きだと言いますが、きっと全てわかってはいないのだと思います。
また、全てを彼女がさらけ出すことなく、限りなくいい加減に、いい所と悪いところを彼に見せているのでしょう。
そのバランスで、彼は彼女が「僕に全てをみせてくれている」と、そう考えるのでしょう。
女性とは、そんなふうに、いつでも自分を飾りたいのです。
少しいつもより濃いめの化粧も、とっておきのタイトスカートも、そんな本能の序章に過ぎないのだと思います。