一生涯の友を作る方法!
私には友達がいない。
学校に行っても、ほとんどクラスの子と話すことがなく1日が終わってしまう。わずかに交わす会話は、登校時の挨拶と授業中に先生に問題を当てられて答える時しかない。
小学生の頃は、まだ仲間はずれされることなく男女とも仲良く遊べていたと思う。ただ、同級生と二人きりになったときには話すことがなくて沈黙が続いていたこともあったから、この頃からお友達と仲良く会話をする、ということができない兆しがあったようだ。
中学生になると、女子は休憩時間はおしゃべりに高じたりするのだが、その会話の流れに全くついていけなくなった。気の利いたことは言えないし、面白い話をすることもできない。そのうち、嫌われているわけではないが好かれてもいるわけではない、という立ち位置になり、1人ポツンと教室の片隅に座って本を読む友達のいない女の子になっていた。
でも、成績だけはよかったので、テスト期間前は教えて!とクラスメートが寄ってきてちょっと友達らしい関係をその時限りで築けていた。それに給食のムースやジュースを欲しがる男の子がいて、嫌われたくないので言われるがままに渡していたら、その時にはほんの少し会話らしいものをしたので、誰とも話さないなんてことはなかった!……要するに、テスト期間前と給食時間以外は誰とも話すことなく一人だったってことだけど。
しかし、高校に進学するとそんなわずかな会話すらなくなってしまった。私の入学した高校は進学校で、平均的な成績しかとれなくなった私は、誰からも勉強について頼られることがなく、中学校の頃以上に話しかけてもらえなくなってしまった。私の弁当を欲しがる男の子もいなかったし。自分から話しかけても、途中で会話が途切れ、相手もつまらなさそうに立ち去ろうとする。グループに混じってみても私が発言するとどうやら空気の読めない発言をしているらしく、ぴたっと会話が途切れる。
仕方がないので、休み時間は本を読んで過ごす。でも、本当は、休み時間には友達と話をして、放課後お店に寄ったり、カラオケに行ったりしたい。クラスの女の子は○○君がかっこいい、とか彼氏がほしい、とかキャピキャピ話しているが、私は彼氏より、あなたたちみたいにキャピキャピし合うお友達が心底欲しいのです。
そんな寂しい高校生活が始まって4ヶ月が経過し、夏休みに突入した。私の高校は進学校なので、夏休み中も補講と称して授業が毎日ある。唯一お盆前後の2週間が休みとなるが、1年生だけは2泊3日の合宿が強制される。夏に耐えうる体力をつけるとの名目で大暑行軍という名の山登りが行われるのだ。暑い最中にまったくもって迷惑な行事であるが、学級が一致団結する素敵な機会でもあるらしい。そのため、相も変わらず友達のいない私は、もしかして、これを機に軽い会話ができる女友達ができるのではないかと密かに期待していた。
「桜さん、暑いよね!」
私は勇気をもって(でもさりげなく)、隣で歩く桜由希子に話しかけた。大暑行軍は、二列ずつ出席番号順に並んで、学校裏の山を登り、降りてくることになっている。真夏の真っ昼間に行うので、日差しは強くものすごく暑い。一応、各所に教師が立ち、生徒の健康をチェックするが、熱中症の問題がニュースでも取り上げられる昨今、前時代的な行事である。
だが、この行軍は二人並んで歩くことになっているので、必然的に隣に並ぶ子と話さざるを得ない状況をつくりやすい。ここで、お友達になるきっかけをつくるのだ!
「うん、暑いね。もう汗だくだくだよ」
よかった、彼女は無視せず私に返事を返してくれた。
「……私も汗びっしょりだよ」
………あ、話が終わってしまった。とりあえず桜さんの答えに同意をしてみたものの、そこから話が膨らまない。この後どう話を続ければいいのか。
イギリス人は会話のきっかけには天気の話をすればいいと言っていたが、今日は晴れているね、なんて今話しかけるのはおかしい気がする。私は園田花梨15歳です、趣味は読書です、夢はお友達をつくることです、と自己紹介をするのは絶対おかしいだろう。昨日の数学の問題について質問したら、変な子だって思われてしまいそうだ。私が悩んでいる間に後ろから浪川さんが桜さんに話しかける。
「今夜の肝試しってさ、先輩の話によるとめちゃくちゃ怖いらしいよ」
「え?そうなの? 私怪談系苦手なんだけどなー」
「私は、肝試しでカップルが何組もできるって聞いたな」
立川さんも加わり、3人は今日夕食後に実施される夏合宿恒例の肝試しについて盛り上がり始めた。肝試しはこれっぽっちも興味がないし、先輩の知り合いなんて一人もいないので今夜の肝試しに関する情報も持っていない。そのため話に全く加われない。ちくしょう。
周りを見てみると、二列に整然と並んでいたのは最初のときだけで、歩き始めて30分も経過するとグループに固まって移動している状態になっていた。私はかろうじて桜さんたちのグループに入っていたが、盛り上がっている3人をよそに私は黙々と歩いている状態だ。ああ、桜さんと仲良くなろう作戦失敗。たいした作戦ではなかったが。
そういったわけで、密かに期待していた大暑行軍も、話す相手が一人もいなく私にとって苦痛の時間となってしまった。ただ、歩き続けるうちに皆和やかに喋る気力がなくなり黙々と歩いていたので、途中からは私1人が浮いている状態ではなかったのが救いといえるか。
夕食は合宿でお馴染みのカレー作りだった。必死でグループについてまわって、なんとか仲間外れを回避した。強制的にグループ分けをされた状態で共同作業をする場合は、仲間どうしで和やかにやっています、というフリをすれば友達っぽい雰囲気になるものだ。カレーを作る、と言う共同目的があるので、気の利いたことなど言わずとも「じゃあ、次はジャガイモの皮をむくね!」「小山さん米を洗うの上手!」などと言ってればそれなりに間が持つ。小山さんからは、「園田さん、それ嫌みなの?天然なの?」とこづかれてちょっと楽しかった。ただ、自分を殺してひたすら顔に笑みを貼り付けている状態なので、心底疲れるが。そのため、その後にある肝試しのイベントの頃には気力を使い果たし、もう早く寝たいなと思っていた。
肝試しは二人一組で校内を歩いて回るのかな、それだったらいやだな、と思っていたが、4~5人の男女混合グループだった。
二人一組だったら、話題が見つからず、暗い中無言で歩くことになりいたたまれなかったに違いない。幽霊やおばけなどは正直どうでもいいが、沈黙は耐えられない。
「ピアノの裏に札があったぞ!」
高階君が懐中電灯を振りながら叫んだ。
「札には何て書いてある?」
「どれどれ、人体模型の心臓部分って書いてあるな」
高階君が差し出した白いカードを夏川君が読み上げた。
この肝試しは、各グループ毎に校内の各場所にある札をとってきてゴールするというものである。札には次の札のヒントが書かれてあり、その指示通りに進むことになる。ヒントはものすごく難しいものもあったが|(数学の問題を解かないとわからないといったものもあった)、今回は札のある場所そのものをズバリ示していたようだ。
「ということは、次は生物準備室? めちゃくちゃ幽霊とか出てきそうなスポットじゃない。怖いよ!」
桜さんが私の服を握ってふるえた。桜さんが私を頼ってくれてる!!
肝試しのグループも出席番号順で振り分けられたので、今回も桜さんと一緒に行動をしている。
カレー作りで疲れきった私は、肝試しのときにはただひたすら空気になってグループについてまわるだけにしよう、とお友達作り作戦はあきらめていたのだが、思いがけず桜さんと仲良くなれているみたい!
「人体模型とかホルマリン漬けとかあるし、怖いよね」
私もさりげなく桜さんの腕をつかんで怖がって見せた。
幽霊なんてこれっぽっちも信じていないし、仮に存在したとしても、物体のないものが私にダメージを与えることなんてできないのだから、全く怖くはないし、人体模型が動いたとしてもだからなんだって感じだが、この場では彼女に同意しておく。その方がなんか仲間っぽい感じがしてよい。
「大丈夫だって、幽霊なんてでるわけないし。この音楽室だって、ベートーベンの目が動くとかピアノが勝手になるとか言われていたけど全くそんなのないしさ」
高階君が朗らかに桜さんの背中をたたく。むっ、お前も桜さんをねらっているのか、せっかく桜さんと仲良くしているんだから、勝手にひっつくな。
「そうそう、ちゃっちゃとすませてゴールしよう」
夏川君は私の手を引き歩こうとする。だから、なぜ、桜さんと離そうとする。さっさと終わってしまえば、幽霊に怖がる桜さんが離れてしまうじゃないか。
そんな私の不満をものともせず、彼らは生物準備室へと向かった。
校舎内は全く電気がついておらず、窓から漏れる月の光と各自が持つ懐中電灯の光のみで廊下を進む。時折、叫び声が聞こえたりするが、おそらくほかのグループの人たちの声だろう。今回は札をとって回るだけで、特に絶叫するような仕掛けがあるわけではないと聞いている。墓地跡に建てられたというよくある立地状況なので、怪談話は事欠かないことから、各グループは盛り上がっているのだろうか。叫び声が聞こえるたびにびくっと体をふるわせる桜さんの背中を高階君が優しくさする。そのポジションに私がなりたかった、と私は前を歩く二人を恨めしげに見る私。高階め。心の中で何回彼を罵倒したことか。
一方、夏川君は私の手をずっと握ったままである。当初は前を歩く二人に気を取られ、夏川君から話しかけられても上の空で答えていたが、もしやこれは恋愛フラグかと途中から思い当たる。
この4ヶ月間、夏川君と話す機会はなく、この肝試しで初めてまともに会話をしただけなのだが、全く興味のない女の子の手を普通握るものだろうか。上の空の私に何度も話しかけてくるのは、ちょっと期待してもいいのではないか。もしかしたら、単に高階君と桜さんをくっつけるために引き離そうとしているかもしれないが。でも、もしかしたら、私の勘違いではないかもしれない。
彼氏よりお友達が欲しいと常々思っていたが、毎日一緒にいて話をしてくれる人、と考えれば彼氏でも全く問題はない。夏川君はかっこいいという容姿ではないかもしれなが、悪くはないし、幽霊が怖いといった私を優しく導いてくれるのでいい人なんだと思う。
思わずぎゅっと握り返してみたら、夏川君と私の距離が近くなった。うわっ、ちょっと嬉しい……暗がりで全く見えないが、たぶん、私の頬は真っ赤になっているはずだ。これは勘違いじゃないかも! さっきまで桜さんラブ!と高階離れろ!と彼に嫉妬していたくせに、というのはこの際置いておく。とにかく一緒にいて話をしてくれる人に飢えていた私は、桜さんがダメなら夏川君全然OKだよ!と言いたいところである。
「生物準備室とうちゃーく」
高階君が明るくドアを開けた。懐中電灯を照らして中をのぞく。
思った以上に部屋の中は整然としている。
普段は生徒の出入りを禁止している場所だが、おそらくこの肝試しのために生徒が触れると危険な類のものはしまわれたのだろう。
ただ、窓際には骨の標本があるし、棚上には瓶詰めの何かがたくさん並んでいる。
「やっぱり、気味が悪いよ……」
桜さんが可愛らしく震え、高階君の後ろに隠れながら立つ。
「人体模型の心臓部分だったよな」
夏川君が私から手を離し、壁際にあった人体模型に近寄る。
「お、あった」
白い紙を見せてこちら側に手をふる。
「今回はめちゃくちゃ簡単だったな」
高階君と桜さんは夏川君のところに寄り、札に書かれた文字を確認しようとする。私も彼らの側に行こうとしたが、生物準備室の奥のドアの方から声がしたような気がしたのでそちらを振り向いた。なんとなく気になって奥に向かう。奥のドアの下の床が黒ずんでいるように見えたので懐中電灯を向けて確認した。
「……赤い?」
まさか、血というわけではないよね、といぶかしんでいたら、背後から叫び声が聞こえた。
「園田さん、ま、まえ!」
思わず桜さんの声がする方を向くと驚愕した表情の彼女の姿があった。夏川君は目を見開き1、2歩と後ずさっている。高階君は私に向かって指をさしていた。その指先はかすかに震えている。
「こ、こっちにくんな!」
夏川君が震えながら叫んだ。こっちにくるなとは酷い、私は彼の心ない台詞に心底傷ついた。君は私に恋心を抱いていたのではなかったのか。さっき、キュンキュンした私の純情を返せ。
後ずさった夏川君は、腰を抜かしたように床に尻餅をついた。
「いやーっ」
桜さんが甲高い悲鳴を上げそのままドアから出て走り去る。
「さ、桜さんっ」
「お、俺も無理! やべぇっ」
高階君は桜さんを追いかけた。這いずりながら立ち上がった夏川君もそのまま走り去ってしまった。
みんな私を置いていった。酷い。やばいと逃げ出すほど、私に問題があったのか。
確かに今までひとりぼっちで教室の片隅に座って日々を過ごしていたが、悲鳴を上げながら逃げ去られるほど嫌悪の対象となった覚えはない。なんという嫌がらせ。お前には友達をつくる資格などないというのか。
私は落ちていた札を拾う。この肝試しはグループで行動をするのが原則なので、私を置いていった時点で失格になる。仕方がないので、次の札の場所には行かず、ゴールの体育館前に行くか。彼らの行動に深く傷つくも、このような暗がりに人体模型や骨の標本と共にいたいとも思えなかったので、私は生物準備室から出ることにする。そういえばさっき見た赤いのは何だったんだろうと思い出し、振り返った。
目の前には制服を着た少女がいた。
先程までは誰もいなかったことを考えるとそれだけでも驚くべきことだが、彼女は頭から大量の血を流していた。制服は昔のうちの学校で指定されていたものだった。顔色は青ざめており、どう見ても生きた人間には見えない。
「あー、ナルホド。これを見て逃げたのか」
つまり彼女のせいで、私はひとりぼっちにさせられたのだ。
「怨めしい……」
私の方があんたのせいで置き去りにされて怨めしいと言いたいところだ。
「好きだったのに……」
これは、あれか、生物の教師が女生徒と不倫した挙げ句女生徒を殺し死体は未だ発見されていない、という眉唾物の怪談話を昼の大暑行軍中に聞いたが、あれは本当だったのか。死体が発見されていないのになぜ殺したと断言できるのかとか、そんな物騒な事件があったのならニュースになっていたんじゃないのかなどと聞き流していたのだが。
「私は関係がないから、帰るね」
彼女に伝わるかどうかはわからないが、そう言って準備室から出た。幽霊なんて初めて見たが、特に感慨もないし、心底どうでもいいので放置する。
しかし、血まみれの彼女は放置してくれなかった。
「ねぇ、何でついてくるの」
「……だって、一人は寂しい……」
「私もひとりぼっちだから気持ちはわかるけど、血だらけのあなたが後ろについて回ってくると迷惑なんだよね」
右手で振り払ってみたが、彼女の身体を通り抜けて手応えが全くない。やはり物理的に対処するのは無理か。
「好きな人に殺されて……ずっと、冷たいところに入れられて……誰も気づいてくれない……」
悲しげにつぶやく彼女に心打たれた。
ことさら好かれず、かといって嫌われてもいない。いじめられるよりはましなのかも知れないが、果たしてクラスメートの一人として認識して貰えているのか、今いなくなっても、誰も悲しんでくれないのではないか、そんな自虐的なことを考えてしまう私にとって、彼女の悲痛な気持ちはもの凄く共感できた。しかし、である。寂しいからと私の側に来られたって、こっちも困る。
「あなたの気持ちもすごーくよくわかるけど、今でも友達がいないのに、背後に血だらけの女の子がいるなんて、どう考えたってお友達つくれないじゃない! 一緒に休み時間におしゃべりしたり、放課後マックに行ったり、休みにはショッピングに行ったりする友達が欲しいのに!」
「……お友達……、わたしがなってあげるわ……」
「!」
ぴたっと私は足を止めて考えた。
「……おしゃべり大好きだし……買物も好きよ……今はもう買えないけど……。マックに行っても食べられないけど一緒について行ってあげるわ……」
友達!なんと、彼女は私の友達になってくれるらしい。友達を申し出てくれるほど、一体私の何を気に入ったのかわからないが、幽霊が女子高生らしいお友達のつきあいをしてくれるらしい。驚きである。
「……高校を卒業しても、就職しても、結婚しても、友達でいてあげるわ……」
高校卒業後も!!
「……死ぬまで……一生憑いてあげる……」
しかも、一生側についてきてくれるとか!
会話を交わすことなく黙々と一日を過ごす寂しさ。それを考えると幽霊だろうとお友達になってくれるのは嬉しい。いつも一緒にいてくれるなら、休み時間におしゃべりすることだって放課後デートもウィンドーショッピングも何だってできる。卒業してもずっとお友達でいてくれるなんて魅力的すぎる。
私はすかさず彼女に手を差し出した。
「じゃあ、今からお友達ね!」
彼女も血だらけの手で握ろうとしたが、やはり、すかっと通り過ぎてしまった。しかし、そんなことは気にならない。初めてお友達ができるのだから。
こうして私には「なつみちゃん」という一生離れることはない親友を手に入れることができた。
やったね!
◇ ◇ ◇
肝試しのあった夜。
生徒・教師らが集まっていた体育館前に、花梨が新しい友達を連れて戻ってくると、その場は阿鼻叫喚をきわめた。それ以来、彼女の側には、常に、頭部から血を流し青ざめた顔色をした制服姿の少女が立つようになる。
級友らはこの存在におびえ極力近寄らないようにしたため、彼女には「なつみちゃん」以外の友達はできなかったが、彼女は充実した高校生活を過ごすことができたようだ。
終