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 昼食もほどなくして食べ終わった銀夜と竜也の二人。

 一時に向かうにしてもまだ時間があったため、銀夜が淹れたコーヒーを竜也は飲んでいた。

 

「うん、やっぱり銀夜が入れたコーヒーはうまいな」


 竜也の褒め言葉を受けた銀夜は、嬉しそうに照れた笑みを浮かべ、自分用に淹れた紅茶を口に運ぶ。

 二人の間には特に会話は生まれない。というよりも必要がない。ただ、二人がいるという時間が大切なのだ。

 平和で普通の生活を送れているという実感をできる時間が。

 そんな風に和やかな空気が広がる中で、二人それぞれがお茶を嗜んでいると、インターフォンが部屋に鳴り響いた。

 どうやらこの家に誰かが訪ねに来たようだ。


「俺が出るから、銀夜は待っててくれ」


 立ち上がろうとしていた銀夜に一声かけて、竜也は立ち上がり玄関へと向かう

 一体誰だろうか? そんなことを考えながら竜也は玄関の扉の奥にいる人物に声をかける。


「どちらさまでしょうか?」

「あー俺だよ、俺。わかる? 俺ったら俺だ」


 昔よくいた、どこかの詐欺者のように自己を表現する男。その人物が誰だかわかった竜也は何を答えるでもなく、疲れたようにため息を吐き、踵を返してリビングに向かおうとする。

 遠ざかる足音が聞こえたのか、玄関にいる男は声をあげる。


「ちょっと待てぃ!」

「何でしょうか? 詐欺師にお金はあげませんよ」

「ちょっとした冗談だろうが。人を勝手に詐欺師にするな」

「あはは、すいません」


 面白おかしい? 会話を交わして、竜也は玄関の鍵を開ける。するとすぐにガチャリと扉が開けられる。

 そこには着ているスーツを着崩して、頭はワックスをつけて立たせ、仕事人という感じには程遠い、飄々とした男が立っていた。

 彼の名は橘慎一郎。竜也のやっている仕事の上司である。


「どうしたんですか? 一時にこちらから伺うと言ったはずでしたが……」

「いや、なんかお前のことだから、適当にあしらうために言った言葉だと思ったんだよ」

「本音は?」

「一時まで待ち切れなかっただけだ」


 堂々と言い切る慎一郎に、呆れた顔を隠しもしない竜也。


「相変わらずですね……ま、あなたらしいですけど」

「というわけだ。早く呼んでくれ!」

「分かりましたよ……銀夜」


 慎一郎の言葉に呆れながら、竜也は銀夜を玄関に呼び込む。兄からの言葉に、はいと返事をして玄関にやってくる。


「うおおおお!」


 銀夜のその姿を見た瞬間、慎一郎は突然叫び出した。

 変人というにふさわしいその姿に、銀夜は一歩身を引く。


「めっちゃ可愛い! 制服の破壊力やばすぎ! どうしよう、だきつきてぇ!」


 そう言うが早いか、慎一郎は銀夜に飛びつこうとするが、それを許す竜也ではなく、慎一郎が飛び付く一歩手前で、慎一郎の靴のかかとを踏んでいた。


「ぎゃっす!」


 ものの見事に飛ぶことに失敗し、顔面から倒れる慎一郎。銀夜と昼食で交わした約束通り、竜也は彼女を守った。


「とりあえず落ち着いたら、リビングに来てください。銀夜、彼にお茶の用意をしてあげてくれ」


 ピクピク痙攣をおこし始めている慎一郎に向かって、竜也は至って冷静な様子で語りかけ、銀夜と共にリビングに足を向けた。

 


☆ ☆ ☆



「それでどうしたんですか? 銀夜に早く会いたいという理由だけで、わざわざこちらに足を向けるあなたではないはずです」


 さっきのコミカルな雰囲気から一転して、竜也は真面目な様子で尋ねる。

 慎一郎はそんな声を聞き、目の前の竜也の隣にいる銀夜に固定していた視線を外し、それを竜也の方に向けた。

 その視線は銀夜を見詰めていた視線とは打って変わって、社会で組織を束ねるリーダーのそれに変わっていた。

 それなりの経験がなかったら、それだけで冷や汗をかいてしまいそうな視線だ。

 慎一郎はゆっくりと口を開き始めた。


「まだ細かい情報は得ていないんだが、学生もしくは教師になりすましているスパイがお前の学校に入ったらしい」

「スパイですか……」


 これまた大胆な組織があるものだと竜也は思った。


「ああ。どうやら学校にある情報を仕入れようとしているらしい」

「俺にそいつを捕らえろということですか?」

「それが一番いいが、無理しなくてもいい。それが誰かを探るだけでも大変だろうからな。それに表沙汰でお前の枷を外すわけにはいかないからな」

「それでは、スパイの情報の随時提供、もしくは本人の捕獲といったところですか?」

「そういうことだ。当然報酬はそれなりに出す。もちろん受けてくれるんだろ?」

「ま、仕事ですからね」


 承諾したことを確認した慎一郎は、少しホッとしたような表情をみせた。が、すぐに申し訳なさそうなものに変わる。その表情の変化を読み取った竜也は尋ねた。


「どうしたんですか?」

「いや、せっかくの学校生活を崩すような真似して、わりぃなと思ってよ」

「自分でこちらに仕事を持ってきておいてよく言いますね」

「ほんとだよな……でも俺がお前を指名した訳じゃないぞ?」

「上からの指示は絶対。それくらいはわかっていますよ。それにしても、そんなことを気にするなんて意外でした」

「そんなことって、お前な……」


 今度は慎一郎があきれる番だった。そんな慎一郎に対して、竜也は冷静に述べてみせる。


「俺たちがこういう風にできるのは、あなたのお陰でもあるんですよ? これくらいは、なんともありませんよ。逆に協力できて嬉しいくらいです」


 慎一郎はなにか言う素振りをみせたが、結局その言葉が口から発することはなかった。


「そう言ってもらえて、俺は嬉しいぜ。ありがとな、竜也」


 その代わりに、照れ臭そうに感謝の言葉を竜也に述べた。

 

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