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志津留と別れて教室を出た竜也は、ちょっとした時間ロスを取り戻すために、駆け足で学校の校門へと向かう。
教室から出ていくのは、竜也の他にもたくさんいるため、廊下は混雑していたが、持ち前の身のこなしで竜也は人混みをすり抜けていく。
程なくして校門についたが、まだそこには銀夜の姿はない。どうやら竜也の方が先に着いたようだ。
てっきりいると思って、言い訳の言葉を考えていた身としては、思わずホッとしてしまうが、兄としては何があったのか心配になってくる。
探しにいきたいが、入れ違いになる可能性も十分にあり得るため、安易に動くわけにもいかない。
「兄様!」
行くか行くまいか、葛藤をしていると、玄関方向から声がかかってきた。
長い銀色の髪をなびかせながら、駆け足でやって来る。
だが、その姿はこちらにくるというニュアンスもあるが、何かから逃げているようにも感じた。
「行きましょう!」
銀夜にしては珍しく、強引に竜也の手を引っ張り、向かってきた勢いをそのままに校門の外に出る。銀夜に引っ張られながらも、竜也の目には校門から大勢の男子がこちらを見ている(嫉妬の視線)姿が映った。そのお陰で銀夜がどういう状況にあるかを何となく理解した。
整った顔。綺麗な体つき。何より日本人離れした、腰まで届くというのに一切の乱れがない美しい銀色の髪。欲のある男子ならば。いや、欲がない男子であろうと、一度は近づいてみたいと思うことだろう。
気持ちはよくわかるが、世間一般で人見知りと言われる銀夜にとって、そんな風に寄ってきた男子たちは、恐怖の対象にしかならなかった。
「もう大丈夫だと思うよ」
走り出して数十秒。特に追いかけてくる輩はいなかったので、竜也は銀夜に声を掛ける。
その言葉に銀夜は走りながら後ろを振り向き、その言葉の真偽を目で確認した後、ようやく足を止める。
「すいません、兄様……」
「気にしなくていいさ」
申し訳なさそうに頭を下げた彼女に、竜也は優しく宥める。
「それで一体どうしたんだ?」
「えっとですね……何故かは分かりませんが、いきなり男の人たちが寄って集ってきたので、逃げてきました」
「そうか……」
予想通りの返答を困ったように言う銀夜に苦笑を覚えながら、竜也は悩ましげに頷いて見せる。彼女は自分の魅力がどれ程なのか全くわかっていないようだった。
だが、竜也が悩ましげに思う姿を、銀夜なにか勘違いをしたようで、慌てたように携帯を取り出す。
「で、でもですね、友達もちゃんとできましたよ……ほらっ」
携帯のアドレス帳の画面を竜也に見せてきた。その中には、竜也には見覚えのない名前が二つ乗っていた。
「木下美織に渡辺アリサか」
「どちらもいい人なんですよ? 明日からの学校が楽しみです!」
気勢を張っているようにも、見えないわけではなかったが、彼女が学校という場所を楽しみといってくれて、彼的には安心することができた。
もし学校で銀夜と一緒に行動しているところを見かけたら、少し声をかけようかなと思う竜也だった。
☆ ☆ ☆
学校から帰宅すると、家には誰もいなかった。
彼らに親がいないと言う訳じゃない。ただ単に仕事で出掛けているためだ。
忙しい身の上である親は、結構家を空けていることが多い。
実質、竜也と銀夜の二人暮しに近かった。
竜也は玄関で靴を脱ぎ、自分の部屋に向かう。銀夜はリビングに向かっていった。
自分の部屋のドアを開けて、制服を脱ごうとしたが、やめた。
お世話になっているあの人に、自分たちの晴れ姿を見てもらおうと思ったからだ。
竜也は携帯を取りだし、彼の電話番号をダイヤルした。
三回目のコールで、彼は出た。
『よぉ。お前の妹ならいつでももらってや――』
ピッ。
竜也は一切の迷いもなく、電話を切り、どこかに投げようとするが、すぐに電話にコールがかかる。
はぁ、とひとつため息をついた後、竜也は応答ボタンを押した。
『……いきなり切るなんてひどいんじゃねえの?』
「いえいえ。妹誘拐を企てる輩に対してなら、それ相応の対応ですよ」
相手からの文句を、至極同然のように受け流す。
『誘拐なんてしねえよ。ま、自分のものにはしたいと思うがな』
「胸張って言うことじゃないですよ……」
『それだけ、お前の妹が恋しいと言うことだ」
アホなことを言う電話の相手に、呆れた様子の竜也。
「ですが残念でしたね」
『どう言うことだ?』
ただ次の瞬間、竜也は人の悪い笑みを浮かべていた。
「せっかく制服姿の妹をつれて貴方のところに行こうと思っていたのですが……」
『えっ、マジ?」
「貴方のところに連れていくのは危ない気がしてきたので」
『ちょっ、えっ、は?』
「今日のところはやめておきます」
『おーーーーい!』
電話越しなのにも関わらず、ずっこけている様子が安易に予想できた。その様子を想像して、思わず笑ってしまう竜也。
『冗談だよな? 来てくれるんだよな?』
笑っている竜也とは対照的に、電話の相手は切羽詰まっていた。
「じゃ、一時過ぎに行くと思うので、準備して待っててください」
それだけ言って電話を切った。電話の向こう側では、きっと顔をへの字にしていることだろう。
竜也は電話を切った後、そこにいく用意を済まして部屋を出た。
「あ、もう少しで出来ますので、テーブルで待っていてください」
リビングにつくと、制服の上にエプロンを身に付けて料理を作っている銀夜の姿があった。
銀夜は竜也が入ってきたことに気づくと、顔だけ彼の方を向いて、そう言ったが、彼が彼女に任せっきりにするわけもなく、皿を出したり手伝えることは手伝った。そんな彼の姿を見て、銀夜は嬉しそうに笑みを浮かべていた。
程なくして準備が終わり、お互いに合掌して、昼食を食べ始める。
「どうでしょうか?」
銀夜はすぐにはテーブルにある料理に手をつけず、竜也の感想を待つ。
「おいしいよ」
竜也のその一言を聞いて満面の笑みを浮かべ、銀夜はようやく自分の料理に手をつける。
これは竜也と料理を食べるときにいつも行うことだ。
もし、竜也がおいしくないと口にすれば、銀夜は新しく料理を作りなおすことだろう。
今までそんなことにはなったことはないが。
「今日はどうする予定ですか?」
そんないつもの流れを経て、銀夜は竜也に今日の予定を尋ねる。
「いつも通りあそこに向かおうと思ってる。一時くらいにあっちに着くようにするから、十二時半くらいにここを出る予定。銀夜にも来てもらうけど、構わないね?」
「ええ、もちろんです」
特に用事をいれているわけではない銀夜は、竜也の誘いを然りと受ける。用事があったとしても、銀夜の場合はこちらを優先していたかもしれないが。
ともあれ、着いていくことを承諾してくれた銀夜に、竜也は詳細を話す。
「格好は制服のままでいいから。必要な道具だけ用意してくれ」
「制服のまま、ですか?」
「ああ。せっかくの晴れ姿を拝みたい人がいるからね」
「そういうことですか」
首を傾げている彼女は、その言葉を聞いて、納得したように頷く。
「あの人はお前を目の前にすると何をしでかすか分からないからな……危なくなったら逃げてくれ」
「逃げたりなんてしませんよ。もしもの時は兄様が守ってくれるって信じていますから」
一部の疑いもない視線に、その信頼を嬉しく感じながらも、思わず苦笑を浮かべてしまう竜也だった。