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「風紀委員に入らないか?」
目の前にいる風紀委員長の七海から問われた竜也は、自分の予感が当たってしまったことに、内心でため息をはく。
すぐに断ろうかと考える一方で、あの一瞬だけを見てなぜ自分を誘おうと思ったのだろうかと疑問も残る。
ここで下手に応答すれば、恐らくだが強制的に入れさせられる気がしていた。
「どうしてって思ってるみたいだよ」
そんな風にあれこれと考えを巡らしているといると、七海の横に腰を下ろし、いつの間にか用意したお茶をチビチビと飲んでいた真美は、竜也の図星をついてきた。
「あれ? もしかして違った?」
「……いえ。確かにFクラスの自分がなぜ、とは思っています」
「よかったー。もう少しですべっちゃうところだったよ。ということらしいから、どうして勧誘したのか教えてあげたら、七海。私も何でか知りたいし」
なんだかんだで自分のペースで進めていく真美に、竜也はやりずらいと感じた。マイペースが故の独特の雰囲気のせいだろう。それ以外にも彼女には何かがあるのかもしれないが。
真美から告げられた言葉に反応し、七海は一度コホンと咳払いをしてから話し始める。
「一番の大きな理由は不気味だったから、かな。もしくは怖いと言っていいかもしれない。あの状況で何も抵抗するでもなく慌てふためくでもなく、相手を観察している君にね。しかもそれがFクラスというんだからなおさらね。理由は他にも少しあるけど、一番は君という存在が気になったからだな」
自分自身を納得させるように、うんと満足気に頷く七海とは対照的に、竜也は顔には出さないが内心で少々を焦りを感じていた。
この学校では出来るだけ安全に『学校』としての生活を送るつもりだった。仕事の件もあるので慎重に調査をするうえでは注目を浴び過ぎるのも良くないとも思っていた。のにもかかわらず、こんなにも早く、さらには一番目をつけられたくない受けたくない人物からそれを受けてしまったからだ。
「それで、どうなんだい?」
「……何がですか?」
「何って、風紀委員には入るかどうか」
自然と警戒心を帯びている声音になってしまっていたが、七海はそれには気付かなかったようだ。竜也に対して呆れたような口調で言葉を返す。
それを聞いた竜也は、はっとして安直に断る方向で答えを返そうとしたが、少し考えてみることにした。
注目を浴びるというデメリットがあるが、メリットが何もないというとそうではない。メリットもしっかりと存在している。
今回の一番大きなメリットとしては、仕事であるスパイの調査が合理的に行える点だ。
多少ばかり不審な行動になったとしても『風紀委員』という名を使えば、全くというわけではないが怪しまれずに動ける範囲が増える。
さらには怪しい動きに関しては風紀委員が目をつける。そこで行われる調査、その結果を知れるだけでもかなりの情報となる。自分一人では見逃すようなことをきっと発見できるだろう。
「すいませんが、お断りします」
そんな風に考えを巡らしていたが、結局、竜也は断ることにした。
「一応理由を聞いても良いかな?」
神妙な顔つきで七海は竜也に尋ねたが、その顔はすぐに複雑なものに変わることになる。
「妹と過ごす時間が減りますから」
真顔でそれだけを告げると、竜也はこれで終わりかどうかだけ確認してすぐに席を立ち、部屋を出ていった。七海と真美からしてみれば、呆気にとられてしまい、何を言ったのか分からないまま曖昧に頷いてしまっただけである。
心の中に残っているわだかまりを取り除くことが出来ない二人はふうと息を深く吐くことで外に追いやった。
「適当にあしらったって可能性は?」
「そんな感じは全くなかったよ。本音みたい」
真美の言葉を聞いて本当になんとも言えないような表情を浮かべる七海。
ちなみに真美は自身の能力の副産物として相手の心理状況を完璧にではないが知ることが出来る。その真美が本音と言っているのだ。つまりは本音を告げたということは間違いない。
「あいつ、シスコンだったのか……」
呆然とつぶやく言葉だけが静かで狭い部屋に響いた。
☆ ☆ ☆
「お前も面倒なのに巻き込まれたもんだな。俺だったら絶対嫌だね」
「ていうか誰だって嫌でしょ。風紀委員のそれも委員長に早速目をつけられるなんて」
昼休みも終わり、午後からは新入生歓迎会、兼各種委員会やクラブ活動の紹介の時間。
式の開会として校長の長ったらしい話が始まるとともに、それに特に耳を傾けるでもなく、竜也、志津留、圭介の三人は昼休みに起こった出来事について話していた。銀夜から大体のことは聞いていたようだが、詳しく聞きたいという好奇心のもといろいろと竜也が尋ねられるという形式になっている。
「それでその後はどんなことがあったんだ?」
「簡単な聞き取り調査をした後、それを受けて今回の罰の決定」
「どんな罰だったの?」
「トイレ掃除一週間らしい」
「いくらなんでも軽くないか? 何か異常事態があるわけでもなく能力を使うのは、法律でも厳しく罰せられるはずだぜ」
「俺もそう思うんだがな……新入生なんだからという補正が聞いたらしい。それ以外にもあっち側には何かあるのかもしれないけどな」
「そうじゃなきゃおかしいと思うけどね。他にはなにかあったの?」
「ああ、そういえば風紀委員にならないかって勧誘されたな」
「え!?」「マジか?」
場が場だけに大きな声を上げるのは自制したようだが、かなりの驚愕を二人は受けているのは見て取れた。
その反応を見て、竜也は大袈裟だなと思っていた。
「いや、別に大したことじゃないだろ」
「いやいやいや、結構大したことだと思うぞ」
「そうだよ。風紀委員って生徒会と同様に推薦形式でしか入れない特別な委員会なんだよ」
この学校は他の普通の学校と同じように委員会が設けられている。例を上げれば、自分の学級をまとめる学級委員会やボランティア活動を目的とした環境委員会などがある。それと同様に生徒を取り締まるための風紀委員会があるのだが、この学校の風紀委員会は、リミットを解除した能力者を止めれることが第一の条件となるため、実力が兼ね備えられていなければならない。そういうわけもあって、自分が入りたいからといって入れるわけではないのだ。
「特別だからと言っても、それが面倒ということには変わりはないからな」
竜也のこの言葉には、二人とも違いないとばかりに頷いていた。