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「別に問題ないってさ」
「本当か!? よっし」
竜也が一緒に行動することを約束したことを圭介に伝えると、少々大げさとも思えるような反応で嬉しさを表現していた。一人の男としては、銀夜のような美少女と行動できることは願ってもないことなのかもしれない。
「ただ、銀夜のクラスの友達も一緒だけど、別に構わないよな? 銀夜を合わせて三人ほどなんだけど」
「もっちろん。ていうか私的には大歓迎かな」
「他の二人は女子なのか?」
「ああ。あっちは三人とも女子だ」
「……かわいいのか?」
竜也は何やら妙に真剣なまなざしで聞いてくる圭介に、二人の容姿を思い返しながら、頷いて肯定を示してみせた。
その答えに、圭介は再び大げさに嬉しさを表現する。
「おお! 竜也が美少女と言うか。なんかあっちの人たちと会うのが俄然楽しみになってきたぜ」
「迫りすぎて嫌われないようにしなよ……」
その様子を見た志津留は少し辟易したような声音で、呆れを表現してみせると、分かってるよと答えた圭介。だが、そう言うわりには心配したくなってくるテンションの高さだった。
チャイムの合図と共に休憩時間が終わり、全員が席に着いたころ、この教室の担任である浩二が教室には入り教壇に立った。
全員が座席に座っていることを確認し――今は教壇のパソコンを見るだけでも生徒がいるかどうかが確認できるため、顔を上げることはない――教壇のパソコンを操作していく。
彼が各生徒のパソコンに提供したスケジュールに、生徒は目を通していく。
「何か質問がある奴は言ってくれ」
そろそろ内容全部に目を通したかと思われる頃、浩二は生徒に全員に尋ねる。誰もそれに応えるものがいないところを見ると、質問をしたい者はいないようだ。そう判断した浩二は、パソコンに表示されているはずのディジタル時計に目を向けないで、自分の腕に巻いてあるアナログ時計に目を向けて、よしっと一人頷く。
「ちょっと早いが良いだろう。各自行動を始めていいぞ」
その指示を待っていましたとばかりに、教室から床と椅子のこすれる音が響き渡る。
竜也たち三人も同じようにして教室を出て行って、銀夜たちのいるAクラスの教室に向かうと、銀夜たちがちょうど教室から出てくるところだった。
「銀夜」
「あ、兄様」
彼女の名前を呼ぶと、うれしそうな顔をこちらに向けて駆け寄ってきた。美織とアリサも歩いて彼女の後をついてきていた。
「メンバーも揃ったし、行こうか」
「ちょっと待て!」
竜也たちが行動を始めようと歩き出した背中に、そんな言葉がかけられた。
竜也が振り返ろうとすると、銀夜が彼に行きましょうと声をかけ、それを遮る。
その声音にはなにやら訴えかけるような感じがあった。理由は後で聞くことにして、いいのかと確認をとった後、そのまま歩き出した。
後ろから、再び呼びかける声が聞こえてきたが、それも無視すると、それ以上は何もなかった。
「よかったのか?」
その場を後にして、竜也は尋ねると、答えを返したのは、銀夜ではなく美織だった。
「さっき声をかけてきたのは、しつこく私たちに声をかけてきた連中の一人ですから。下心が見え見えだったので断ってたから問題はないですけど……」
「たぶん、目をつけられた。迷惑かけちゃう」
「すいません、兄様」
「いや、君らが良いって言うなら別にいいんだ」
美織が言い辛そうにしていたところに、アリサが繋げるようにして言葉を付け加える。
竜也としては、背後からの視線でなんとなく分かっていたので、言われるまでもないことだった。どちらかというと、彼が言いたかったのは、彼女らが無視をしてもよかったのかということだったのだか、逆にこっちの心配をされてしまったあげく、謝罪まで入れられてしまうという予想外のことに、返答に困ったようだった。
「みなさん、ごめんなさい……迷惑をかける形になってしまって……」
「俺は別に気にしてないぜ」
「もうまんたいだよ。そんなことよりもお互いに自己紹介でもしようよ。あなたとか君とか言われるよりも名前で呼ばれた方が気分がいいし」
謝罪の連続で気まずくなりかけていた空気を払拭するように、志津留は新たな話題を展開する。こういう時には彼女の陽気な性格が頼りになるなと竜也はしみじみ思った。
☆ ☆ ☆
それぞれ自己紹介が済んだ後、どうするかを話し合った結果、全員が特に行きたい場所の希望を出さなかったので、教室で先生から送られてある情報を自分の端末に記録した資料を元に、上から順に見て回ることになった。
最初はこの学校の生徒会長が所属している3年のAクラスの能力学、戦闘系の授業の観覧だった。どうやらかなりの人気スポットのようで、人の混雑具合はすごいものがあった。そんな多数の視線にさらされながらの模擬戦闘はどこか格式ばったように竜也は見ていた。
次に行くことになったのは能力学、制御系の授業。これは先生の教えが少しはあるものの、ほとんどは自分の感覚に頼る部分が大きいため、自習学習的な雰囲気だった。一人一人が神経を研ぎ澄まして自分の能力に意識を向けていく姿は、張り詰めるものがあった。
この二つの授業を見ただけでも時間はあっという間に過ぎていき、昼食の時間を迎えることになった。
竜也と銀夜の二人は弁当を用意してあるので、席はとってもらうことにして一旦教室に戻る。
教室まであと少しと言うところで、竜也は足を止めて一度息を吐いた後、くるりと振り向き銀夜を自分の背中に隠すような形を取って、普段の彼よりも一段低い声で、先ほどから気配を感じていたところに向かってに言葉を投げかける。
「上手く隠れているつもりだろうが、気配が漏れすぎだぞ」
「……あれ、ばれてたか」
竜也のその言葉に反応して、物陰に隠れていた二人が姿を現す。その姿を見て銀夜は身を縮こまらせて、竜也の背中にしがみつくように隠れる。
その二人やはりというか、最初に竜也たちにからもうとした男たちだった。
「本当は隙をついて思いっきり一発入れ込むつもりだったんだけどねー」
「隙をつこうとするならもう少し気配を隠す努力をした方がいいぞ。小学生の方がまだうまく隠れる」
悪びれる様子も見せずに竜也に向かって言い放つ男に、竜也はズバリと言って切り捨てる。言われた本人は平静を保とうとしているがピクリと頬が引きつったように動く。
「お前、あまり調子くれない方がいいぞ?」
「調子くれるも何も、俺は何もしてないはずだがな。勝手にあんたらが嫉妬してるだけだろ」
「俺らがAクラスだって分かってそんな口を聞いてるのか? お前、確かFクラスだっただろ?」
「例えFクラスだとしても、お前に負けることはないだろうが」
竜也の言い方が気に食わなかったのか、それともただ単に彼らの沸点が低いだけなのか、その言葉によって彼らのうちの一人は竜也に向かって殴りかかってきた。
避けることで銀夜にそのパンチが当たらないように、竜也は二、三歩ほど前に出ると、顔面に向かってきたもろばれのテレフォンパンチを受け流し、そのまま相手の腕を絡め捕り、向かってきた勢いを利用して背負い投げる。不意を突かれたように地面に叩きつけられたことで、投げられた相手は肺から空気が漏れるようにガハッと声を漏らしていた。
竜也が投げた後、その背中が隙だらけだと思ったのか、つっこんできたもう一人の男だったが、いつの間にか背後に回りこまれ、首に衝撃がはしったと分かった時には意識を手放す。竜也が首に手刀を決めたためだ。
竜也は二人に反撃をしてくる様子がないと判断し踵を返して、銀夜と共にみんなが待つ食堂に足を運ぼうとしたときだった。
「なめてんじゃ、ねー!!」
最初に竜也に投げられた男子生徒がいきなり声を上げる。
そして次の瞬間。男子生徒のリミッターが外れる。
怒り狂ったように風が吹き荒れる。
だが、さすがはAクラスと言うべきか、制御はしっかりと出来ている。その証拠に銀夜には被害がいかないように、彼のみを囲むように風が吹き荒れている。
「逃げようとして動けば、俺の風がお前を討つ。かと言ってこのまま何もしなければ、これから俺が使う風でお前はやられる。どうだ、怖いだろう? どちらにしろお前はやられるんだぞ!」
自分の力に酔狂したように男子生徒は叫び恐怖感を与えようとする。
「黙ってないで、なんか言ったらどうだ?」
達也は下手に動かずただ無表情で彼を見ていた。
その顔が気に入らなかったのか、さらに煽るように挑発し、手を前に出して構えをとる。
それでも竜也に変化はない。
そろそろ我慢の限界だったのか、男子生徒は動き出そうとした、その瞬間だった。
「うがぁッ!」
「動くな!」
どこから現れたのか、竜也が気づいたときには女子生徒が男子生徒の腕をとり、固めているところだった。
その女子生徒の腕には、黄色を基調とし、黒色で『風紀』と書かれた、彼女の委員会を示す腕輪がつけられていた。