それから―。宿に残…
それから―。宿に残してきた少女との会話が、かろうじて勇者を立ち上がらせる。
「―勇者たる貴方がいなくなれば、あの少女はどこにいくのですか」
―お前は治癒の詠唱を続けろ、ライブラリ―。勇者の傷は深い。
西の洞窟。その最下層にて。
「遠き大海の羅丘―」聞いたことがない詠唱。勇者と対峙する魔術士の老人。その老いた腕が振るう、砥がれた岩の大剣。
街の者はみな撤退させた。あってはならないことだ。勇者がただ一人の老人に敗れる。
勇者は、ストレイトスは二振りの剣を構えなおす。
目の前の老人。力求め、死霊の姿を纏う、高位魔術士―魔人。
ストレイトスは冒険の記録を検索し―今まで勇者として鍛えた2万7000のアビリティーその中の切り札、―魔族の王剣―を使う。そう決めた。それしかない。
「―八条の黒碗をなし―」老人の詠唱。その岩の大剣。大海の羅丘。八条の黒腕。
大大質量の瀑布の前に二振りの剣は砕けた。勇者は左下からの斬り上げをかわし―きれず、そばの岩塊を持って打ちすえ―勇者たるものの腕力―打ちすえ、軌道を変える追撃を、バックステップでかわした。
右腕の切り傷を気にも留めない勇者に対し、ライブラリ、勇者の記録、冒険の書は治癒の詠唱を展開し、勇者の切り札―ストレイトスが魔族の王族達にかつて受け、身を以って会得した切り札―魔族の王剣の詠唱文言を勇者の意識に送る。
目の前に対峙する、老人は―いや、唯の老人ではない。死霊化、高度なアンデッドと化した魔人は岩の大剣を振るう、関節の制約のないような腕を掲げ直し、最上段に構え―詠唱する息を継ぐ。
大海の羅丘。その八条の黒腕。
「―お前は―何を―喰らう。その腕で何をつかむ。空の新月を引き込み―」
「―真の飢えを―喰い飽きぬ虚無の質量を―喰らえ」
羅丘剣。大大質量と化した隕石並みの剣閃を、しなる腕で放つ魔人に対し―勇者は、右腕を宙に何かをつかむように挙げ、両足を開き、左手を下に垂らす。
異法の、異世界の魔術。
まみえた、魔族の―王剣。
魔人の剣と勇者の魔術。魔人には光砂、勇者には闇黒の光がその身を覆い、寸刻後、ついに―。