神官の女は麻痺と毒…
神官の女は麻痺と毒に倒れ、ロードは詠唱自体封じられた。
―沈黙。
回復の手段はなくなり、そしてロードの―この世界、風の王宮の王位継承者、ラファエルの―神剣は折れ、苦痛に激昂した魔族の王が燐光を発した時。
その異形に対峙する勇者たちは―敗北を悟った。
まだ若き魔導士の、その最期の詠唱で、少女と勇者は次元を越え、世界の境界をくぐり、転移―逃走させられた。
その瞬間。
黒の燐光を帯びた魔族の王。その切り札、魔族の王剣が異形の口腔より放たれる。倒れた神官の身体を融かし、魔導士の身体を貫く、そして―絶叫。
―――夢は覚めて―――飛び起きる。生涯何度目かの敗北。そして千と17つ目の世界。街の宿で。
ストレイトスは身を起して、汗をぬぐい、夜半、隣で眠る鳥人の少女を―風の王家の血を引く幼いイリスを、眠りから起こしてしまったようだった。
「んん、んっ、ん………………勇者様………………? また、目が覚めてしまわれたのですか、ストレイトス様? 」
勇者―。勇者。異法剣士、ストレイトス。鳴り物入りで王宮に出入りし、星雲を駆ける飛竜に乗る。数多の異世界を越え、その証左たる聖剣を携える。そして―勇者は。魔族に。
「新たな土地に来た夜は、昔の冒険を思い出してしまうのです」―敗北した。
「そうなのですか………………? 以前、お城の庭園でいろいろなお話を聞かせていただきました。私が好きだったのは、水と樹の密林の世界のこと。王宮にはなかったことでしたから―」
「密林の王国のこと。吹雪の国の氷龍狩りのこと。666番目だった地獄の話。ある大陸では、剣士ではなく、修道士だったこともあります」
「ああ、勇者様はよく、遠い国のことを語ってくださいましたわ。今までの仲間たちの話や」
「そして何度目かの―敗北」
敗北。何もかも失うこと。回復の手段はなくなり、魔族の王たるものの、激昂が―。
そう。
「ラファエル―」
仲間の死。別離。別れた仲間は七千を越える。ストレイトスは頭を振った。そして話題を変える。
「こんな夜半に申し訳ありません。起こして、その―」二の句を継ぐ。
「しばらくはこの街で路銀と装備を整えねばなりません。明日は、この街の西の洞窟とやらに剣士として街の者と出向き、旅の賃金を稼ぐ予定です。ですが、その後は、もう少し大きな都市に向かおうと思います。姫様には慣れない旅の疲れもあります。ですから、もう、お休みなさってください」
これからのことを告げる。
風の王宮の姫―イリスはそれで、また羽根をたたみ、勇者の寝巻を小さな手で握り締め、寝息をたて始めた。ストレイトスも再び床に着く。
いつか、話さなければならない。イリスの父親―ラファエルは瀕死で、あの直後、魔族の王に倒されたはずだということ。それ以前に、彼女の元の世界、彼女の過ごした風の王宮にはもう、還ることは出来ないこと。
千と16の世界を越えてきたストレイトスでさえ、同じ世界に戻ったことは一度もないということ。
戻れない世界に出たこと。それから―。それから。