崩れた都市の、死臭…
崩れた都市の、死臭と、瓦礫の中をアウリュ・サイ・ウェスタンハイドは歩き、弓を構えて―それを見つけた。
街を覆う死者を―ストレイトスを月面で襲った、正体を見れば街の死者、揺り動かされた寺院に眠っていた死者を避け―女は、その半月の弓に矢を構え―かけて、思い直し、見つけたもの―がらくたの方へ歩を進める。先ほど襲った地の揺れはまだ辺りに微細に残って―女の背後で、崩れた食堂の残さが、崩れていった。
寸刻前。
地の揺れ。同時にいくつもの雷。空気が膨張し、辺りの死者を呑み込み、肉の焦げる臭いを残して皆倒れた。
強力な世界観の投影。月の砂漠。
魔族が―ほぼ総ての魔族が推し進める世界の構築。いや、創世といった方がいいだろうか。
世界の管理を進め、やがて世界を、自分たちの世界を構築すること。どこかを支配するのではなく、新しい土地、世界観を産み出し、それを奪うこと。
空間と時間に作用できる彼らの目的だ。
そして、そんなことも思いながら、がらくたに歩を進める、その誰にも見せぬ胸の内は―アウリュ、葬送鳴弦士の―皮肉にゆがむ少女の口元は、彼女ががらくたと呼ぶものに寄り添い、声をかけた。
「とどめはいらないようだね―月の大地、がらくた、土塊―」
そのがらくたは―磨かれた岩の塊で、何やら術式が彫ってあり、それに向けて、女は憐憫をこめて、話す。
世界観の投影。
例えば勇者ストレイトスの持つ、ライブラリ、冒険の書や―それに類するものを魔族は集め、やがて世界の再現を、ある程度どこにでも構築できるようになった。目の前の黒衣が展開した月面も、ライブラリの閲覧、検索により、構築された一つの世界、世界観だ。だが、ガラハ、詩人が―いや、目の前の土塊は月面にてウドゥンの雷に倒され、術式は崩れた。
土塊―詩人の本体、精神をつなぐための依り代は、爆ぜ、崩れようとしていて―アウリュ・サイ・ウェスタンハイドは、その視線は、空中を、砂漠の雨季の曇天を眺め、その口元は―ささやく。
「ヘルクレウスの王剣―。世界の境界を、門を越え世界が、そのかけらが―未完の世界、黒き星々が迫る―。世界を一点に集め、押し潰す奴は―あの子は、歯止めが利かなくなった」
その視線は上空を眺め―都市の中心に呑まれ出した景色から、その中心へと呑みこまれる一条の光球から、背後の、アウリュと瓜二つの女、詩人の姿とるものへと移っていた。
~
「彼らは、彼は、ウドゥンは―君に別れを告げないようだね。いつも通り―いつものことだが」
アウリュが憐憫を、限りなく薄い憐憫の情を込め、ガラハに向け、焼け焦げた、その黒のローブの中へ向けて言葉をそらんじ、そして半月の弓を構え、向けた。
「あの男は私に笑いかけた。年端もいかぬ私に微笑みかけ、異世界を語り、そして彼らが―来た」
「魔族。彼らは、ヘルクレウスを、ウドゥンの書を狙う―狙った。でも、あれは完成していない。TERRAは未完のまま、まだ終わりじゃない」アウリュはガラハの言葉に合わせる。声色が同じだった。
「ヘルクレウス、一つの世界を欲し、総ての世界を奪う―だが、私は、我々は、彼の、ウドゥンの語る世界に憧れ、呼ばれた―地の世界が、己の生まれた世界が見たかった―」
「まあ、ヘルクレウスは―12騎士が一人は、ある勘違いをした。そのままだ。あれから、我々の時は止まったままだ、そうだろう、土塊、13番目」
「私の元の肉体、それに残った残りカスの思念め」
「お前は、二つに割れた私の身体と精神、そして勇者へ憧れ、やがて真実を知ったその先の心―勇者への恨みは、もういいのかい? 」
空の景色は歪んでいく。この世界の、どこからか降る雨に、アウリュの黒衣は濡れ、だが、ガラハの―その黒のローブは存在しないかのように、濡れもせず、雨滴は彼女の身を貫通していく―。
~
その毒爪を振るう手は半ば融け落ちて―一人の女を囲む死者は、やがて糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
女は安堵したのか、その身を包む重装甲を一度解き、炎の槍斧を地につき、息を整えた。
風の絶え果てた都市。この街に来た勇者たちは、直後、死者の群れに襲われ―乱戦のうちに、彼らははぐれ、そして女、エイリ・ダンターダは崩れた街並みをさ迷う。かつて、いや何度も来たこの街だが、街は所々崩れ、街道を瓦礫がふさぎ、迷路の様相を出していた。空から降る雨は、この世界の雨季の雨は、女の鋼の装甲を冷やし、金属の密度を下げる。だが、それよりも―。
「今は、休ませて―」
誰に言うでもなく、エイリは呟き、槍斧を杖に、街を歩いていた、が歩く足元を地震が揺らし、そしてやがていくつもの雷が辺りを白に染め―エイリは女らしい、重装の姿には似つかわしくない声を上げていた。
~
一度崩れれば簡単なものだ。アウリュの足元、精緻な彫り物をされた土塊、精神の依り代―黒衣の詩人の本体は、保護の術式を崩され、風に、雨に、風化していく。土塊が崩れ、ただの岩のかけらに変わる過程で―アウリュと対峙する、ガラハは、苦鳴を上げ、そして胸を抑え、地に手を突き、倒れた。
「もう、存在できないんじゃないかな? 」アウリュは非情な言葉を告げる。
ガラハは―苦鳴の中、その精神は、勇者を名乗るものへの、怨恨で満ちていた。
「ウドゥン―。あの男がいなければ―私は、この世界で、田舎の小娘のまま―」
「そう、あのまま朽ち果てる。やがて家庭を得、平穏だったろうさ」
「何のために―お前は、お前も、恨んでいる、はずだ―」
ガラハは息を吐き、苦鳴の声を漏らして―アウリュは、自らの半身を、冷淡な目で見ていた。
「お前は、肉体に、エンバーミングを処理され―そして取り出された精神が、私―お前は、時は止まり―恨み、激昂しているはずだ―」
「その通りだよ」
アウリュは平然と答え―冷めた、その視線はガラハを射抜いた。そして句を継ぐ。
「でも、止まったのは、18で止まった精神は、どちらだったのかな―勇者への恨みは、魔族の術を経ても、お互いに持っていた―ねえ、止まったのは―」
どちらだったのかな?
「何だと―」
「君は、私の残さ、残りカス―だったのだろうさ」
アウリュは平然と答え、ガラハの、黒のローブのそばにより、そっと囁いた。
「同族嫌悪―さ、土塊、半身」さて―。
「終わる前に、あれを出してもらおう」アウリュは告げる。
ああ―これかい。もう、いい―。
ガラハは、自らの影から一振りの剣を抜きだし、無造作に投げ出し、そしてついに仰向けに倒れた。
アウリュはその剣を―魔族が回収しガラハが所持させられていた―その神々しい剣を眺め、そして聖剣を―ストレイトスが振り捨て、魔族が回収した―聖剣エクスカリバーを抱いて、すでに止んでいた雨に上空を見て、その黒い空間に気づく。
「ガラハが崩れた―そして奴は、門を身に納めたか―制約を外し、奴の―あれの欲しがる、世界を呼ぶ―ヘルクレウス。黒き星々が地上へと迫る。だが、お前の欲しがる世界は―あの中にはない」
アウリュは目をつぶる。一瞬、あのころの、12騎士の頃の記憶が呼び起こされた。
「お前の欲しがる、あの頃は―あの輝きは、お前の手には入らない」
アウリュを見つけ、こちらに駆け寄ってくるエイリにアウリュは振り返り、そのアウリュの思念は―分からない。だが、駆け寄ってくるエイリは彼らの仲間の一人子であり、希望、それに近いものであったことを思う。
「お前の欲す世界は―もうどこにもない。だが―」
「最後の戦い―ウドゥンは決着をつけるだろう。そして我々の過去も終わる。だが、ウドゥンの世界、あの勇者の世界は―完結するのか? TERRAは―」




