街の人波も建屋の内…
街の人波も建屋の内に消えた。人の喧騒は終わりを告げ―遠雷と降り落ちる雨が道を叩く音だけになった。風と降りしきる雨は強く、ウドゥンのコートはすぐに水を吸い、重くなったが―ウドゥンは気にも留めず、裏町の酒場を抜け、細いアーケードをとおり、格子を出る頃には、右手は乾き、岩の大剣を握りしめて―。灰の双眸が大通り、この街の寺院がある高台に向き―視界が白濁する。
遠雷が墜ちたのだ。
雷。
パラケルスス、かの錬金術士が語った、四属性。それから外れ、だが、この世界にも―四大属性の一つ、地の世界にも現にある、5つ目。
火は水と。風は地と相反し―。魔術としてぶつけた場合、消滅し合う。
ウドゥン達の使う地の陣。凪の陣、或いは―ガラハ、黒衣の詩人が詠唱した、近年の言い方で言えば月の砂漠。地の陣は相反する要素、風や、強力なものは他の要素、火や水も同時に失わせる。
例えばエイリの槍斧の炎は、槍斧自体に炎術士の彫った仕込みがあるものだが―強力な凪の陣では、その炎もかき消される。
凪の際エイリが金属を詠唱で束ね、炎を、地の範囲内、鋼の詠唱の補助にするに留まるのはそのためだ。
だが、ウドゥンが宙を探す、相手は―世界規則を知らず存ぜずで過ごし、相反を受けず何ものも貫く、雷。
かつての12騎士の一人。雷の求婚者。未だ天より、各地をさ迷う理由は―果たされない。絶対に。もう、総ては過去に過ぎたことだ。
「―あの男は、時の制約も―生死の理も知らぬまま、か」
雷の名はイオニクス。
ある世界では炎術士が強撃として雷を振るう場合もあり―水と風、その中庸として使う者もいた。
それが、地と合わさるならば―。
「―」
TERRAの奥義、未完のままの一つ。天地を合わす、崩塔の剣。THE ARC THUNDER―.
~
「ねぇ、どういうこと? 私たち、確かに湖畔を―歩いていた、よね? 」
「ああ、これは幻覚。何ものかが術を―だけど、この風景、まさか―」
ストレイトスとエイリは幻覚の中―。エイリが焦るのは分かる。それは幻覚―ではない。自己の意思だ。だが、何度も同じ状況に遭った、ストイレトスですら焦燥し―目の前の風景はあり得ない。
ミドガルダルの術士に、この風景を知るものなど―。
ライブラリ、冒険の書は疎通がすでに途絶え―勇者は腰に手を当て、やはりないと―悟る。
宝剣エクスカリバーも、ルルイエがよこした蜻蛉切もない。雑貨を入れるバッグもなく。
それどころか、この格好は―なんだ?
薄っぺらい、見覚えはすでにないシャツを着て、どこかの古い屋敷、広大な庭に蔵が並ぶなかを、勇者は歩いていた。
ここはまさか―?
いつもならライブラリがどこかすぐに応えるが、今は応えず―それどころか、ここには魔術などない。
気づけば隣を歩くエイリが、勇者の方を見て―凍っていた。
「分かる。子供になってるんだろ? 悪いけど、君も―その」
そこまで言った時。忘れかけた風景の中で。屋敷の方から、見覚えのない淑女が
「ヴィクトリオ、エイリも来なさい。今日は珍しいものがノームの集落から届きましたよ」そう告げた。
ヴィクトリオ―?
ストレイトスはヴィクトリオと呼ばれ―エイリの顔を見て、声をかけた淑女の方を向きなおした。
「あの―この屋敷はどういう」
「それはいいのですよ。術は、茫漠、漠然と―分かりますね? 」
分からない。だが、敵意は―ない。ストレイトスは淑女の姿を、見覚えがないと―改めて記憶を、自分の記憶だけで見覚えがないと確信し、混乱するエイリを目でなだめ、淑女に話を合わせる。
「どこかでお会いした―でしょうか? 」
「何を言っているのでしょうね、この子は。そうそう、今日も、ノームの集落を抜けだして―あなたは拾われ子なんだから、家業の手伝いもしっかりなさいな」
「あの」
エイリが、何か言いたそうに口をはさむが、ストレイトスは抑えて、
「僕の家は―何の家業だったかな」
かまをかけた。知るはずがない。もし知るならば―どうやって知った?
「あなたの家は―あなたの恐いおじいさんが、いつも恐い顔で腰をかがめ、焼物を見ているではありませんか。今日は、どうしたのです? 逃げてきたのではありませんね? ―ヴィクトリオ。いや―」
「勇者よ」
背後の声にストレイトスは振り向き、声の主の無粋な少年の姿を見て、凍りついた。




