料理人の通用門から…
料理人の通用門から来た白猫―イヌハは、あっという間に首をつかまれて、料亭の親爺と対面した。
「にゃー? 」
「あんだぁ、この猫? 」
親爺は左手でイヌハの首根っこをつかみ―右手には包丁が光る。
だが、そのイヌハを高く上げた手は、老人―カウンターの前に立った客に気づき、包丁をまな板におろした。イヌハも一度放されて、厨房の床に降りる。
イヌハは老人の―ウドゥンともルルイエとも違う、老紳士を見て―。
「にゃ? 」首をかしげた。
応対する親爺も、首をかしげ―そうになった。老紳士は、目の前にいるのだが―品の良い、衣服も高級そうだ―相貌が、どうしても見えない。分からないのだ。
訝り、首をかしげる親爺に、何も言わぬ老紳士が微笑を残し、会計を払った時。
「たのもー! 」
入口から威勢のいい声が聞こえてきた―。
~
「たのもー! 」
威勢のいい―女の子、この場にそぐわぬ声の主は、入口を三歩歩いて、前のめりに倒れた。
店内の客が振り返り―通路を歩いていた、魚のアラを持った使用人も入口を振り返るが―声の主、ノームの熊耳は臭気に引きつけを起こして―倒れた。
女の子の後からおずおずと入ってきた少女は、倒れた女の子、オレリアを見て―いわゆる、テンぱった。
焦る少女の背中。
見慣れぬ鳥の羽根に視線が集まり、鳥人の少女、イリスは
「あの、あの、猫を探してて」
昼の酒場の客の視線に―怯える。親爺は猫を思い出し、厨房の床を見るが、猫はどこかに消えて、気がつけばあの紳士も―いない。
右の座敷のホルモンや、店内の臭気に少女は「あの、白い猫ちゃんで、イヌハって言います。あの、あの」
―もう、食べちゃったんでしょうか?
少女の意識は、はるか斜め上を飛んでいて―。
~
猫の、黒猫の瞳は、厨房の隅から店内を見渡していた。
「食べたな、食べたな、食べたのかー!」叫び暴れまわる熊耳、ノームと―。
「食べられちゃった、どうしよう、どうしよう」自分が言ったことなのに、真に受け、入口で泣き出した娘。
騒ぐ二人に、用心の男がでてきたが―娘二人、初めての相手に戸惑う。
ノームの女の子、オレリアは皿を返し、手を振り乱して―首には腸詰肉をかけて、恐慌して―。
「目にもの見せてやる! メテオストライク! アースサラウンド! ノーム族の奥義! 」
黒猫は―かつての12騎士が一人は、厨房の隅でまだ気づかれず、オレリアに僧侶の面影を見ていて―目を細めた。やがて用心棒が、オレリアをつまみ上げたころ。
「ニャン」背後から白猫、イヌハが飛び出して、用心棒に飛びかかり爪を立てた。猫はオレリアをかばった。
「イヌハ! 」
「え? 」
「どこに行っていたのです、心配して」
イヌハはオレリアと―イリスのそばによりかかり、安堵した少女たちだが。
「てめえら、出ていけェ! 」
親爺がどなりちらし、少女たちは猫を抱え、走って逃げて―。
~
「ハァッ、ハァッ、ハァ―」逃げ出した少女たちだが―オレリアが首の腸詰肉に気づき、倒れて―イリスも足を止める。
「オレリア、しっかりして、もう」
気がつけば街なみの外れに来て―道に迷った。イリスは周りを見渡すが、人の姿はなくなり、道の向こうは農耕地なのか、畑が広がる―少女は戸惑う。
「飛んでみようかな―」
空中から辺りを見る。見てみる。イリスがそう決めた時、イヌハがまたどこかへと、歩きだした―。