怪話篇 第十六話 賢者の石
1
「で、その話に確証はあるのかな?」
「勿論よ。あちこちの大学の専門家に古文書のきれっぱしの年代測定を頼んだら、バッチシ江戸時代の中期と出たんよ。間違いなし」
「そうかねぇ。にしては、書いてある内容が荒唐無稽過ぎないかねぇ。第一、江戸時代の初めに既に電磁気学と量子力学の基礎が完成してるなんて誰が信じられるかい」
「仕方ないでしょうが、その古文書にそう書いてあるんだから。全く、源さんも疑り深いねぇ。あたしゃ、そんな事なんぞどうだっていいのさ。そこに書いてある通りに、お宝がありさえすればいいのよ」
「全くおまえときたら、本当に楽天家だなあ。まあいい。それで、その秘宝とやらは、本当にあるのかい?」
「へっへっへっ。それはもうバッチシで。あのアル中じいさんが死んじまう前に確かめといたよ。しかし、元刑事だか何だか知らねぇが、ああなっちゃおしまいだね。酒飲むと、どっかの山奥に化け物の村があるとか総理大臣は偽物だとか言ってわめくんだから、始末におえないねぇ」
「で、古文書の残りも手に入れられそうか? 今度の仕事の鍵はそれしだいだぞ」
「まかしときなさい。丁度上手い具合いに、先祖代々松戸の家の財産管理をやってた奴を見付けましてねぇ。今じゃ落ちぶれてて、金さえ出しゃ古文書でも何でもオッケーでさ」
「本当に大丈夫なんだろうな、西岡。おまえと話してると、段々心配になってくるぞ。まあいい。金はすぐ用意しよう。早く残りを手に入れるんだ」
「判ってますって。まあ、大船に乗った気でいてくだせぇ」
2
「よぉ、おまえさんが竹村さんかい? 例のモノはちゃんと持って来ろうな」
「何に使うのか知らないが、こんな物でも金を出して引き取るというのだから、こっちとしては大助かりだ。さっさと持って行ってくれたまえ」
「西岡、本当に間違いないんだろうな? 何かおかしいぞ」
「源さん、間違いありませんって。そうですねぇ、竹村さん」
「言ってる意味がよく判らないが、君達の欲しいと言ってきたものはこれじゃないのか?こんな物、いつまでも置いていても邪魔になるばかりだから、持って来たのに。一体、どうするんだい?」
「ふん! 上手い事言って、宝を独り占めする気か。そっちがその気なら、話は早い。松戸家の秘宝について何か知っている事を話してくれたら、儲けは山分けといこうじゃないか」
「秘宝? この文書には、宝なんかについては何も書いてはいないぞ。何か勘違いをしているんじゃないのか」
「竹村さん。こっちだって本音で話をしようとしてるんですぜ。ねぇ、話して下さいよ」
「そうだ、松戸家の秘宝『賢者の石』ついて何か知らないか」
「『賢者の石』! あれは宝なんかじゃない。それにあれは、あれは手を触れてはいけない物と謂れて来ている。私からは、それしか言えない」
「まあ、いいだろう。取敢えず、古文書だけでも貰おうか。百万でいいな」
「塵紙交換だな。こっちも、困っていたんだ。助かるよ。それじゃ」
「またな」
「また?」
「そう、まただ。いずれ、おまえさんには手伝って貰う事になりそうだからな」
「無理だ。出来ない相談だ。松戸の家には逆らえない」
「金がいるんだろう、金が。払ってやろうじゃないの。ねえ、竹村さん」
「駄目だ、駄目なんだ。本当に駄目なんだ。松戸の家には逆らえない、逆らえない様に、創られているんだ」
3
「源さん! とうとう来ましたね。ここに、例の物があるんですねぇ」
「そうだ。天才の一族といわれている、松戸家の秘宝『賢者の石』だ。果たしてどのような物か」
「あの竹村とかいう奴が怖じけづいた所為で大分手間取りましたが、ココまでくりゃあ、もう手に入れたも同じで」
「判らんぞ。相手が普通の人間じゃないからな。キ印と大して変わらん様な連中の隠したものだ。どんな仕掛けがあるか判らんぞ」
「それにしては、隠し場所が無防備過ぎやしませんかい。それって、本当に大した宝物なんでしょうかねぇ」
「そうだな。元々、『賢者の石』と言っても、一般にいわれているような錬金術に使うものではないらしい。松戸の十何代目かの当主が、江戸時代の初めに造ったものらしいな」
「『賢者』が造ったから『賢者の石』ですかい? しかし、相当の値打ちモンなんでしょうね」
「おまえが考えている意味で値打ちがあるかどうかは判らん。しかし、古文書に拠ると『この世の数多、其の内に納ま』っているそうだ。つまり、知識の集大成ってところだろう」
「百科事典みたいな物ですかい? がっかりだ」
「そうでもないぞ。例の古文書にしてもそうだが、当時既に現代最先端に匹敵する科学知識を持っていた奴等だ。その総てを記憶している石=ICなら、どこに持って行っても言い値で売れる。ひょっとすると、まだ知られていない知識も含まれているかもしれんだろう」
「あたしにゃ、やっぱり金銀財宝の方がいいですけどね。後で、金に替わるんなら文句は言いませんわ。でも、竹村は何でそんな大事な物についての古文書を二束三文で売ったりしたんでしょうかね。」
「あれを読んで判ったんだが、確かに松戸にとってはあれは紙屑だな」
「へっ?」
「この前教えた通り、松戸の家は代々の天才の家系なんだが、それだけじゃなくて、天才を産み出す事にかなりの執着を持ってたらしい。代々の奥方が子供を宿すとな、当主自らが奥方の寝ている横で、まだ胎児の跡継ぎに講義をして教育してたんだとさ。で、産まれると、その古文書だ。要するに、それは教科書だったのさ」
「は? 教科書? じゃあ、松戸家じゃあ今もそんな風に?」
「いや。いらないと言うからには、本当にいらなくなったんだろう。別の方法で、例えば直接脳に知識を送り込むとか、ひょっとすると遺伝子自体に組み込まれているのかも知れん。事実、その手の物は江戸時代以前の物ばかりで、新しい物は一つもなかったしな。だが、『賢者の石』についてのものは違っていた。古文書も新しかった。しかし、ああも無防備に書かれてあったのは、多分俺達を馬鹿にしてたからだろう。確かに、一般人はとるにたらなかったろうし、価値も判らなかったろうさ。だが、俺達ゃあ別だ」
「源さん、ありましたぜ」
「禁断の扉か。開きそうか?」
「ちょい待ち、こりゃあ、かなりの難物ですぜ。手持ちの道具じゃちっと。それに、この扉、生きてますぜ」
「金属なのにか。さてどうしたものか」
「開けゴマじゃあ、いけませんかね」
「何かあるんだろうが、」
「うわっ、このやろう噛付きやがった。源さん、古文書に何か書いてなかったんですかい」
「多分、書いてはあるだろうが。判った、取敢えず場所は判ったんだ。今日のところは一旦出直そう」
4
「よし! 開くぞ!」
「用意は、いいですかい? 何が飛び出すか判りませんぜ!」
「いいぞ、いけ!」
「…………」
「おお!」
「開きましたぜ!」
「ココが、ココがそうなのか? どれがそうなんだ?」
「源さん、こりゃあ、どっちかっていうと物置ですねぇ。本当に、間違いないんでしょうねぇ」
「いや、間違ってない。とにかく、捜すんだ!」
「へいへい。大体の置き場所とか形とか、判らなかったんですかい。古文書には書いてあったんでしょう?」
「少しはな。何せ、あいまいというか、こ難しい専門用語の塊と言うか……」
「要するに、判らなかったって事ですかい」
「うるさい! おまえなら判ったって言うのか。文句を言わずに捜せ」
「へいへい。これも違うしなぁ、これは? きっと違うんだろうなぁ」
「『賢者の石』は何十という島や山を溶かし固めて造ったらしい。きっと、シリコンを抽出する為だろう。その大きさは、『針の先よりももっと小さい』というから、現代の集積回路以上の情報チップだろう。そんなに大きなものじゃぁないが、シールドは厳重に違いない。よくは判らんが、何かの力場を遮断する箱に封じてあると書いてる。ええっと、何なに」
「外界の電磁場を遮断して情報のビットを安定化してるんですねぇ。さてこれは、どうですかい?」
「んー、箱は二尺四方で厚みは一尺だから、そりゃ違うな」
「これは、どうですかい?」
「ん? うん! それだ! それそれ」
「ついに、ついに、見付けましたね」
「待て待て。どんな仕掛けがしてあるか。よく調べて見ろ」
「んーっと、うわっ。あーびっくりした。いきなり、ねず……、ゴキブリ?」
「ほっとけ、そんなもん」
「へっ、へえ。オーケー、よさそうですぜ。直ぐ開けますかい?」
「まあ、待て。こっちの壁に何か書いてあるぞ。何なに? これに拠ると、蓋が開いた時には安全装置が働いて数瞬後には閉まって仕舞うそうだ。取り出しは、速やかに落ち着いて」
「へえへえ。注文の多い人だ。他にはないですね。開けますよ」
「ふむふむ、箱の中がこうなってるのか。これは一体何を意味するんだ? これは重さの単位だな。何、黒? 黒だって!」
「源さん、感動的瞬間だよ。開きますよ」
「ま、待て。今、計算してるから。ココの数値が間違ってないなら……」
「任せなさい。あたしの『すり』の腕は知ってるでしょうが。おっと、開き始めましたぜ」
「やはりそうか、シュバルツシルト半径が……おい、開けるな! それは開けちゃいけないんだ」
「もう手遅れですよ。ほら、こうなっちゃお宝を手に入れるまででさ。さて……げっ、うわぁ」
「違うんだ、それは宝じゃない! 早く蓋を閉めないと、うわっ……でないと」
「うわあああぁぁ、源さあぁぁぁぁぁ」
「早く蓋を、吸い込まれる前に、……それは……それは、ブラッ…………
eof.
初出:こむ 9号(1988年11月6日)