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相談の答え

作者: 葉月伊音
掲載日:2026/02/21

「福崎さん達にね、いじめられてるの」


未子がそう言って美遥に相談をしたのは、6月の梅雨明けの時期であった。

しばらくはどんよりと暗いものを抱えていた空も、一昨日には晴れて強気になっている。

しかし、未子の心は未だに晴れないようで、重たいものがずっと乗っているような顔をしている。


写真部の部室は、学校の端の方に位置していて、人の足音すら聞こえない。


部員は4人。

3年生が1人、2年生が2人、もうじき辞めそうな1年生が1人。

廃部危機である。

3年生の先輩は用事だとか言って、今日はいない。

1年生の方は、もうほぼ幽霊部員である。

写真部に憧れでも抱いていたのだろうか。

現実は、端にやられるような扱いをされる部活なのに。


「福崎さんか…怖い人だよね。言葉強いし」

「なんで私なんだろう。私、福崎さんに何かしたかな?」

「うーん…」


未子は尋ねてはくるものの、それはほぼ自問なのである。

辛いのもそうだが、納得いかない気持ちの方が強いようで、愚痴のテンションで美遥に聞く。

いや、聞かせている。

それは何なら愚痴であれば良かったのだ。美遥も未子も、こうして悩むことは無かった、愚痴であれば。


「美遥、私どうしよう」

「どうしようって…うーん…」

「唸りたいのはこっちだよ。酷いんだよ、福崎さん達。私の筆箱隠したり、教科書破ったり、この間なんか、みんなの前でスカート下ろそうとしてきたの」


「スカートを!?」

静かな廊下全体に響き渡る。

自分で言ったくせに、「スカートを下ろされた」という言葉に震え上がっている未子。

おそらく鳥肌も立っている。

それこそ、立てたいのはこっちだ。美遥は思う。


「ねぇ、私どうしたらいいんだろう?」


未子は正面から美遥を見つめた。

本気で質問をしているようだ。未子の瞳が重たい。


人は愚かなもので、『真っ直ぐ』を向けられてしまうと、たじろいでしまうのだ。

特に夢も持たずのらりくらりとそれなりに生きている人間が、大きい夢を持った理想だらけの明るい人間に出会い、その夢へのひたむきさに寧ろ引く。

収入が多いとは言えない親が、「これを買って」「あれに乗りたい」と好奇心旺盛な子を持ち、『お金』に縛られない姿を見て苦しくなる。

ベテランの面接担当が、特に入れたくないと思う人間の全力を見せつけられ、思わず全力さだけで判断しそうになる。

『真っ直ぐ』は、人を愚かにする。ダメにする。終わりにする。


5秒ほど経った。美遥は自分なりに、正直に答えた。

5秒だけで、取り繕えるような回答は作れない。

彼女たちの友情に、5秒は長すぎる。


「スクールカウンセラーの先生に相談してみたらどうかな。保健室の先生に言えば、手配してくれると思う」


未子は目を見開いた。

美遥は気づかないフリをする。気づいていないかもしれない。

いや、おそらく本当に気づいていないのだ。


「それにほら、未子のお母さん、優しいじゃん。お父さんも良い人なんでしょ?色んな大人を味方にしてさ、気持ちで福崎さん達に勝ってやろうよ」


どれも本心である。

可哀想なんだ、彼女は。できるだけ多くの強い味方をつけてやりたい。

子供には、大人である。

大人同士ですら厄介なのだ、ましてや子供からしたらなおさらだ。厄介だ。大厄介なんだ。


「美遥は?」

「え?」

「美遥は味方してくれないの?弱いから?」


美遥は5秒でまた答えた。


「弱いなりに、未子の力になれたらなって、思ってるよ」

「例えば?」

「えっ、例えば?うーん、机の落書きとかは一緒に消すし、上靴の中の画鋲は一緒に片付けるよ」

「…そっかぁ。ありがとう」


美遥は思う。色々聞いてきた割には、返ってきた感謝は軽いなと。

けれど、美遥が思うに、未子は元々こういう子なのだ。

どこかスポッと、1つ穴があるような、軽いとまではいかないが、何かが埋まってないような子なのである。

福崎とやらは、それが気に食わなかったのだろうか。


生ぬるい風が、どこかの隙間から侵入してくる。

部室は、暑いような、ジメジメしているような、居心地の悪い雰囲気。

そういえば、ここにはエアコンがない。

吹いても生ぬるいだけの、たった一つの扇風機しか、彼女らを冷やすものがない。

しかし、なんというか、そんなものを使わなくても、もう冷えている。

暑いのに、冷えている。


「撮りに行こう」

「うん、そうだね」


2人は部室を出た。


未子が写真を撮ったのは、これが最後だった。



「首を…?」

「うん、ご両親が家に着いた時には、もう、ね」

「そうですか、首を…」


「そうですか」

美遥が担任に返した言葉。これには何の意味も含まれていない。


「高山さんなら何か知ってると思ったんだけど、その感じだと、何も知らなさそうね」

「え?」

「え?何か知っているの?」


担任はその黒い目で美遥を見つめた。

美遥はその目をしっかりと捉えた。


「…何も、知らないです」

「やっぱり、そうよね」


生徒指導室を出て、家に帰るまで、美遥は後悔し続けていた。

これまで行動、言動、思考、全てを。


そうだ、大人は敵だったんだ。厄介だ、大厄介だったんだ。

未子は死ぬ前、どんな大人の目を想像したのだろう。

あんな風に、黒かったのだろうか。いや、そうに違いない。

もしかして、自分の目も、黒かったのだろうか。

人間はふんわりとしか話さないから、その黒い霧が、彼女にとって毒だったんだ。

それを晴らせる人が、自分だと勘違いしたのだろうか。

晴らせるわけないだろう。あんな霧を、自分みたいな子供ごときが何かできたわけでもない。

未子にできないのなら、自分にもできない。

自分なんかより、福崎さん達の方がもっと良かったのかもしれない。

『真っ直ぐ』が良かったのかもしれない。きっとそうだったんだ。

遅かった。

あの問いに、自分はなんと返すべきだったのだろう。

あの相談に、答えはあったのだろうか?

解答を知りたい。でも解答はもう燃やされてしまった。

灰じゃあ何も分からない。

遅かった。


そもそも、なぜ私だったのだろう?

たぶんあれだろうけど、聞いておけば良かった。

遅かった。

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