【透明な刃殺人事件・エピローグ】
※こちらの作品はカクヨム(@tsurumiya)、小説家になろう(ID:2621621)にて投稿しています。
一時間後。容疑者も刑事たちも去り、主を失ったタワーマンションの一室は、再び静寂を取り戻していた。ただ二人、ヘンリーと服部だけが、リビングのバルコニーに立っていた。あれほど降り続いていた雨は、いつの間にか止んでいる。
「……いやあ、見事だったなお前の名推理!」
服部が、タバコに火をつけながら、今日の出来事を振り返るように言った。
「ホシも、最後は観念して洗いざらい話し始めたしな」
「まあ、正直賭けだったけどね…」
ヘンリーは、雨上がりの東京の夜景を見つめたまま、静かに答えた。
「魔術を使った犯罪は、司法では裁きにくい。物証が基本、残らないからね。あのアモルファス氷も、昇華してしまえばただの水蒸気だ。検死で『凍傷』が見つかったところで、それが彼女の魔術によるものだと法廷で『証明』するのは、ほぼ不可能だった…」
「……」
服部が、黙って煙を吐き出す。
「だからこそ、ああやって何重にも罠を張り巡らせ、本人からの自供を誘うしかないのさ…」
「……フン。お前らしい、回りくどいやり方だな」
服部はそう吐き捨てると、バルコニーの手すりに寄りかかった。
「……それにしても、後味の悪い事件だったな。親の仇、ねえ。そのために、自分の人生を棒に振るとはな。残された妹たちは、どう思うんだろうな……」
「……」
ヘンリーは、何も答えない。
静寂が流れる。
服部がタバコを半分ほど吸ったところで、ヘンリーがぽつりと言った。
「……服部警部」
「ん?」
「……ものすごく……お腹が、すきました……」
「……は?」
服部は、呆れたようにヘンリーの顔を見た。彼の蒼い瞳は、さっきまでの鋭い探偵のものではなく、ただの腹を空かせた青年のものに戻っていた。服部は、ふっと短く息を吐き、タバコの火を消した。
「……わかった。いつもの店でいいか?」
彼は、くしゃくしゃとヘンリーの頭を乱暴にかき混ぜた。
「フッ……いいでしょう。勿論奢りですよね…?」
「へっ、高くつく探偵先生だぜ」
こうして、魔術と論理が交錯した透明な刃殺人事件は、一人の探偵の空腹と共に、その幕を閉じた。
【完】




