【透明な刃殺人事件・肆】
※こちらの作品はカクヨム(@tsurumiya)、小説家になろう(ID:2621621)にて投稿しています。
「だって、被害者が死んだのは昼の一時なんだぜ。そんな時間に熟睡してるなんて知ってるのは長瀞サン――キミしかいないんだよ」
先ほどとは比べられないほど取り乱した長瀞が言い訳にも等しい勢いで言葉を紡ぎだす。
「ど、どうやって私が常温で昇華するなんて都合のいい刃を作りだしたって言うんですか!?わ、わたしにはそんなこと……!」
長瀞がパニックになったように叫ぶ傍で、服部警部も、冷静にヘンリーに詰め寄った。
「確かにヘンリー。お前の推理は筋が通っているように聞こえる。だが、アイツの言うとおりだぜ。そんな代物どうやって用意したってんだよ。」
取り乱す容疑者と、冷静な刑事の、もっともな問いかけ。 その視線を一身に受けながら、ヘンリーは、ゆっくりと首を横に振った。
「犯行に使った氷はただの氷じゃない。アモルファス氷を使ったんだよ。」
「アモルファス…氷?」
服部が訝しげに繰り返す。
「犯人は魔術で水を凍らせる際、魔力を継続的に流し込み、分子同士が本来結ぼうとする『水素結合』を意図的に阻害したんじゃないかな。 分子同士が手を繋ごうとするのを、魔術で無理やり引き離しながら固定するイメージでね」
ヘンリーの言葉に、楠樹の表情がわずかに変わる。
「すると、どうなるか?分子同士は、無理やり引き離されたバネのように、元の安定した状態に戻ろうとする力を溜め込んだ、凶器のできあがりさ。被害者の体温という『熱エネルギー』が加わった瞬間、その無理やりな固定が限界を超え、溜め込まれたエネルギーが一気に解放された…」
ヘンリーは、青ざめる長瀞をまっすぐに見据えた。
「分子は液体になる間もなく、バラバラになって昇華しまたんだよ。これがキミの凶器の正体サ…」
「さっきから一体なんなんですか!?魔術や魔力なんて、オカルティックな妄言を吐き散らかして…!」
「ああ…それとさっきからずっと気になっていたんだけどサ…」
ヘンリーは、パニックになる長瀞の声を遮り、不思議そうに首を傾げた。
「キミ、『氷の刃』とか『密室殺人』とか当たり前のように言っているけど、そんな死体の状況、一体、誰が教えたのカナ…?」
すると、すべてが見透かされ観念したのか、長瀞の激しかった抵抗の言葉が、ぴたりと止まった。彼女の瞳から、必死に燃え上がっていた抵抗の光が、ふっと消える。まるで、張り詰めていた細い細い糸が、ぷつりと音を立てて切れたかのようだった。
数秒の沈黙が、部屋を支配する。 やがて、彼女は、諦めと、深い悲しみとが混じった、乾いた笑い声を漏らした。
「……あ……あはは……」
長瀞は諦観混じりの声を絞り出す。
「……そう、ですね。貴方……一度も、高遠さんが『刺殺された』とは、言いませんでしたね……。どうやって作ったのか、としか……」
彼女は、その場に、ゆっくりと崩れ落ちた。 震える手で顔を覆う。
「……どうして、わかったんですか……」




