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【透明な刃殺人事件・参】

※こちらの作品はカクヨム(@tsurumiya)、小説家になろう(ID:2621621)にて投稿しています。

「今、この場にすべての証拠は出揃った。そろそろ証明を始めようか」


 ヘンリーのその言葉に、部屋の空気が張り詰めた。  不機嫌そうに腕を組んでいた管理人の笹丘も、冷笑を浮かべていた楠樹も、この場違いな青年の、ただならぬ気配に視線を集中させる。


「証明、だと? 探偵さん」


 最初に沈黙を破ったのは、楠樹だった。


「だったら、君が犯人だと確証を得ている人だけを呼び出せばいいじゃないか」


「フッ……いい質問ですね、楠樹さん…」  


 そのあと、また現場には少しの沈黙が流れた。


「…おい。お前、ただそれっぽいからで呼んだだろ…」


 服部の、確信に満ちた、そして半分呆れたような囁き声が、張り詰めた空気を台無しにした。


 ヘンリーの肩が、ピクリと跳ねる。


「き、キミは! なぜそれを口に出すんだい!? 今、一番いいところだったのに!」


「はっはっは!やっぱり図星か!」


「ち、違う! これは……そう! 犯人を油断させるための高度な心理戦ダヨ…!」


 それまで冷静に事態を眺めていた楠樹が、心底つまらなそうにため息をついた。


「謎解きごっこに付き合うのはここまでだ。警部、私はもう失礼させてもらうよ。この探偵さんには、我々を拘束する権利も、証明するに足る論理も、何一つないようだ」


 楠樹が立ち上がり、出口に向かおうとする。管理人の笹丘も、


「全くだ、こっちは忙しいんだ!」


 と続く。


「まあ、待ちたまえ。はあ…分かったよ。格好よくキメたかったが、手短に済ませよう。」


 肩を竦めて彼は真実の証明への第一歩を語り始めた。


「第一に――」


 ヘンリーは懐から、あの検死報告書のコピーを取り出した。


「被害者の遺体に残されていた、ごく微かな『凍傷の痕跡』です」


「第二に――」


 ヘンリーは、部屋の奥にある、巨大な窓ガラスを指さした。


「この部屋の異常なまでの湿度。暖房が効き、完全に密閉されたこの部屋の窓は、我々が昨日発見した時、びっしょりと結露で濡れていた」


 服部警部と馴鹿が、ハッとした顔で頷く。


「ここから導き出される答えは、凶器が、極低温の『氷の凶器』ということさ」


「馬鹿馬鹿しい!」


 笹丘が即座に反論した。


「氷の凶器だと? 溶ければ床に水たまりが残るだけじゃないか! 証拠隠滅にもなっていない!」


「ええ、ただの氷なら…ね」


 ヘンリーは、その反論を待っていたかのように頷いた。


「犯人は、溶かしたのではない。液体を経ずに気体に変える……つまり《《昇華》》させたんだよ。この異常な湿度の正体こそ、凶器の正体なんだ」


「……おとぎ話だな」


 それまで黙って聞いていた楠樹が、再び冷ややかに口を開いた。


「被害者の死と同時に、都合よく昇華する氷の凶器か。そんなもの、どうやって作る?」


「確かに、そんな代物、普通の人間には用意できないね。でも、キミなら用意できたんじゃないかな。――長瀞 葉子さん」


 ヘンリーが静かに告げた名前に、その場の全員が息を呑んだ。  指名された家政婦の長瀞は、血の気が引いた顔で小さく首を横に振っている。


「待ってください。わ、私……? 私が、旦那様を……? そ、それに……氷の刃なんて、私には、そんな恐ろしいこと……!」


 さらに、彼女は、何かに気付いたようにハッとした顔で続けた。


「そもそも事件現場は密室だったんじゃないんですか!?もし、そんなものを作れた人が居たとしても内部にいた旦那様の自決としか…」


 長瀞のその反論に、ヘンリーは今日初めて、心の底から楽しそうな、不敵な笑みを浮かべた。


「フッ…そういえば言い忘れていたね。そもそもこの事件は、《《密室なんかじゃなかった》》んだよ」


 彼は玄関のドアを指さし、こう言い放った。


「ある程度の長さの紐とテープさえあれば、あのタイプのドアチェーンは簡単に外側から施錠できる。それに、電子ロックはオートロックでもあるからね。


 つまり、犯人は部屋を出てドアを閉め、外からチェーンを掛け、あらかじめつけておいたテープと紐を引き抜くだけでよかった。そうすれば、後は自動で電子ロックが掛かり、完璧な密室が完成する」


 ヘンリーの論理に、室内の誰もが言葉を失う。これは、自決ではない。これは、明確な殺意を持った第三者による、巧妙な偽装工作の可能性が浮上したのだ。


「そして、被害者は大柄な成人男性。正面から揉み合いになれば、返り討ちに遭うリスクがある。そうは思わないかい?」


 ヘンリーは、ゆっくりと長瀞葉子の前に歩み寄った。


「だからこそ、犯人は二つの条件を満たす必要があった。


 一つ。被害者の生活リズムを完璧に把握し、彼が熟睡している無防備な瞬間を狙えること。


 そして二つ。この部屋の合鍵かマスターキーを持ち、内部に入り込める人間」


 彼は、青ざめて震える長瀞を、蒼い瞳でまっすぐに見据えた。


「『全ての不可能を除外して最後に残ったものが如何に奇妙なことであってもそれが真実となる』だよ…。長瀞サン…」


「この二つの条件を完璧に満たす人間は、この世にただ一人しかいない」


「……違う……違う……!」


 取り乱す長瀞に相反して、ヘンリーの声が静かな部屋に響き渡る。


「だって、被害者が死んだのは昼の一時なんだぜ。そんな時間に熟睡してるなんて知ってるのは長瀞サン――キミしかいないんだよ」

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