過去
外はまだ薄暗かった。
私は彼を起こさないように布団から出ると、彼の寝顔を見ていた。綺麗な寝顔だった。”さあっ!今日はずっと彼を笑顔で帰す為に私も最後まで笑顔でいよう!“と誓った。
台所に行き息子の弁当をちゃちゃっと作り、車で食べれるようにおにぎりを作った。昨晩タイマーをかけていた洗濯物をほして身支度を整えたあと、彼を起こしに行った。
『ヒョンさん。좋은 아침(おはよう)』
彼はゆっくり目を開けて、暫く私を見てから『みき、좋은 아침』と手を引っ張り抱き寄せた。私は、
『海。行くよ』と耳元で囁くと、
『もう少しだけ』とまるで小さい子供のようだった。少しすると観念したかのようにチュッと私にキスをして起きた。私は彼にコーヒーを入れてあげた。
『맛있어(おいしい)』と笑顔を見せた。まるでコーヒーのCMのようで見とれてしまった。
彼が身支度をすませて私達は海に向けて出発した。
途中で私が作っておいたおにぎりを食べながら、私はまるで遠足気分だった。道路は時間が早かった事もあり空いていた。
私は海岸近くの駐車場に車を止めて、海に向かった。残念ながら朝日は出た後だったが、海がキラキラしていてとても綺麗だった。
海岸沿いの散歩道には、ワンちゃんの散歩をしている方もいた。海には朝早くからサーフィンを楽しんでいる人達がちらほら見えた。
『懐かしいな〜』とつい言葉が出てしまった。彼は何?と聞いてきたので私は慌てて携帯の翻訳機を出した
『私ね、昔ここでサーフィンやっていた事があるの?今はこんなだけど。驚いた?』彼は頷いた。私は続けて言った。
『でもね。お世話になってたお店の店長さんが亡くなったり、私がサーフィンをやめた本当のキッカケは、私にサーフィンを教えてくれて凄く可愛がってくれていたお兄さんみたいな人がサーフィンやってる途中で亡くなったの。ハワイでだけどね。それ以来やめちゃったの。』彼は真剣に私の話しを聞いていた。そして聞いた。
『みきはそのお兄さんが大好きだったんだね。』私はハッとした。もう30年も前の話しだが一度もお兄さんが好きなんて聞かれた事も言った事もなかった。今思えばそうだったのかもしれない。近くにいすぎて気付かなかったのかもしれないと思った。
私は『そうかもね』と笑ってみせた。彼はさっと私の手を繋ぐと黙って海岸沿いを歩き出した。そして砂浜に降りた所に座った。海は昔から好きだった。だから一人でいても何時間でも眺めていられた。すると、『僕、海大好き。だけどみきは辛くない?』と聞いてきたので、私は『大好きだよ。毎年二人の亡くなった日にここに来てお墓参りの代わりに海に花をなげるの。だから、私が海を嫌いになったらダメでしょ』と笑って見せた。彼はちょっと寂しそうな顔で聞いた。
『今でも二人が大切な人なんだね。みきはまだお兄さんが好きなの?』私は『好きだよ。だって師匠だしお兄さんだから。でも私の方が随分年上になっちゃったけどね』笑いながら言った。しばらく私達は黙ったままただ海を見ていた。ただ見ていた。彼は私の肩を抱き寄せて言った『미안해(ごめんね)』と呟いた。
『何で謝るの?』私は彼が何で謝ったのかわからなかった。すると、『だって、みきにとって凄く辛い事を聞いちゃったから。』と彼は神妙な面持ちで言った。私はそんな彼に言った『彼等がいなくなった時は何年かは現実が受け入れられなかったけど、私も大人だから今はちゃんと受け入れてるし彼等との事は良い想い出だよ!』心からそう思っていた。そして続けて言った。
『来年は一緒に来てくれる?彼等に紹介するから!そしたらたぶん天国から”ウソだろ〜!“って声が聞こえるかもしれないけどね!』自分で言って笑ってしまった。でも彼は真剣に『絶対に行く。それで“みきは僕がずっと守るから大丈夫です”って伝える』と言ってくれたので嬉しかった。『ヒョンさんに話せて良かった。고마워요(ありがとう)。』そう言ってから彼に言った。『배고파(お腹空いた)』彼はやっと笑顔になった。
私は毎年海に来た後に必ず寄っているカフェがある事を告げて二人でそこに行く事にした。
私達はまるで若い恋人同士のように手を繋いで散歩道を歩いた。
私は手を繋ぎ右斜め前を歩く彼を見ながら、”私は本当にこの人が好きなんだ“と心の底から感じていた。
すると、後ろで女性がコソコソと話しながらずって着いて来てるようだったので、私は彼の手を引いて歩きを止めた。振り向くと30代ぐらいの女性が二人で立っていた。彼も振り向くと女性達は小走りに駆け寄ってきた。私は慌てて手を離そうとしたが彼はそれを許さなかった。女性達は私には全く気付かないかのように彼に言った『ヒョンさんですよね?大好きでいつもドラマ見てます!握手して頂けませんか?』と、顔を赤らめて言った。私は“可愛いいなー!若いって良いな”と微笑ましく思った。彼は笑顔で。
『ありがとうごじゃいます。』と日本語で言うと私と繋いでいる反対の手を出し一人ひとりと握手をした。やっぱり”ごじゃいます”なんだ!と笑ってしまった。すると彼女達は突然気付いたかのように”このおばさん誰?“みたいな視線で私を見た。私は“親戚のおばさんです”と言おうとした時に彼が言った。『ごめんなさい。今大切なデートしてます。ありがとうごじゃいます。さよなら』と言って私を引っ張って歩き始めた。私はとりあえず彼女達に会釈をして歩き出した。二人は信じられない!と言うようにポカンと立っていた。
私は彼に『あんな事言って大丈夫?』と聞くと、やっぱり何も気にしてないみたいで『本当だから。』と笑った。
私は今度何か聞かれたら”親戚のおばさん“と絶対言おうと心に決めた!




