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 小さく椅子を引いた紬は、そのままテーブルに額を擦るぎりぎりまで深く頭を下げた。

 ゆっくり頭を上げると、目を丸くした二人がこちらを無言で見つめている。


「事は一刻を争うというのに……二人にはとんだ無駄足を踏ませてしまいました。シマフクロウさんの手がかりがなければ、もっと二人に手間を取らせてしまったかもしれません」


 なにせ旧銀行建設は、今いる日銀通りからさらに南小樽側にも複数存在しているのだ。


 於古発川沿いにそびえる旧第百十三銀行小樽支店。現在オルゴール堂海鳴楼本店となっている旧第百十三国立銀行小樽支店。


 北一硝子のさらに奥に位置する旧中越銀行小樽支店。


 そして、ぐっとこれらから離れた国道五号線沿いに位置する旧小樽無尽株式会社。


 自分の推理の誤りに気づかず、それらの旧現行建築の調査まで二人を巻き込んでいたら。それこそ血の気が引くような思いがする。


「おいおいおい。通夜みたいな顔してんじゃねーよな。今日だって、まだまだ時間はあるじゃねーか」

「そう、ですよね。落ち込んでる時間こそ、無駄ですよね」


 最悪だ。謝罪すべき相手に気を遣わせてしまっているなんて。

 まだ時間はある。今の段階で気づいてよかったのかもしれない。そう考えどうにか気持ちを切り替えようと試みるも、なかなかうまくいかなかった。


 この街に来て以降、二人には返しきれないくらいの親切を受け取ってきた。今日はほんの少しでも、恩返しが出来るのではと思っていたのに──。


「わあ。紬さん、ハル。来たよ」

「え?」

「へ?」


 ごく自然に発せられた言葉と同時に、ふわりと香ばしい湯気が目の前いっぱいに舞い上がった。


「お待たせ致しました。パスタをご注文のお客さま」

「あ、すみません。全て取り分けさせて頂きますので、取り分け用のお皿を頂けますか」

「承知致しました。少々お待ちくださいませ」


 笑顔で答えた店員は、運んできた料理を慣れた様子でテーブルに広げていく。


 眩しいほどの白い器で顔を見せたのは、二種のパスタだ。

 ツブとグリーンアスパラと、ホタテのジェノベーゼ。どちらも港町ならではの海産品をいかしたもので、思わず目を惹いてしまう。

 同じく異彩を放っていたのは、黒皿の上でニンジンやブロッコリー、カリフラワーなどに囲まれるように現れたボール状のパンだ。

 その上部にフォークを差し込むと、湯気立つ熱々のチーズの香りが一気にあたりを優しく包み込む。


「わあ、このパン、チーズフォンデュになっているんですね」

「どれも美味しそうでしょう。実はこの店には何度か来たことがあるんだけど、一人だとなかなかここまで注文できなくてね。紬さんと一緒なら、シェアをしてちょうどよく食べきれるかなあって……あ。勝手にシェアするつもりでいたけれど、紬さん平気?」

「は、はい。私は全然平気です」


 接触密度でいうと、むしろ昨日の串団子のほうがよっぽど断りを入れるべきだったのでは……と考え、慌てて首を振る。再び昨日のように、頭の動かないポンコツになるわけにはいかない。


「紬さんがそんなに落ち込んでいるのは、それだけ一生懸命だからでしょう」


 店員から受け取った取り分け皿に各々メニューをよそっていると、穏やかな声がごく自然に耳を撫でた。


「紬さんの気持ちはちゃんとわかってるし、現にここまで来たことで、シマフクロウからの証言も得られた。無駄足でもないし、恥じる事なんて何もないよ」

「紫苑、さん」

「ここの料理は、温かいうちが一番美味しいんだ。午後も元気に動き回るためにも、まずは三人で腹ごしらえをしなくちゃね」

「っ……はい」


 熱いものがこみ上げそうになる。

 それを必死に堪えながら口に頬張ったチーズフォンデュ。労りの言葉に似た優しい味わいに、やはり紬は涙がにじみそうになった。



「とはいえ、これからどう動きましょうか」


 一刻が過ぎ食事もあらかた胃袋に収めた頃、紬はうーんと首を傾げていた。

 旧銀行建築が空振りだったことを考えると、迷子の小豆洗いの手がかりは、今いる場所から中央通り方面へ駆けていったという点のみになる。


「そうだね。せめて迷子になったのが数日前なら、ハルの鼻を使って追うこともできるんだけど」

「それができりゃ、最初から俺一人の活躍で終わってるっつーの」

「うーん……となると、迷子のお豆ちゃんはいったいどこへ……?」


 いったん情報を整理しようと、紬はそっと瞼を閉じた。


 浮かんできたのは、昨夜赴いた小豆爺さんの棲み家である妙見川周辺の、穏やかでありのままの自然に囲まれた風景。

 妙見川は下流に向かうとその名を変え於古発川となり、最後は小樽運河へ流れ着く。

 街をろくに知らない小豆洗いがどこかへ駆け出すにしても、まずは無意識のうちに水辺のほうへ向かうのではないだろうか。

 そこまで思考が行き着き、紬は鞄に入れていた自作の地図をテーブルに広げた。


「どうした? 何か気づいたことがあるのかよ?」


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