(12)
「い、いえそんな。こちらこそ初めまして。紬と申します。シマフクロウさん」
「ホーホー。どうやら知らぬ間に可愛らしい方が味方になっていたようだ。いい知らせだなあ。仲間にもそう伝えておこう」
「確かに紬さんは、可愛らしくて頑張り屋で素敵な方ですね。ありがとうございます」
「増えてるっ、褒め言葉がすごく増えてます紫苑さん……!」
熱い頬を感じながら指摘する紬に、紫苑とシマフクロウは揃って愉快げな笑みを漏らす。森の番人や知識の象徴としても名高いフクロウは、気高くて美しい紫苑とどこか似ているのかもしれない。
「はて。ほんの僅かだが、人ならざる者に聞こえる香りが漂っているなあ。香りのもとは、帯紐に付けられた匂い袋かな」
「わ。すごい。よくおわかりですね」
「ホーホー。ワタシもまた、小樽の街に棲まう人ならざる者の一人だからねえ」
シマフクロウの瞳には、まるで孫を見るような優しい光を宿されている。「それで?」
「せっかくこうして目覚めているんだ。おおかた、紫苑の生業に関連して街を練り歩いているといったところだろう。何かワタシに協力できることはないのかな」
「感謝します。実は一週間前辺りから、一匹の小豆洗いが行方知れずになっているんです。なにか手がかりになることがあれば教えてほしいのですが」
「ふうむ。小豆洗いが行方知れずにねえ……」
丸い瞳が、瞼でそっと伏せられる。しばらく凜とした沈黙が落ちたあと、突如としてパチッと大きな瞳が再び開かれた。
「そうだ。ちょうど一週間前に、ほんの小さな妖気がこの通りを駆けていくのを感じたなあ。今話を聞くまでは意識しないほどのごくごく弱い気配だったが、今思えば小豆洗いの発する波長ととてもよく似ていた」
「わあ、ありがとうございます! そんな前の出来事を、よく思い出されましたね……!」
「ホーホー、これでもワタシは、番人としてここに宿った身の上だからねえ」
どこか嬉しそうに翼を揺らすシマフクロウに、紬もまた笑顔になる。
その小さな妖気が迷子の小豆洗いのものだとすれば、これはようやく手に入れることのできた重要な手がかりだ。
「シマフクロウ殿。その気配はどちらへ向かったのか教えてくれますか」
「日銀通りに交差するこの細道を、於古発川のほうから中央通りに向かって真っ直ぐさ。どこまで駆けていったのか、どこの角を曲がったのかまではわからないがねえ」
「え……」
はっきりと示された手がかりに、紬と紫苑は無言で視線を交わす。
その方向はまさに今、三人で調査し終えたばかりの方向だった。
***
「振り出しに戻るってやつかあ?」
素直に落胆をはらんだハルの言葉に、紬も力なく頷いた。
日本銀行旧小樽支店でシマフクロウに手がかりを聞いたあと、紬たち三人は先ほども訪れていた旧北海道銀行本店──現在のワイン&カフェレストラン・小樽バインに腰を落ち着けていた。
先ほどの日本銀行旧小樽支店と同様、この建物もまるで西洋の城を思わせる上品さが漂っている。他の銀行建築に多い円柱がないのが逆に特徴的で、にもかかわらず漂う重厚な威厳はやはり在りし日の銀行の面影を落としていた。
そんな魅力いっぱいの建物内部に踏み込んだにもかかわらず、紬の表情が浮き上がることはなかった。
何せ自分の誤った考えが、紫苑とハルの二人を巻き込んでしまったのかもしれないのだ。
「紬さん」
優しくも凜とした呼びかけに、はっと息をのむ。
「お腹空いたでしょ。もう、メニューは決まったかな」
「あ、す、すみませんっ」
席に着いてからもメニュー表を広げぼうっとしていた紬に、紫苑はいつもの笑顔を向けていた。
「もし迷っているのなら、俺に任せてもらってもいい? 紬さんが喜びそうなメニューを選んであげるよ」
「……それじゃあ、お願いできますか」
嫌な顔ひとつせず頷いた紫苑は、店員を呼び止めるとすらすらとメニューを告げていく。
もしかしたら、他の女性とも以前来たことがあるのかな、そんな馬鹿な考えがふと頭を過り慌てて打ち消した。自己嫌悪する気持ちが曲がり曲がって、単なる八つ当たりになっている。本当、馬鹿だな、私。
「紫苑さん、ハル先輩。今日は私の早とちりのせいで、本当にすみませんでした」