(11)
「ええ? そうなのか?」
ハルの問いかけに、紬は自信なさげに頷く。
先ほどの旧安田銀行は、四本の柱が均等の距離で並んでいた。
対してこの旧第四十七銀行は、三つの柱間のうち中央がやや広く取られている。気がする。
「紬さんの指摘は正解だよ。柱間に変化を付けたり建物の細部に装飾を施すことで、建物にリズムを与えているんだろうね。それがもとで、さっき見た旧安田銀行とはまた違った、どこか愛嬌のある印象が生まれているんじゃないかな」
「うわあ、一言に銀行建築といっても、建物ごとに受ける印象が全然違うんですね……!」
つい声色を弾ませた紬は、改めて旧第四十七銀行小樽支店を見上げる。
その建物は以前は民間企業により利用されていたが、今は第四十七銀行小樽支店の看板が掲げられているものの扉は閉ざされている。
もしかしたらいつの日か、建物の内部も堪能できる日が来るだろうか。
思いを馳せる紬の横で、「何つーか……変わった女だな」というハルの声がため息とともに漏れた。
***
その後、三人は色内大通りをさらに南小樽方向へ進んでいった。
向かって左手に見えてきたのは、二〇一六年に小樽芸術村の一つとなった、旧三井銀行小樽支店。
続く交差点に集結する建物は、手前左角より現在は似鳥美術館として人を出迎える、旧北海道拓殖銀行小樽支店。
その奥角が、現在小樽運河ターミナルとして観光客の移動の足を整える、旧三菱銀行小樽支店。
その右角には、現在洋服工場が入る、旧第一銀行小樽支店。
交差点を右折して進んだ右手には、現在ワインカフェの小樽バインがある、旧北海道銀行本店だ。
「本当に、北のウォール街と呼ばれるだけありますね。旧銀行建物が、こんなにたくさんあるなんて」
それでも残念ながら、ここに至るまでに迷子の小豆洗いの手がかりは掴めていない。
ため息をつくのを堪えつつ迎えた交差点を斜めに向かうと、一際大きく存在感のある建物がお目見えした。
日本銀行旧小樽支店──平成十四年の支店廃止に至るまで地方経済の発展のために活躍した、歴史的にも重要な建物だ。
「ここは確か今、金融資料館として一般公開されているんですよね」
「そう。外観からもわかるとおり、他の旧銀行の建物とは一線を画してるね」
「確かに、今まで見てきた円柱が備わったブロック型の建物とは全然違いますね。銀行というよりは、まるでどこかの小国のお城みたいな……」
本来レンガ造りだが、壁の表面にモルタルを塗ることで石造りの雰囲気をまとっているこの建物。
見上げるとやはりとても大きいが、中央玄関に備えられた円柱は他の旧銀行建築と比べて小さく、銀行建築特有の堅苦しさはほとんど感じられない。
扉の上に突出したコーニス等の装飾も豊かで、最上部の屋根に造られた青銅色の小さなドームもとても可愛らしく魅力的だ。
「海側に、望楼のようなものもありますね。あそこから海を眺めたら気持ちよさそう」
「そうさなあ。ここから見る海は、何度見ても素晴らしいなあ」
「……へ?」
返ってきた言葉は、どう処理しても他二人の声とは違っていた。
慌てて辺りを見回すも、声の主とおぼしき人物は見当たらない。空耳じゃない。確かに聞こえた。少ししゃがれた、長い歴史の中を過ごしてきた老人の声が。
怪訝な表情のまま、尋ねるように再び紫苑のほうへ向き直る。するとその瞳は真っ直ぐ、日本銀行旧小樽支店の外壁へと向けられていることに気づいた。
外壁の一部に掘り起こされた箇所。胸を高く張った、鳥とおぼしき彫刻に。
「今はまだ昼間ですよ。眠りが浅かったんですか、シマフクロウ殿?」
「そうなんだ。最近は仲間内でもワタシだけ、昼夜逆転してしまっていてねえ」
柔らかく細められた紫苑の目もとには、相手への敬意が映っていた。
「紫苑さん……彫刻と、お話をして……?」
「おやおや。そちらのレディは、声は聞こえるけれどワタシを見るのは初めてのようだねえ」
ホー、ホー、と優しく囀る声は、聞き覚えがある。フクロウの鳴き声だ。
外壁の一部に掘り起こされた、シマフクロウのレリーフ。その一羽が、紬たちを見下ろし柔らかな笑みを浮かべていた。
「驚いたでしょう」落ち着きを払った口調で紫苑が告げる。
「もともとシマフクロウは、北海道の先住民アイヌ民族の守り神なんだ。彼以外にも、この建物の外壁に残り十七体、内壁に十二体のシマフクロウが刻まれている。日本銀行の夜の守り番とされていたんだね」
辺りを見てみれば、同様の彫刻が他にも外壁に施されている。しかし、丸い目を煌めかせ動いているのは対峙する彼のみだった。
「左様。お初にお目にかかりますなあ、美しいレディ」