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第七話 めちゃくちゃ饒舌なお母さんと小鳥遊さん



 土曜日。

 学校が休みでもあるこの日、僕は鵜飼さんと連れ立って、名古屋郊外にある小鳥遊さんの家に向かっていた。

 そして現在、電車に揺られながら鵜飼さんと同じ座席に腰かけているわけなのだけど。

「…………………………」

「…………………………」

 ご覧の通り、一切会話がない状態が続いていた。

 いや、鵜飼さんのいる町まで迎えに行った時はそれなりに会話というか、実にとりとめもない雑談をしていたのだけれども、途中でどちらからともなく話が途切れて、そのまま無言になってしまったのだ。

 まあ、待ち合わせ場所で会った当初もどこか気がそぞろというか、話をしていてもどこか上の空という感じだったけれど。

 きっと小鳥遊さんにどう謝ろうとそればかりに思考が埋まっていて、ぼくと談笑している余裕なんてないのだろう。

 その証拠と言うべきか、ギャルっぽい見た目とは裏腹に、今日はブラウンのニットワンピースという落ち着いた服装だった。

 いや、制服姿の鵜飼さんしか見たことがないから、意外と私服はシックな物が多いのかもしれないけど、今回に限っては謝罪の意味合いの方が強いに違いない。

 そんな鵜飼さんの横でぼくはなにをしているのかと言えば、話しかけられる雰囲気でもなかったので、ただ漫然と次々と流れていく窓からの景色を見るともなしに眺めていた。

 思っていたよりも重たい空気に、ぼくとしては早くも先行きが不安になってきたというか、心配で胃がキリキリしてきた……。

 ちなみに。

 小鳥遊さんに会える許可を貰ったとメッセージアプリで連絡した際、鵜飼さんの反応はというと、

《ウソ……まさか本当に会ってくれるなんて……。まさかとは思うけど、羽賀くんの冗談ってことはない? もしくはドッキリとか》

 という疑い深いものだった。

 それから何度もメッセージのやり取りをして、どうにか冗談でもドッキリでもないと信じてもらうことができたけれど、今にして思えば、あの時からずっと気が張っていたのかもしれない。

 せめて、今からでもなにかしらフォローができたらいいのだけれど、今はそっとしておいた方がいいのかな? きっと神経もピリピリしているだろうし……。

 なんて思いながら、時折鵜飼さんをチラ見していると、ふとした拍子に視線が合ってしまった。

「あ、ごめん。ちょっと鵜飼さんの様子が気になっちゃって……。気に障ったかな?」

 とっさにそう謝ると、鵜飼さんは首を横に振って、

「……心配してくれているのよね? さっきからずっと黙ったままだから……」

「あー。まあ……」

「あたしの方こそごめん。今から小鳥遊さんに会いに行くのかと思うと、どうしても緊張しちゃって……」

 やっぱりそうか。

 ぼくでも胃が痛くなるくらいだし、鵜飼さんなんてそれ以上の不安がのしかかっているに違いない。

「大丈夫? もしどうしてもダメそうなら、小鳥遊さんに断りの連絡を入れてもいいけど……」

「ううん。後回しにしていいようなことじゃないから。それに小鳥遊さんがあたしを家に招待してまで会ってくれるわけだし、今になって帰れないわよ」

「そ、そう? ならいいけど……」

「本音を言うと、今すぐ逃げたい気分だけどね」

 などと冗談っぽく微苦笑する鵜飼さん。

 きっと心配させまいと精いっぱいの冗談を言ったつもりだったのだろうけど、どう見ても笑みが強張っている鵜飼さんを前にして、ぼくはなにも言えなくなってしまった。

 そんなぼくを見て、うっかり真に受けてしまったと勘違いしてしまったのか、鵜飼さんは慌てて腰を浮かして、

「ち、違うからね!? さっきのはあくまでも心の中での話だから! 本当に逃げたりはしないから!」

「う、うん。そこはちゃんと信じているから安心して?」

 ぼくの言葉に「そ、そう」と応えたあと、鵜飼さんは再び腰を下ろした。

「あ。なんか羽賀くんと話している内に、少しだけ落ち着いてきたかも……」

「ほんと? だったら嬉しいなあ。今ごろ小鳥遊さんもすごく緊張しているだろうから、鵜飼さんだけでも落ち着いてくれるだけありがたいよ」

「え? 小鳥遊さんが?」

「うん。つい昨日の夜もメッセージのやり取りをしていたけど、ずっと不安がっていたよ。また鵜飼さんに不快な思いをさせたらどうしようって」

「そんな不快なんて……。逆にそれはあたしが心配することなのに……」

「それだけ小鳥遊さんも鵜飼さんのことを気にかけているってことだよ。そういう意味では、二人とも似た者同士かもね」

「に、似た者同士?」

「うん。小鳥遊さんも鵜飼さんも、すごく心配症で思いやりのある人っていう意味で。小鳥遊さんの場合は、ちょっと周りを気にし過ぎるところがあるけどね」

 ついでに言うと、かなり照れ屋でもあるけども。

 そう付け加えると、鵜飼さんは少し驚いたように眼を瞬かせた。

「羽賀くんって、本当に小鳥遊さんと仲がいいのね……。昨日も羽賀くんから色々聞かせてもらったけれど、小鳥遊さんって羽賀くん以外とはだれとも話さないんでしょ?」

「基本的にはね。ただ話すと言っても、近くに顔見知りの人がいない時だけだし、先生との個人面談の時はちゃんと喋っているみたいだけど」

「でも、クラスメートの中では羽賀くんだけなんでしょ? よくそんな子と仲良くなれたわね。いや、そうなっちゃったのは全部あたしのせいだと思うけど……土下座して許してくれるかどうかもわからないくらいだけれども……」

「そ、そこまで気に病まなくても……」

 隙あればすぐに自虐に走るな、鵜飼さんって……。

「それに小鳥遊さん、クラスメートたちの人気はすごく高い方だから。確か前にファンクラブもあるって聞いたことがあるくらいだし」

「ファンクラブって……。まるでアイドルみたいね……」

 アイドルというより、もはや宗教じみてきているけれど、それは念のため秘密ということにしておこう。

 これ以上、小鳥遊さんに対して変な印象を持たれたくないし。

「でもそれならなおさら、どうやって小鳥遊さんと友達になれたの?」

「まあ紆余曲折あって……。偶然が重なったおかげとも言うけれどね」

「そっか……」

 そう相槌を打ったあと、再び黙り込む鵜飼さん。また考え事でもしているのかな?

 たださっきまでと違って、いくらか顔色がマシになってきているので、今の会話だけでもちょっとは気が紛れたのかもしれない。だとしたら御の字だ。

 なんとなく一息ついたような気分で正面の窓から見える景色でも眺めようかと思ったら、いつしか目の前の座席で和気藹々としている人たちがいた。

 これからぼくたちみたいに名古屋駅へ向かおうとしているのか、みんなして旅行鞄を携えている。名古屋まで行けば新幹線も走っているし、ひょっとしたら名古屋駅を経由して遠出するつもりなのかもしない。

「ねえ、羽賀くん」

 と。

 なにげなく目の前にいる人たちをぼんやりと観察していると、不意に鵜飼さんが神妙な面持ちになってぼくに言った。

「どうして羽賀くんは、小鳥遊さんのためにそこまでするの?」

「どうしてって、もちろん友達だからだけど……」

「けど、まだ知り合って二、三週間程度でしょ? 年月の長さだけが友情の深さとは言わないけど、それでも友達になったばかりの子にここまでするなんて、あたしには考えられない。あたしだったら友達になったばかりの子のために、ここまでしようなんて思わないもの」

「……………………」

 その言葉に、ぼくは少しだけ黙して、

「……前に一度だけ、小鳥遊さんと一緒に名古屋を観光したことがあるんだけど」

 とおもむろに口を開いた。

「その時、小鳥遊さんがチャラ男たちに絡まれたことがあってさ」

「あー。小鳥遊さん、すごく美人だから、目を付けられちゃったのね……」

「うん。しかもたまたまぼくがコンビニに行って離れていた時を狙われてさ、小鳥遊さんが怖がってなにも言い返してこないのをいいことに、無理やりトイレの中に連れ込まれそうになっちゃって」

「え!? それって大丈夫だったの!?」

「まあ、大事になる前になんとか」

 本当にギリギリのタイミングだったけれど。

「けど思い返してもみれば、ぼくが離れる前の小鳥遊さん、心なしか少し不安そうにしていたんだよね。あれって今にしてみれば、不安というより一人になるのが寂しかったんじゃないかなって」

「一人になるのが寂しかった……?」

「うん。いつも一人でいることが多いからつい忘れがちになっちゃうけれど、小鳥遊さんって別に孤独が好きなわけじゃなくて、ただ人とどう接していいかわからないから、それで一人になっているだけなんだよね。というか友達になった今だからこそわかるけれど、どちらかというと小鳥遊さんは寂しがり屋な方なんじゃないかって思うんだ」

 その証拠に、ぼくと接している時の小鳥遊さんは毎回とても楽しそうにしているから。

「だから小鳥遊さんを一人にさせてしまった時、あとですごく後悔したよ。変な奴らに絡まれた件もそうだけど、どうして小鳥遊さんのことをもっと思いやってあげられなかったのかなって。トイレに行くわけでもないし、コンビニくらい一緒に行けばよかった。それでとりとめもないお喋りでもして、小鳥遊さんとの時間を楽しい思い出でいっぱいにすればよかったって」

 だから、こう思ったのだ。



 もう二度と、小鳥遊さんを悲しませるようなことは──彼女を一人ぼっちにさせるようなことはしたくないと。



 そう続けると、鵜飼さんはふっと口許を緩めて「優しいのね、羽賀くんは」と言った。

「あたしだったらそこまでできないと思うから。素直にすごいと思う」

 そこはかとなく憂いを感じさせる笑みを浮かべながら、言の葉を紡ぐ鵜飼さん。

 まるで自分は優しい人間じゃないとでも言いたげな鵜飼さんの心情が気になったけれど、あえて追及はせずに「そうかな?」と首を傾げた。

「そうよ。小鳥遊さんのこともそうだけど、今日だってわざわざあたしのいる町まで迎えに来てくれたじゃない? 羽賀くんにしてみれば他人でしかないのに、あたしにまで気を遣ってくれるなんて、普通の人なら絶対やらないはずだもの。だから羽賀くんはすごく優しい人なのよ」

「そんなことないよ」

 まさかここまで具体的に褒めてもらえるとは思わなかったので、ちょっと面映ゆい気分になりつつ、ぼくはすぐに否定する。

「鵜飼さんを迎えに行ったのは、途中で帰ってしまうかもしれないって懸念していただけだし、鵜飼さんのことを気にかけるのは、少しでも小鳥遊さんと話しやすい空気にさせるためにだよ。でないと、小鳥遊さんが接しづらくなっちゃうからね。それに……」

 と、ここから先は言おうか言うまいか逡巡していると、まるで先を促すように鵜飼さんがぼくをじっと見つめてきた。

 仕方がない。ちょっと恥ずかしいセリフだけど、思いきって言ってみようか。



「なんの取り柄もないぼくだけど、せめて友達の笑顔くらいは守りたい──ただ、それだけの話だよ」



 キザっぽいことを口にしたせいで顔が熱くなってきた。今ごろ鵜飼さんに白い目で見られているかも……。

 なんて思いながら横目で窺ってみると、予想外に鵜飼さんは穏やかに微笑んでいた。

 それまでの卑屈や憂いをまるで感じさせない、とても自然な笑顔で。

「やっぱり優しいね、羽賀くん」





「方向音痴だったのね、羽賀くん……」

 無事名古屋駅に到着し、それから鵜飼さんを連れて小鳥遊さんの家へ向かう最中のことだった。

 あらかじめ小鳥遊さんに書いてもらった地図を頼りに、とある住宅街を歩いていたのだけれど──

「地図を見ながら歩いていたから、特に疑問もなく道案内を任せていたけれど、まさかここで迷うなんて微塵も思わなかったわ……」

「うっ。め、面目次第もありません……」

「まして、あたしが代わりに道案内することになるなんて……」

「うう……重ね重ね申しわけありません……」

 地図片手に先導する鵜飼さんに、顔を手で覆いながら謝るぼく。

 ああ恥ずかしい! 小鳥遊さんの家に案内するつもりでここまで鵜飼さんを連れてきたのに、その途中で迷っちゃうなんて!

 いやでも言い訳をさせてもらえるならば、一度は下見に来たことがあるのだ。

 極度の方向音痴だというのは我ながら自覚していたから、当日迷わないようにと思って。

 けど来たのは小鳥遊さんの家の近くまでだったので、正直その先までは地図だけしかわからなかった。さすがに家の前まで行くのはどうかと思ったからだ。

 だけどその結果、こうして迷ってしまったあげく鵜飼さんに道案内させてしまっているのだから、本当に情けない……。

「まあ、おかげでだいぶ緊張がほぐれてきたけどね。……もしかして、全部羽賀くんの計算だったりする?」

「……ぼくが、そんな計算高い人間に見える?」

「うーん…………見えない、かな」

「だろうね」

 ていうか、こんな醜態を晒すような真似なんて普通にしたくない。

「そっかー。じゃあ本当に方向音痴なのね。なんだか、さっきまでカッコいいことを言っていたから、ちょっとギャップがすごいかも」

「うん。ぼくも自分の頭を叩いて記憶を抹消したいくらいだよ……」

 あれだけ教えを説くようなことを言っておきながら、この体たらくだし。記憶を抹消どころか、もはや自分ごと消してしまいたい……。

 なんて自己嫌悪に陥りながら、すっかり立場が逆転してしまった感のある鵜飼さんの後ろをトボトボと付いて行く。

 それからしばし歩いたあと、見覚えのある一軒家が視界に入ってきた。

 見覚えがあるというか、正確には小鳥遊さんに一度見せてもらった写真と似ているというだけで、実物を前にするのはこれが初めてだったりするけれど。

 でもこうして見る限り、あそこで間違いなさそうだった。

「鵜飼さん、たぶんあれだと思う」

「あれ……?」

 ぼくが指差した一軒家を見て、鵜飼さんも同じ方向へ視線を向ける。

「あそこが、小鳥遊さんの家……」

「たぶんね。ぼくも来るのは初めてだから断定はできないけど」

 とりあえず、一度行ってみようか。

 そう言って二人して一緒に表札の前まで来てみると、そこには確かに『小鳥遊』と書かれてあった。

 さすがは名古屋の一等地──こうやって間近で見てみると、豪邸は言い過ぎだとしてもすごく立派なのがわかる。

 駐車場、庭付きの二階建て。外観はモダンな感じで、シンプルながらもスタイリッシュな窓が設置してあり、ところどころデザインにこだわっているのが見て取れる。

 写真を見せてもらった時も思ったことではあるけれど、とてもオシャレというか、実に小鳥遊さんのイメージにぴったりな邸宅だった。マンション住まいのぼくとしては素直に羨ましい。

「うん。やっぱりここで合っているみたい」

「そ、そう……」

 ぼくの言葉に、鵜飼さんは心ここにあらずと言った風に相槌を打ったあと、その場で立ちつくしてしまった。

 見ると、襟元を掴んでいる手がぶるぶると震えている。どうやらここに来て、緊張がぶり返してしまったらしい。

「……大丈夫? いったんここから離れてみる?」

「だ、大丈夫……」

 全然大丈夫なさそうな顔色で頷く鵜飼さん。

 本人はこう言っているけれど、さすがにこんな状態の鵜飼さんを小鳥遊さんに会わせるわけにも……。

 なんて思っていると、鵜飼さんは再度「大丈夫」と繰り返して、

「心配させちゃってごめんね……? 自分でも覚悟を決めてここまで来たつもりだったのに、いざ小鳥遊さんの家を前にして怖気づいちゃって……」

「いや、別に責めているわけじゃないから安心して。鵜飼さんの気持ちが落ち着いてからで全然いいし、ぼくも急かしたりはしないからさ」

「うん。本当にごめんね……」

「そんなに謝らなくていいよ。別にぼく個人に対してなにかしたわけでもないし」

 それ以前に、あんまり弱々しい姿で何度も謝られると、こっちが悪いことをしているような気分になるので、そろそろご遠慮願いたいところだ。でないと、ご近所さんに変な目で見られかねない。

「ていうか、ぼくもめちゃくちゃ緊張しているから、人のこと言えないし」

「え? 羽賀くんも? どうして?」

「どうしてって……。それは……」

「それは?」

「………………お、女の子の家にお呼ばれするのはこれが初めてで、内心すごく狼狽えていると言いますか……」

「え、初めてだったの?」

「イ、イエス……」

 思いっきり目を逸らしながら首肯すると、鵜飼さんに「ぷっ!」と噴き出されてしまった。

「あははっ。ごめんね、つい笑っちゃって」

「いや、まあいいけど……」

 言葉通り腹を抱えながら笑う鵜飼さんに、ぼくはなんとも言えない気分になりつつ、語を紡ぐ。

「……そんなに変かな? 高校生になって初めて女の子の家に行くのって」

「ううん、別に変じゃないと思うよ。ただ、なんでもないようなことをすごく深刻そうに言うから、それがちょっと可笑しくって……」

「なんでもないって言うけれど、男にしてみれば割と重要な案件だよ……?」

 特に、ぼくみたいな女子に縁のない男にとっては。

「まあ鵜飼さんからしてみたら、どうってことのない話かもしれないけどさ。男友達多そうだし」

「え? あたし、そんな風に見える?」

「すごく見える。今日はそうでもないけど、制服を着ていた時の鵜飼さんはいかにもギャルギャルしい感じだったし」

「う~ん。あたし、そこまでギャルっぽくはないと思うけどなー。あたしみたいな子なんて、うちの学校だと割とありふれている方よ?」

「あ、ありふれている方……」

 つまり鵜飼さんが通う学校には、そこら中にギャルがいるってことなのか……。

「それはなんというか、ぼくにはとても居られそうにない環境だよ……。いやぼくの学校にもギャルっぽい子はいあるけど、クラスに二、三人程度だし……」

「苦手なの? ギャルっぽい子が」

「苦手っていうか、文化が違うかな」

「文化って! あははは!」

 なぜだか、また笑われてしまった。

「ふふっ。ほんと羽賀くんって、見た目はすごく平凡なのに、話してみると意外と天然っていうか、ちょっと抜けているところがあるわよね」

「えっ。ぼく、そんなバカっぽい?」

「そこまでは言わないけれど、無防備っていうのかな──こうして話していると、小鳥遊さんが羽賀くんに心を許したのも、なんとなくわかったような気がするわ」

「? 心を許した理由って?」

 そう訊き返すと、鵜飼さんは頬に指を当てて、

「羽賀くん自身に思い当たるところはないの? さっき偶然が重なったおかげで小鳥遊さんと仲良くなれたって言っていたけど、あたしにはそれだけの理由で気を許したわけじゃないように思うのよね」

「思い当たるところって言われても、特にはないかなー。ただ一緒にお弁当を食べたり、からあげの話をしたり、からあげの雑学を聞いたりとか。あ、この間は小鳥遊さんと一緒に色んなからあげを食べ歩いたりしたかな。ほんと、それくらいだよ?」

「……。そういうところだと思うよ。小鳥遊さんが羽賀くんに心を許したのって」

 えっ。結局どういうところ???

「まあ強いて言うなら、羽賀くんのそういう純朴なところとか……かな?」

「それはどうも……って言っていいのかな?」

 あんまり褒められているような気はしないけど。

「ううん。お礼を言いたいのはむしろこっちの方。羽賀くんのおかげでだいぶ落ち着いてきたから」

「これで緊張をほぐしてもらうのは二度目ね」と相好を崩す鵜飼さんに、ぼくはかぶりを振って、

「いや、ぼくはただ普通に話していただけだから。でも、お役に立てたのならなによりだよ」

「うん。今なら小鳥遊さんに会える気がする」

 言って、まっすぐ力強い眼差しで見つめてくる鵜飼さん。

 そんな鵜飼さんに「わかった」とぼくも頷いて、インターホンに指をかけた。

「じゃあ、今からインターホンを押してみるね」

「うん。お願い」

 鵜飼さんの返事を確認したのち、ぼくはおそるおそるインターホンを押した。

 ピンポーンというテンプレートな玄関チャイム。それからしばらくして、ごそごそという受話器を取るような音がスピーカー部分から聞こえてきた。

 ややあって。

「はい。どちらさまですか?」

 スピーカー越しから聞こえる、小鳥遊さんよりも若干落ち着いた声音。小鳥遊さんのお姉さんとかだろうか?

「えっと、ぼく、小鳥遊さんと同じクラスメートで、友達でもある羽賀です」

 ドキドキしながらそう言うと、スピーカーから「少々お待ちください」と返答があったあと、玄関のドアがガチャと開かれた。

 そして──



「いらっしゃ~い。エリィから話は聞いとるよ~」



 と。

 ドアが開かれたと同時に現れたその女性は、人懐っこい笑みと共に門へと向かってきた。

 ショートボブの銀髪に、宝石のような碧眼。背丈は小鳥遊さんと変わらない程度で、ネックセーターにロングスカートという体のラインが出にくい服装からでも、抜群にスタイルがいいというか、明らかに小鳥遊さんよりもグラマラスなのがわかる。

 年齢は二十代後半と言った感じで、雰囲気は柔和そう。けれど立ち姿が凛としているので、とても芯の強そうな女性にも見えた。

 そんなまさに小鳥遊さんを大人にして髪を短くしたような人が、今ぼくの目の前に立って門を開けようとしていた。

「そっちの男の子が羽賀くんで、後ろにいる女の子が鵜飼さんやね?」

「あ、はい。羽賀です」

「う、鵜飼です」

「やっぱり~。話に聞いとった通りやわ~。特に羽賀くんはめっちゃイメージ通り! エリィが気に入るのもわかるわ~」

「は、はあ……」

 生返事で応えるぼく。小鳥遊さんと同じような顔で陽気に接してくるものだから、つい圧倒されてしまうものがある。

「あ、そういえば自己紹介がまだやったね」

 と、未だ困惑から抜け切っていない状態のぼくたちに、小鳥遊さん似の女性はにこりと微笑んでこう言った。

「うち、エリィの母親で小鳥遊アナスタシアって言います。よろしく~」

「「お、お母さん!?」」

 思わず鵜飼さんと共に驚愕の声を上げるぼく。

「ぼく、てっきりお姉さんの方かと……」

「うん。あたしも……」

「ほんと? 嬉しいわ~。うちもまだまだいけるってことやね~」

 小鳥遊さんそっくりの女性──もといアナスタシアさんは、言葉通り嬉しそうに破顔して体をくねらせた。

 この人が、小鳥遊さんのお母さん……正直、ちょっと意外だ。

 イメージではもっと小鳥遊さんに似て奥ゆかしい人なのかなって勝手に思っていたけれど、まさかこんなにも明るいタイプだったなんて。

 ああでも、小鳥遊さんと同じで伊勢弁(?)だし、笑った時に瞳がキラキラするところもそっくりではある。

 あるいは小鳥遊さんも、過去のトラウマさえなければアナスタシアさんみたいになっていたのかもしれない。幼い頃は普通に明るかったみたいだし。



「それにしてもあの子、ほんとに友達がおったんやね~。いやエリィってば中学生くらいになってから全然学校の話をせんようになってもうたから、ちょっと心配しとったんよ。小学生の頃はしょっちゅう友達の家に行ったりしとったのに、いつからか部屋に籠ることが多くなってしもうてな~。たまに外出したかと思えば近所の本屋さんに行くか、雑誌やネットの記事に載っとるからあげ屋さんに行くくらいやったし。それがこの間から急にからあげ友達ができたって、それはもう嬉しそうに話しとってな。どんな子なんやろうとか、ほんとは無理して友達ができたなんて嘘ついとるんちゃうやろかって不安やったんやけど、羽賀くんを一目見て安心したわ~。うん。これは絶対に悪いことができるような子とちゃうね。あ、別に羽賀くんを疑ってたわけやないに? ただエリィって世間知らずなところがあるから大丈夫なんやろかって思うてただけなんよ。あの子、ちょっと鈍くさいところがあるやろ? 素直な優しい子に育ってくれたんは嬉しいけど、親としては色々と心配になるやん? ちゃんと学校におる子たちとうまくやっとるんかなって。それでエリィって、学校やとどんな感じなん? 羽賀くんに迷惑かけたりしてへん?」



「えっ。あ、え……?」

 のべつまくなしに長広舌を振るうアナスタシアさんに、頭の処理が追い付かず当惑するぼく。

 このひっきりなしにまくしたてる喋り方──まるでからあげの話をしている時の小鳥遊さんそのものだ!

 いや、どちらかというとアナスタシアさんの方が行間なく矢継ぎ早に喋っているような気がする。

 そうか。小鳥遊さんのあの饒舌って、親譲りだったのか……。

 あ、でも小鳥遊さんの場合はからあげ限定だけど、アナスタシアさんは素でいつもこれなのかも? だとしたら、とても賑やかな家庭なんだろうなあ。

 などと唖然とするあまり、思考があさっての方向に行きかけていたぼくに、アナスタシアはハッとした顔で手を打って、

「あ、ごめんね~。いつまでも門の前で長々と立たせてもうて~。今日はちょっと肌寒いから、体も冷えてもうたやろ? けど安心してな。ちゃんと暖房入っとるから。すぐに温かいお茶も入れたるから、遠慮せんといてな。ほら、鵜飼さんもいつまでも羽賀くんの後ろでもじもじせんと、はよ入り。エリィからなんとなく事情は聞いとるけど、別に取って食ったりはせんから。うち好みのイケメンやったら取って食っとったかもしれんけど。あ、これ冗談やに? 本気にしたらあかんよ? 半分は本当やけど。って半分は本当なんかーいってセルフツッコミしてもうたわ。あははははは!」

 …………………………。

 なんていうか、うん。



 さっきからめちゃくちゃ喋るな、この人!



 常時テンションが突き抜けているというか、むしろ天元突破しているというか──見た目は親子なだけあって娘である小鳥遊さんそっくりだけど、性格はまるで真逆だ。そのせいもあってか、妙な感覚に陥ってしまう。

 まるで左右対称と銘打ったアシンメトリーを前にしているかのような、そういうちぐはぐした感じとも言うべきか。

 小鳥遊さんそっくりな顔で明朗快活に接してくるものだから、なおさら戸惑ってしまう自分がいた。

そもそも、こういうテンションの高い人とさほど絡んだ経験がないので、対応の仕方がわからないというのもあるけれど。

 そんな底抜けに明るいアナスタシアさんに招かれるまま、鵜飼さんと一緒に門を通り抜けて小鳥遊さんの家へと入る。

 その間にもアナスタシアさんのマシンガントークは止むことなく、終始苦笑を浮かべながら「はあ」とか「へえ」といった感じで曖昧に相槌を打つぼく。

 翻って鵜飼さんはいうと、いよいよ小鳥遊さんとの対面が近付いていることもあってか、最初こそアナスタシアさんのハイテンションに呑まれて呆然としていたものの、今は険しい顔付きに戻ってしまっている。

 うーん。やっぱりそんな簡単に緊張なんて解けるものじゃないか。しょうがないと言えば、しょうがなくはあるけども。

 ただ、さっきまでとは違い──

「そういえば鵜飼さん、椿が丘高校に通ってるんやって? あそこ、農業や畜産にも力入れとるから、朝早く起きることもあって大変やろ~」

「はい。でもあたしは生活系の学科なので、そういうのはたまに実習でやるくらいですけれど……」

 といった具合に、少々強張った笑顔ながらもアナスタシアさんの質問にもちゃんと受け答えはできているので、思っていたより心配するほどでもないのかな?

 などと鵜飼さんの様子を気にしつつ広い廊下を歩いていると、アナスタシアさんが奥にあるドアの前でふと立ち止まった。

「エリィはこの部屋におるから。さあ、入って入って~」

 と笑顔で促してくるアナスタシアさんに、ぼくと鵜飼さんは横並びの状態で互いの顔を見合わせた。

「えっと、開けて大丈夫?」

 念のため一度訊ねてみると、鵜飼さんは息をすっと吸い込んだまま硬直したのち、

「う、うん……」

 と厳粛な面持ちで頷いた。

 了承を得たので、心持ちドキドキしながらも思いきってドアを開けてみる。

 先行して中に入ってみると、木目調のダイニングとキッチンが横並びになっており、外観と違って内装はほっと安心できるような温かい雰囲気が広がっていた。

 そしてダイニングの中央──ぼくから見て右手側にあるテーブルの前で、小鳥遊さんが見るからに緊張した表情で立っていた。

 今日の小鳥遊さんの装いは、以前にからあげ巡りをした時と少々違い、白のブラウスにチェック柄のスカートという清楚なものだった。

 柔らかを意識したような服装になっているのは、たぶん鵜飼さんに少しでも落ち着いてもらうためのだろうけど、当の本人はいうと、小鳥遊さんを一目見た瞬間にドアの前で立ち竦んでいた。

 対する小鳥遊さんも、最初こそ鵜飼さんを前にして狼狽えるように忙しなく首の向きをあちこち変えていたものの、やがてテーブルに置いてあってスマホを手に取って、

『こんにちは』

 と挨拶してくれた。

 よほど勇気を振り絞ったのだろう、震えた手でスマホを握りながら。

 そんな小鳥遊さんに、ぼくも今さらながら「こんにちは、小鳥遊さん」と努めて笑顔で返すと、後ろにいた鵜飼さんもおずおずと中に入りながら、

「こ、こんにちは……」

 と囁くような声で口を開いた。

 うん。だいぶぎこちないないけれど、とりあえず第一関門は突破と言った感じかな。

 さて。

 正直問題はここからというか、正念場といった感じなのだけれど、いきなり二人で会話を進めるのは難しいだろうし、ここはぼくが仲介役を務めるとしよう。

「小鳥遊さん、今日は招待してくれてありがとう。とても素敵な家だね」

 ひとまず社交辞令(普通に本音だけど)を口にしてみると、小鳥遊さんはぼくの顔を見て若干安堵したように呼気をついて、

『こちらこそ、今日は来てくださって本当にありがとうございます。それに素敵な家とまで言っていただけて、素直に嬉しいです』

 と少し照れたように頬を赤らめながらスマホで返事をする小鳥遊さん。

 よかった。さっきと比べて表情筋が若干緩んでいる。どうやらぼくとだけは普通にやり取りができるようだ。

 一方の鵜飼さんというと、先ほどからスマホを使って会話する小鳥遊さんを見て、複雑そうな面持ちをしていた。

 ここへ来る前に、スマホがないと円滑にコミュニケーションが取れないことは事前に話してあるけれど、実際に小鳥遊さんがスマホの文章機能で受け答えする姿を見て、自責の念に駆られているのかもしれない。

 現に、ぼくがこれまでの小鳥遊さんの様子を話していた時も「それもスマホで答えているの?」と何度も気にしていたくらいなので、きっと自分のせいでそういう風になってしまったと罪悪感を抱いているのだろう。

 そのせいもあってか、未だ二人して気まずそうに視線を逸らしたまま、挨拶以外の話をする気配は全然見られない。

 それこそ、このままだと沈黙だけで終わってしまいそうなくらいに。

 仕方がない。今度は二人に話題を振ってみるとするか。

「小鳥遊さんも鵜飼さんも、こうして直接話をするのは小学校以来だよね? ある意味プチ同窓会みたいなものだと思うけど、二人とも、久しぶりに会ってみてどう?」

 ぼくの質問に、戸惑いの表情を浮かべたまま互いに見つめ合う小鳥遊さんと鵜飼さん。

 しばらくして、最初に口を開いたのは鵜飼さんの方だった。

「どうって言われても……。今の小鳥遊さんを見るのは、この間ばったり会ってからのを含めるとこれで二度目になるけど、相変わらず綺麗っていうか、むしろ小学生の時よりも磨きがかかっているというか……」

 訥々と歯切れ悪く話す鵜飼さんに、小鳥遊さんもおもむろにスマホを操作して、

『あ、ありがとうございます。鵜飼さんもすごく魅力的に成長されていたので、私も最初に見た時は驚きました』

「そんな、私なんて小鳥遊さんと比べたら……」

『いえいえ。私の方こそ……』

「………………」

「………………」

 そして、再びの静寂。

 ううむ。予想はしていたけど、やっぱりまだダメか。

 あんまりぼくばかり話しかけても仕方がないのだけれど、どっちにしても空気が重たくなってしまったら元も子もない。

 なんて思っていたら、それまで口出しすることなくぼくたちの会話を聞いていたアナスタシアさんが、ふと思い出したように前に出てきた。

「んもう。エリィったらいつまでお客さんを立たせたままでおるの。もじもじ黙っとらんで、まずは先に座ってもらいー」

 というアナスタシアさんの叱声に、あわあわとしながら律儀にも二人分の椅子を引いて手のひらを出す小鳥遊さん。

 そんな感じで着席を促す小鳥遊さんに「じゃあ失礼します」と一言断ってから椅子に座ると、鵜飼さんもつられるようにぼくの隣に腰を下ろした。

「じゃあ、うちは今からお茶入れてくるから。エリィは友達の相手でもしとり」

 そう言ってキッチンの方へ向かうアナスタシアさんにこくりと頷いたあと、小鳥遊さんもぼくたちの目の前にある椅子に座って、ほうと一息ついた。

 しかしこうして改めて見ると、見た目はだけは母親であるアナスタシアさんとそっくりだ。

 むろん、年齢差や身長差もあるから、さすがに瓜二つとまでは言わないけど、二人で並んで歩いていたらとても親子には見えない。なにも知らずに姉妹だと言われたらそのまま鵜呑みにしてしまいそうだ。

 などと考え込んでいる内にも、また会話が止まってしまっていた。

 おっといけない。意図的なのかどうかはわからないけれど、せっかくアナスタシアさんが落ち着いて話せる空気を作ってくれたのに、このままでは水泡に帰してしまう。

「えっと、アナスタシアさんだっけ? すごく明るい人だよね」

 再びぼくから話題を振ってみると、小鳥遊さんは少し恥ずかしそうに頬を紅潮させながら、

『昔から喋り出すと止まらない人なので……。よく父も口だけ暴走機関車みたいな人だと苦笑いしているくらいです』

 とスマホで返してくれた。

「へー。なんか笑いに溢れた家庭って感じでいいね」

『そうですね。笑顔が絶えないというか、母がいるだけで場がとても明るくなるので、落ち込んでいる時などはすごく助かりますね』

「そうなんだ。ぼくの家は両親が共働きでいつも夜遅く帰ってくるから、ちょっと羨ましいなあ。ちなみに、鵜飼さんの方は?」

「えっ」

 まさか自分に水を向けられるとは思わなかったのか、鵜飼さんは驚いたように瞠目して横にいるぼくに顔を向けた。

「あ、あたし?」

「うん。鵜飼さんの両親はどんな感じなのかなって」

「どんなって言われても……ごく普通のどこにでもいる親よ?」

「そっかー。じゃあアナスタシアさんのキャラが特別濃いだけなのかな?」

『お、お恥ずかしいかぎりです……』

「あ、いや、別に変だって言っているわけじゃないから! ご、誤解しないでね?」

『そ、そうですか。それならいいのですが……』

 あー、ヒヤっとした~。

 ぼくの不用意な発言で、危うく小鳥遊さんに嫌な思いをさせるところだった。

「さっきからうちの名前が聞こえてくるけど、一体なんの話なん?」

 と。

 お茶の準備ができたのか、アナスタシアさんがお盆に湯呑みを載せて、ぼくたちのいるテーブルまで歩んできた。

「あ、ひょっとしてうちのこと綺麗とかそういう話してたん? なんや照れるわ~。前々から言われ慣れとるけど、娘の友達にまで褒めてもらえるなんてめっちゃ照れるわ~。うちもまだまだ若いってことやな。そうや。若いって言えば、前に旦那と二人で買い物しとる時に『親子ですか?』って店員さんに言われたことがあってな。その時はもちろん否定したけど、旦那の方が落ち込んでしもうてな~。なんや笑ってしもうたわ~。あ、別に旦那が老けとるわけやないんやに? たぶんうちがあまりにも若々しいから店員さんが勘違いしてもうたんやろなあ。あれやな、今度はエリィの制服でも借りて旦那と街中を歩いてみたろうかな。なんて冗談やから、本気にせんといてな~。さすがのうちも高校の制服を着る勇気はないわ~。わははははっ!」

 などと相変わらずのマシンガントークを無作為に放ちながら、屈託ない笑顔で湯呑みをぼくたちの前へと置いていくアナスタシアさん。

 そんなアナスタシアさんに微苦笑しつつ「ありがとうございます」と礼を言ってから湯呑みを取る。

 湯呑み越しにほんのりと感じる温もり。外が割と冷えていたので、手のひらに伝わるこの温かみが大変ありがたい。

 ふと横目で隣の鵜飼さんを窺ってみると、彼女も同じことを考えていたのか、湯呑みを両手で包みながら口許を綻ばせていた。

 一方の小鳥遊さんはいうと、ぼくたちと違って茹で上がったように顔を真っ赤にさせて俯いていた。

 母親であるアナスタシアさんからあんな話を聞かされたら、そりゃ恥ずかしがるのも無理はないか……。

「それじゃあ、うちは二階に行っとるから。なんかあったらまた呼んで」

 湯呑みを置き終えたあと、お盆を抱えながらアナスタシアさんが言った。

 てっきりこのままぼくたちの話に混ざってくるのかと思いきや、そのつもりは毛頭ないらしい。

 というぼくの視線に心中まで読み取ったのかどうかは定かではないけれど、アナスタシアさんは茶目っ気たっぷりにウインクしてみせて、

「ほら、久しぶりにあった同級生との会話に親が水を差すのもよくないやろ? お邪魔虫はここでおとなしく退散しておくわ~」

 などと妙に年寄り臭いことを言いながら、アナスタシアさんはお盆を戻しにいったんキッチンへ向かったあと、再びぼくたちのそばを経由してドアへと歩む。

 そしてそのまま出ていくのかと思ったら、アナスタシアさんはふと思い立ったようにドアの前で立ち止まった。

「あ、そうそう。二階に行く前にこれだけはみんなに言うとくに」

 その言葉に、それまで恥ずかしそうにしていた小鳥遊さんが顔を上げて、はてなと小首を傾げた。

 それに倣うように、ぼくと鵜飼さんもアナスタシアさんの言葉に黙って耳を傾ける。



「伝えたいことがあるなら、ちゃんと口に出さんといかんよ。態度だけで伝わるほど、人間は簡単やないんやから」



 と、意味深なことを言い残して。

 アナスタシアさんは鼻歌混じりに退出していった。



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