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第三話 コンビニからあげと小鳥遊さん



 小鳥遊さんとからあげ友達になってから二週間近くが過ぎた、とある日曜日。

 ぼくは名古屋駅の太閤口前にある噴水広場にて、とある人を待っていた。

「小鳥遊さんは……もうすぐかな」

 スマホで時間を確認しつつ、待ち人もとい小鳥遊さんの姿を探す。

 少し前にメッセージアプリで《もうじきそちらに着きます》と連絡してくれたので、そろそろだと思うけれど。

「う~ん。まだどこにも見当たらないな……」

 名古屋駅にある「ゆりの噴水広場」というところで待ち合わせしようという話だったけれど、こんなことなら移動手段くらい事前に聞いておけばよかったかもしれない。

 ちなみにぼくはバスに乗ってここまで来たのだけれど、極度の方向音痴である自分が初めての土地で迷うことなく目的地に着ける自信なんて一切なかったので、前日までに何度も下見(当然のように迷った)したおかげもあってか、待ち合わせの時間よりも三十分早く到着することができた。

 で、到着した時にはまだ小鳥遊さんの姿はなく、以前連絡先を交換したメッセージアプリで《到着しました》と送ってみると、数分もしない内に《私も今、そちらに向かっている最中です》という返信が届いたので、こうして時折スマホをいじりながら一人で時間を潰していた。

 ところでこの「ゆりの噴水広場」という場所なのだけれど、文字通り白い百合をモチーフにした巨大なオブジェが目立つからなのか、どうにも待ち合わせ場所でよく使われるところみたいで、多くの人で賑わっている。中にはカップルもそれなりにいたりして、何度か目の前を通り過ぎるたびに胸がドキドキしてしまった。

 なぜなら今日は、ぼくにとってもある意味デートと言えるかもしれないのだから。

 そんなわけで、さっきから落ち着かないというか、終始そわそわしながら小鳥遊さんの到着を今か今かと待っているわけではあるのだけれど、そもそもどうしてこんな風に待ち合わせすることになったのかというと、話は数日前の木曜日まで遡る──





「へー。小鳥遊さんって、休日は本を読むことの方が多いんだねー」

 場所は特別校舎にある閑散とした空き教室。

 そこでぼくと小鳥遊さんは、今日も今日とて向かい合わせに机を並べながら昼食を取っていた。

「ちょっと意外かも。てっきり休日はからあげを食べ歩きに行ったり、もしくはからあげを作っていたりするのかなって思っていたけど、そうでもないんだね」

『もちろんそれもありますが、食べ歩くにしても下調べは必須ですし、からあげを作るにしてもアレンジ以外はどうしてもレシピが必要となってしまいますので、そういった情報を集めるためにグルメ雑誌などを購入していると、自然とそちらに時間を使うことの方が多くなってしまうんです』

 と、ぼくの感想にいったん箸を置いて、律儀にスマホの文章で応えてくれる小鳥遊さん。

 そしてその目の前にあるお弁当には、当然のごとくからあげが他のおかずよりも多めに入っていた。

 ちなみに今日のからあげは下味に梅肉を使われており、微かな梅の酸味と油っぽさであっさり仕上がっている上、肉もすごく柔らかくて本当に美味だった。

 補足しておくと、今回のからあげは小鳥遊さん手ずから作ったそうで、他にもこんなことを熱く語っていた。



「めっちゃ美味しいやろ!? それ、うちが小学生の時に初めて食べた味で、すごくお気に入りなんよ!

 梅肉が染み込んでいるから、さっぱりした味わいになっとるのもポイントやけど、梅干しや酸っぱいのが苦手な人でも油っぽさが合わさって美味しく食べられるから、小さい子にも好評なんよ!

 それと梅のおかげで肉が柔らかくなっとるし、冷えても味は落ちんから、特に夏場の汗を掻きやすい季節にオススメなんやに!」



 で、このあとお約束のようにハッとした顔で頬を赤らめていたのだけれど、からあげはもちろん、小鳥遊さんの可愛らしさも相まって、最高としか言い様のない時間だった。

 ていうか、小鳥遊さんとからあげ友達になってからというもの、毎日のようにからあげを頂いているけれど、本当にいいのかな?

 毎回購買部でパンばかり食べている身としては、こうして小鳥遊さんの多種多様なからあげを頂くのは非常にありがたくはあるけれども。

 いや、さすがに友達とは言ってもこうして何度もからあげをもらうのもどうなのかと思って、前に一度それとなく確認したことくらいはあるのだ。

 けれど、その時の小鳥遊さんは至って気にしていない様子で、

『羽賀くんは大事なからあげ友達ですし、それにこうして美味しく食べてくれるのはとても嬉しいので、私は一向に構いませんよ』

 と笑顔で応えてくれたけれど、購買部通いでおかず交換すらしてあげられない身としては、素直には喜べないものがあった。

 なので、いつかなにかしらの形で返せたらと思ってはいるのだけれど、今のところ良案が思い浮かぶ気配は全然まったくない。

 我ながら、実に情けない話だ。

 それならいっそ行かなければいいじゃないかと突っ込まれそうではあるけれど、お昼休みの間、小鳥遊さんをこの薄気味悪い教室に一人で置いておくのも忍びないというか、友達として放っておけるはずもなく。

 そもそも、転校したばかりでまだそこまで交友関係があるわけじゃないし、別段小鳥遊さんと毎日お昼を共にしたところで、さしたる問題は現状一切ない。上坂くんを始め、話し友達と言えるくらいのクラスメートなら何人かいるし。

 とはいえ、さすがに小鳥遊さんとの関係は秘密のままにしてあるけれど。

 もしもこのことを他のだれかに話そうものなら、どんな憂き目に遭うか、わかったものじゃないからだ。

 実際、とある男子生徒が気安い調子で小鳥遊さんの肩に触れただけで、のちに集団で制裁を加えられたという逸話を小耳に挟んだことがあるくらいに。

 色々な意味で、この学校やばすぎる……。

 まあ小鳥遊さん自身も『今はまだ、この空き教室以外で羽賀君と話せる自信はないので、他の場所ではこれまで通り他人の振りをしてくれるとありがたいです……』と秘密にしてもらいたがっていたようなので、ぼくから漏らす気なんて微塵もないけれど。

『あとは読書以外にも、ネットでからあげの情報を調べることもよくありますね。自分用のタブレットを持ってはいますけれど、今の時代はスマホでいつでもどこでも好きな時に調べものができるので、すごく便利で助かっています。もっとも私のスマホなんて連絡先が両親以外に全然ないので、せいぜいネットくらいしか使い道がないのですが……』

 なかなかに悲しいことを綴る小鳥遊さんだった。

「いやでも、スマホの使い道なんて案外そんなものじゃないかな? ぼくもどちらかというと通話やメッセージアプリよりもゲームをしていることの方が多いし」

『そう、なのでしょうか……?』

「うん。それにさ、これを機に連絡先を増やすというのもひとつの手だと思うよ。たとえば、ぼ、ぼくとか……?」

 なんて遠回しに連絡先を訊ねるぼくに、小鳥遊さんは恥ずかしそうに身をよじらせて、

『私と、ですか? 私なんかで本当にいいのでしょうか?』

「もちろん。むしろ小鳥遊さんと連絡先を交換できるなんて、夢のようだよ」

 そう応えると、小鳥遊さんはパアっと瞳を輝かせた。

『私も、友達と連絡先を交換できるなんて思わなかったので、とても嬉しいです!』

「そ、そう? じゃあ、さっそく交換してみようか?」

 ぼくの問いかけにこくこくと頷いたあと、無言でスマホを差し出す小鳥遊さん。

 そんな小鳥遊さんに、ぼくもポケットからスマホを取り出して、お互いメッセージアプリを開きながら連絡先交換を試みる。

 やがてマナーモードにしてあるスマホが手の中で震えたあと、ちゃんと小鳥遊さんの連絡先が届いているかどうかをさっそく確認してみると、そこにはからあげのイラストアイコンと共に、小鳥遊さんの名前がはっきり記されていた。

「──よっしゃ」

「?」

「あ、いや、なんでもない! 気にしないで!」

 不思議そうに両目をぱちくりする小鳥遊さんに、慌ててガッツポーズをやめて両手を横に振るぼく。

 いけない。嬉しさのあまり、つい態度に出してしまった。

 けど、それは自分だけではなかったみたいで、小鳥遊さんもぼくと同じようにスマホで確認を取ったあと、幸せそうに口許を綻ばせながら画面を見つめていた。

 そんな小鳥遊さんの反応に、ぼくも自然と頬を弛緩させながら、購買で買ったサンドイッチを食む。

『あの、羽賀くん。少しお願いがあるのですが……』

 と、おそるおそると言った態で声を発した小鳥遊さんに、ぼくはサンドイッチを咀嚼しながら「ん? お願いって?」と先を促した。

『試しに、メッセージを送ってみてもいいですか?』

え? お願いってそんなことでいいの?

『ダメ、でしょうか……?』

 あっけに取られているぼくを見て不安に思ったのか、上目遣いで訊ねてきた小鳥遊さんに、すぐさま「ううん!」とかぶりを振って、

「全然ダメじゃないよ! ぜひ送ってみて!」

 と声高に返事をしたぼくに、嬉しそうな顔で『では、送ってみますね』とスマホを操作する小鳥遊さん。

 その後、ちょっとだけ震えたスマホの画面を急いで見てみると、こんなメッセージが届いていた。

《小鳥遊エリィです。届いていますか?》

 その小鳥遊さんらしい謙虚なメッセージにクスッと笑みをこぼしながら、

《はい。届きました》

 と、こっちも丁寧語で返す。

 すると、向こうにも無事にメッセージが届いたようで、最初はおっかなびっくりとした顔でぼくが送った文章を見つめていた小鳥遊さんの顔が、みるみるうちに弾けるような笑みへと変わっていった。

 まるで、クリスマスプレゼントを受け取った小さな子供のように。

 そうして余韻に浸るように瞼を閉じたあと、小鳥遊さんは唐突にスマホをいじり始めて、

『ありがとうございます! とっても嬉しいです!』

「どういたしまして。ていうか、別にお願いなんてしなくても、これからはいつでもメッセージを送ってくれていいんだよ。そのために連絡先を交換したわけでもあるし」

『本当、ですか?』

「うん。部活もバイトもしていないから、放課後や休日は大抵暇だし。小鳥遊さんさえよければ、雑談でもなんでも付き合うよ」

 それにメッセージのやり取りだけでこんなにも喜んでもらえるのなら、友達冥利に尽きるというものだ。

 まあそれだけ、小鳥遊さんが人との交流に飢えていたということでもあるのだろうけど。

『雑談でもなんでも、ですか……?』

 そう真剣な瞳で問うてきた小鳥遊さんに、ぼくは再度「うん」と首肯した。

「楽しかったことや悲しかったことでも、愚痴や相談でもなんでも。あ、相談と言っても、ぼくで解決できるどうかはわからないけどね」

 特に恋の相談に関しては完全に専門外なので、ご期待に添える自信は一切ないのであしからず。

「あとは、そうだなあ。せいぜい待ち合わせとかで、メッセージのやり取りをする程度かなあ」

 と、なんの気なしに呟いたぼくの言葉に、小鳥遊さんは少し逡巡するように目線を窓辺に逸らしたあと、おもむろに文章を打ち始めて、それからおずおずとスマホの画面をこっちに向けた。



『……それって、休日も私に会ってくれるということですか?』



 えっ!?

 別にそういう意味で言ったわけじゃないっていうか、ただ思ったことを口にしただけなのに、予想外の反応が来ちゃった!!

「あ、いや。なんていうか、えーっと……」

 などと露骨に動揺しつつも、喉の渇きを唾液で湿らせながら、ぼくはやっとの思いで声を発する。

「た、小鳥遊さんさえよければ、喜んで……?」

 瞬間、小鳥遊さんの瞳が爛々と輝いた。

『会いたいです! 休みの日に友達と遊ぶなんて、小学生以来です!』

「……じゃあ、今度の土曜日とかどう?」

『土曜日ですか? はい! 大丈夫です!』

 こくこく! と笑顔で何度も頷く小鳥遊さん。

 というわけで。

 今度の土曜日に、小鳥遊さんと二人きりで遊ぶことになった。



 ──以上、回想終わり。

 その後、小鳥遊さんとどこで待ち合わせをしてなにをして遊ぼうかという話で盛り上がって。

 そして現在、こうして事前に約束した場所で小鳥遊さんが来るのを待っているというわけだ。

 いやー、まさかあの小鳥遊さんと学校以外で会うことになろうとは。なんだか夢でも見ているかのような気分である。

 クラスメートや同級生に知られたら、きっと呪詛を吐かれるに違いない。絶対黙っておこう。

「それにしても、あの時の小鳥遊さん、ほんと圧がすごかったなあ」

 きっと久しぶりにできた友達と休日に会う約束を交わせて、すごく嬉しかったのだろう。

 ぼくにとっても願ってもないことなので、正直すごく浮かれながらここまで来たわけではあるのだけれど。

 今さらになって、もうじき小鳥遊さんと会うのかと考えたら──

「やばい。緊張してきた……」

 いや、学校でいつも顔を合わせてはいるけれど、私服で会うのはさすがに初めてだし、色々な意味でドキドキしてきたというか、女の子と二人きりでどこかに遊びに行くこと自体初めてなので、うまく対応できるかどうか不安というかなんと言いますか……。

 なんて、終始そわそわしながら噴水の近くで待っていると。

 ふとバスの停留所から一際輝いた──すれ違う人たちが揃って目を奪われるくらいの美少女が現れた。

 そしてぼくも御多分に漏れず、その美少女こと小鳥遊さんの姿に見入っていた。

 ピンクのカーディガンにホワイトのボーダー。下は花柄のロングフレアスカートと白のパンプス。

 そしていつもは背中に流している美しい銀髪を、今日は水色のシュシュでひとつにまとめて肩から出していた。



 か、可愛い!

 見た目はキレイ系だけど、予想に反した小鳥遊さんのガーリーな装いが思いのほかギャップがあって、めちゃくちゃいい!

 これが、いわゆるギャップ萌えっていうやつなのか……!



 などとしばらく見とれていると、どうやら小鳥遊さんもこっちに気が付いたようで、恥じらうように頬を紅潮させながら小さく手を振ってきた。

 慌ててぼくも手を振り返すと、小鳥遊さんは嬉しそうにはにかんで、周りの視線をキョロキョロと気にしながら小走りで近寄ってきた。

 そうしてぼくの前まで来たあと、肩から下げていたポシェットからいそいそとスマホを取り出して、

『お待たせしてすみません。寒くはありませんでしたか?』

 と、いつものように文章を見せてきた。

 そこでようやくハッと我に返ったぼくは、すぐさま首を横に振って、

「ううん。すこし風は冷たいけど、日差しがぽかぽかしていて温かいし」

 と言ってもまだ四月の中旬なので、曇ってくるとけっこう寒かったりするけれど。

 でもそんな素振りはおくびにも出さず、ぼくは笑顔で接する。

「小鳥遊さんこそ、朝ここまで来る時とか寒くなかった? ちょっと薄着にも見えるけれど」

 ちなみにぼくはニットのセーターに薄手のジャケット、それからスラックスという無難な格好だ。

『はい。こう見えて人より体温が高めの方なので。それにあんまり着込んでいると、食べながら歩いている時に苦しくなってしまうかもしれないので』

 あー。だからコートとか厚手の服装は避けたのか。

 小鳥遊さん、よく考えているなあ。適当に服を選んでいるぼくとは大違いだ。

 それにしても。

 これってやっぱり、男として今日の小鳥遊さんの出で立ちを褒めるべき場面だったりするのかな?

 どうしよう。女の子と遊んだ経験なんて幼稚園以来からさっぱりだし、それが女子高生ともなれば、どう対応したらベストなのか皆目見当も付かない。

 くっそー! こんなことなら、昨日までにネットで調べておけばよかった~!

 ……いや、落ち着け大介よ。

 経験値こそ圧倒的に不足してはいるけれど、褒められて喜ばない人はいないはずだ。特に女性は見た目を褒められたがるとも言うし。

 よし。決めた。

 ぼくは今日、小鳥遊さんを存分に褒めちぎるぞ!

「え、えっと……ところで、小鳥遊さん」

『はい。なんでしょう?』

「きょ、今日はその……か、かわ……」

 言え、言うんだ大介!

 私服の小鳥遊さんって、制服の時とはまた違ってとっても可愛いねって!

「か、かわ、かわ……川がどこにも見当たらないね!」

 言えませんでしたああああああああああああ!!

 ぼくのアホンダラああああああああああああ!!

『川、ですか? 市内を巡ればいくつかありますが、今から行ってみます?』

「う、ううん! ちょっと言ってみただけだから! 気にしないで!」

 慌ててかぶりを振るぼくに、きょとんとした顔で首を傾げる小鳥遊さん。

 そんな仕草も可愛らしいなあと脳内にある小鳥遊さんフォルダーに保存しつつ、わざとらしく「ごほん」と咳払いをして仕切り直す。

「それはそうと、小鳥遊さんって名古屋市内に住んでいるの? ここまでバスで来たみたいだけれど」

『はい。名駅めいえきからバスで二十分程度の距離ですが』

「そっか。ぼくもここまでバスで来たけれど、だいたい同じくらいの時間だね」

 もしかしたら割と近くにお互いの家があるのかもしれないと一瞬考えたけれど、そんなわけないか。

 こんな美少女が同じ町で住んでいたら、絶対有名になっているはずだろうし。

「ん? ていうか、さっきの『名駅』ってなに?」

『あ、名駅っていうのは名古屋駅の略称です。私も含め、地元の人間は大抵こう呼ぶことの方が多いですね』

「へー。愛知に引っ越してから一か月近く経つけど、今まで全然知らなかったよ」

 千葉で言うところのマッ缶みたいなものかな。

もっともマッ缶は飲み物であって、場所の名称ではないけれど。

「って、ここで長話するようなことでもないね。歩きながら話そうか?」

『はい。そうですね』

 ぼくの提案に、小鳥遊さんはにっこり微笑んで頷いた。



 ところで。

 こうして小鳥遊さんと一緒に遊ぶことになったわけではあるけれど、念のために言っておこう。

 これはデートではない、と。

 ついさっきまでこれはデートかもしれないと浮かれていたくせして、急になにを言い出しているのだと突っ込まれそうだけど、それでも再度断言する。

 これはデートではないのだ!

 …………………………。

 いや、ぼくとしてはデートという認識でも一向に構わないというか、むしろそっちの方が大変喜ばしいところではあるのだけれども。

 ただなあ。

 小鳥遊さんの方は完全に「友達」と遊びに来ているっていう感じだからなー。

 それも小学生以来という話だし、そんな小鳥遊さんを前にしてデートという認識を持つのは、さすがに憚れるものがあった。

 というより、小鳥遊さんと友達になったばかりの間柄でデートだのなんだのと色恋沙汰に繋げるのは、さすがに早すぎる気がする。

いくら小鳥遊さんのような超S級の美少女と一緒に出歩けるからって、我ながら浮足立ちすぎだ。

 そもそも、変に意識させて気まずい思いをさせたら元も子もないし、ぼくとしてもそれは本意ではない。

 うん。改めて自戒しておこう。

 今日の目的は、あくまでも小鳥遊さんに楽しんでもらうためなのだと。

 そのためなら、ぼくはなんだってするぞ。

 小鳥遊さんにとって、今日という一日がステキな思い出として残ってくれるのなら。

 とまあ、そんなぼくのどうでもいい葛藤と謎の決意表明はさておくとして。

 小鳥遊さんに楽しんでもらうのは大前提として、だったらなにをしたら一番喜んでもらえるのかと思案した際、真っ先にぼくが思い付いたのが──

「からあげ巡りか~。からあげはちょくちょく食べる方だけど、あちこちお店を訪ねるほどじゃなかったから、けっこう楽しみかも」

 からあげ巡り。

 それがこの間、小鳥遊さんとなにをしようかという話になった際、ぼくが真っ先に思い浮かんだ休日の過ごし方だった。

 これなら確実に小鳥遊さんにも楽しんでもらえるし、ぼくはぼくで彼女の喜んだ顔が間近で見られる。つまりは一挙両得というわけだ。

 あの時は──数日前に小鳥遊さんと学校で昼食を取っていた時の話だ──なんとなく小鳥遊さんの趣味を訊いただけだったけれど、まさかこんな形でぼくも付き合うことになるなんて、人生なにが起きるかわからないものである。

 なんて追想をしながらなにげなく呟いたぼくの言葉に、小鳥遊さんはいつになく自信たっぷりな表情を浮かべながらスマホで文章を作って、

『任せてください! 今日のために、色々とプランを組んできたので!』

「へえ~。それはすごく楽しみだな~」

 ぶっちゃけ、こうして小鳥遊さんの横を歩けるだけで十分に満足しておりますが。

「ちなみに、今からどこへ行くつもりなの?」

 迷いのない足取りでさっきから名古屋駅のそばを歩く小鳥遊さんに訊ねてみる。

 すると、ぼくより少しばかり先行していた小鳥遊さんがふと立ち止まって、こうスマホで返した。

『ローソンです』

「ローソン……?」

 ローソンと言えば、セブンイレブンやファミリーマートと並ぶ大手のコンビニチェーンで、ぼくもこれまでに何度も利用しているお店ではあるけれども。

「えっと、ローソンってことは、これから『からあげクン』を食べに行くってこと?」

ぼくの問いに『はい』と首肯する小鳥遊さん。

 「からあげクン」というのはローソンの店頭で売られているコンビニフードのひとつで、オーソドックスなものから変わり種まで多種多様なからあげを食べられる、老若男女問わず人気のある看板商品だ。

 なんて説明するまでもなく、昔からみんなに愛されている商品だけど──からあげ好きなら知らぬ人はいないであろう定番のコンビニフードではあるけれども。

「いや、ぼくも『からあげクン』は好きだし、何度も食べたことはあるけど、てっきりからあげ専門店とかそういうところに行くのかとばかり……」

 なにせ、からあげ巡りが趣味だと言って(書いて?)いたくらいだし。

『確かに専門店もオススメですし、あとでちゃんと行く予定ですが、普段食べ慣れているものから攻めた方がいいかと思いまして』

「そ、そう……?」

 まあ今回は小鳥遊さんが主役だし、ぼくは黙って付き従うとしよう。

 それにからあげ歴で言うのなら、彼女の方が圧倒的に長いのだから。





 そんなわけでやって来ました、マチのほっとステーションことローソンに。

 ちなみに名古屋駅と併設している店だからか、朝方にも関わらず、けっこうな数の客で賑わっている。

 スーツ姿の人から家族連れ、はてはなにかのコスプレをしている人まで。

 名古屋は世界コスプレサミットの開催地でもあるから、きっとそういう趣味の人も多いんだろうなあとは思っていたけれど、まさか実際に──それもコンビニで見かける日が来ようとは。それもリアルに。

 ひょっとすると近くでコスプレのイベントでもあって、その途中でコンビニに寄ったのかもしれない。

 なんにせよ、ああして心から楽しめる趣味があるというのは大変良いことだと思う。

 ぼくみたいな無趣味な人間からしてみたら、なおさらに。

 だからと言って、さすがにコスプレをしようという気までにはなれないけども。

 だってぼく、そういう人前で目立つことをするの、めちゃくちゃ苦手だし……。

 さておき。

 小鳥遊さん先導のもと、こうしてローソンに来てさっそく「からあげクン」を注文してみたわけで。

 スパイシーな味付けが売りである「からあげクンレッド」を頼んだぼくに対し、小鳥遊さんはオーソドックスな普通の「からあげクン」を購入していた。

 例によって、店員さんにスマホを見せながら。

 小鳥遊さんいわく、店員さんが相手でもスマホがないと緊張してうまく話せないらしい。

 なんというか、コンビニひとつ行くだけでも大変そうだなあ。

 で。

 そんなこんなで二人して「からあげクン」を無事購入したわけだけれど。

「小鳥遊さんは、普通の『からあげクン』にしたんだね。でも、それだと少し味気なくない?」

 コンビニを出て開口一番に問うたぼくに、小鳥遊さんは「からあげクン」片手にスマホを操作して、

『そうですね。このままでも美味しくはありますが、確かにちょっと物足りない感じはあるかもしれません』

「あ、やっぱり? ぼくもそれはそれで好きだけど、どちらかと言うと、こういう味付けのしてある方が個人的には好きかな~」

 言いながら、紙袋に入っているからあげを爪楊枝で差して、口の中に放り込む。

 うん。ピリッとした辛さにほどよい肉感。レッドは相変わらず美味しいなあ。

 ただ欲を言うなら、もうちょっと辛みがあった方が、ぼく好みではあるけども。

 なんて感想を持ちながらふと横にいる小鳥遊さんに視線を向けてみると、なにやらポシェットからチューブのようなものを取り出そうとしていた。

「た、小鳥遊さん? それ、なに……?」

 ぼくの質問に、チューブのラベルを無言でこちら側に向けてくれる小鳥遊さん。

 そこには漢字四文字で「柚子胡椒」と表示されてあった。

 柚子胡椒。

 胡椒とは書いてあるが、実際は唐辛子を指す方言であり、柚子の果皮と唐辛子を磨り潰して熟成させたもの。主に九州で多用されている香辛料のひとつでもある。

 なんて概要を、テレビのクイズ番組かなにかで観たことあるような気がするけれど、まあそれはこの際どうでもいいとして。

「えーっと……なにゆえ柚子胡椒?」

 再度訊ねるぼくに、小鳥遊さんは使い終えた柚子胡椒をポシェットに仕舞って、

『これを付けることによって、いつもの「からあげクン」がよりいっそう美味しく食べられるんです!』

 と、なにやら自慢げに「からあげクン」を突き出しながら、紙蓋の裏面に付いている少量の柚子胡椒を見せてくれる小鳥遊さん。

 確かに、柚子胡椒の爽やかな香りが食欲をそそるし、見た目も美味しそうではあるけれど、気になっているところはそこじゃなくて。

「いや、うん。味も気になるけど、そういうのっていつも持ち歩いていたりするの?」

『はい。からあげ巡りをする時は常に持ち歩いています。ひと味足りないっていう時に、こういう香辛料があるとすごく便利なので』

「へ、へー」

 香辛料を常に持ち歩いている女子高生、か。

 なんか、シュールだな……。

『あの……もしかして変、なのでしょうか……?』

 急に黙ってしまったのを見て気になったのだろう、不安そうに眉尻を下げながら訊ねてきた小鳥遊さんに、ぼくは慌てて首を横に振った。

「う、ううん! そんなことないよ! 全然変じゃないから!」

 いや、正直ちょっと変わっているとは思うけど、まさか小鳥遊さんを前にして本当のことを言うわけにもいかないし、とっさに嘘をつく以外に良案が思い付かなかった。

 でないと、小鳥遊さんが気に病んじゃうからね。

「それにしても、柚子胡椒かー。初めて生で見たけれど、こんな緑っぽい色なんだね」

 てっきり、柚子らしく黄色い感じなのかと思っていた。

『このチューブに使われている材料には青唐辛子が入っているので、その関係で緑色になってしまうではないかと』

「青唐辛子って、名前こそ『青』って付いているけど、見た目は緑っぽいやつ?」

『はい。唐辛子が成熟する前のもので、成熟した唐辛子よりも辛みが少ないと言われています』

 なるほど。だから緑っぽいのか。

「で、小鳥遊さんはその柚子胡椒を付けて『からあげクン』を食べる、と」

『はい。とても美味しいですよ。おひとつどうですか?』

 言われて差し出された「からあげクン」を見て、ぼくは一瞬考え込む。

 いや、食べていいと言ってくれているのだから、別に口にしていいとは思うけれど、なにぶん「からあげクン」はともかく柚子胡椒は初めてだから、味の想像が付かないんだよね……。

 でも、こうして厚意で勧めてくれているわけだし、なによりからあげ通である小鳥遊さんのオススメなら、心配する必要はないか。

「えっと、じゃあひとつだけもらうかな」

 こくりと頷く小鳥遊さんを見てから、持っていた爪楊枝でからあげを刺して、それから紙蓋の折り曲げ部分に付いている柚子胡椒に絡めて口に運んだ。

 瞬間、青唐辛子のわずかな辛みが口内に広がり、咀嚼するたびに味気ないと思っていたオーソドックスな「からあげクン」から旨味が滲み出してくる。

 そしてからあげを嚥下したあとに来る柚子の香りが、実に爽やかな後味を残していく。

 ずばり、一言で感想を表すならば──



「お、美味しい……!」



 え、マジで美味しいんだけど!

 柚子胡椒をかけただけで、こんなに違うものなの!?



「そうやろ!? すごく美味しいやろ病室 うちもめっちゃ気に入っとるんよ!

 でもこれ、元は柚子胡椒味の『からあげクン』があって、それまではこんな風にチューブを使う必要もなかったんやけど、今はもう生産が中止してもうて……。

 だから、それからはこうして自分で柚子胡椒をかけて食べるようになったんやけど、これが想像以上に美味しくて! 今じゃ他のフレーバーの「からあげクン」やなくて、普通の『からあげクン』ばかり買うようになってもうたんよ~!

 でなでな! 実は柚子胡椒以外にもからあげに合う香辛料や調味料って他にも色々あって、そっちもオススメなんよ! まずは鉄板のレモンに、人気の高いマヨネーズ、ポン酢やソースにも合うし、バーベキューソースとかマスタードみたいな洋風の調味料とも相性が良くて──」



 と。

 それまで満面の笑みでからあげを語っていた小鳥遊さんの口が、不意にピタッと止まってしまった。

 ややあって、顔を真っ赤にしながら俯いたあと、小鳥遊さんはおずおずとスマホを手に取って、

『すみません。ついまた、はしゃいでしまいました……』

「いや、ぼくはもう慣れたというか、全然気にしてないから大丈夫」

 顔を隠すようにスマホを目元付近まで上げる小鳥遊さんに笑顔で返事をしつつ、ぼくは続ける。

「それにここは学校じゃないし、いつもみたいに周りを気にして自分を抑える必要はないと思うよ?」

『いえ。人目もありますし、あまり年甲斐もなくはしゃぐのもみっともないので、なるべく素が出ないよう気を付けます!』

「そ、そう? 小鳥遊さんがそう言うのなら、まあ……」

 けどよく考えてもみれば、どこかで級友と出くわす可能性だってなくはないわけだし、あまり注目されるような真似は極力控えておいた方がいいのかも。

 ただでさえ、小鳥遊さんは目立つ容姿をしているのだから。

 そういう意味では、美人というのも考えものかもしれないなあ。

「それにしても、まさか『からあげクン』にこんな食べ方があったなんて、正直ビックリだよ。固定観念を覆されたというか、こんなに衝撃を受けたのは久しぶりかも……」

『皆さん、出されたフレーバーをそのまま食べるのが当たり前となっていますから、こういう食べ方があるとは想像できないのかもしれませんね』

 うん。まあそりゃあ、小鳥遊さんみたいに香辛料を持ち歩いている人なんて稀だろうしね……。

 と。

 そこでぼくは、ふとあることに気付いた。

 待てよ。小鳥遊さん、さっき他の香辛料についても言及していたはず。

 ということは──

「……あの、小鳥遊さん。もしかして、七味唐辛子も持っていたりする?」

 ぼくの唐突な質問に、小鳥遊さんは不思議そうに小首を傾げたあと、

『はい。一応ありますが……』

「それ、よかったらこっちに少しだけ使わせてもらってもいいかな?」

 ぼくの言葉に、小鳥遊さんは目を丸くして驚いた。

 無理もない。ただでさえ辛めの味付けなのに、その上からさらに七味唐辛子を振りかけようというのだから。

 そんな奇天烈なことを言い出すぼくに、小鳥遊さんは戸惑いの表情を見せつつも、ポシェットから七味唐辛子を取り出して、こっちに手渡してくれた。

 渡された七味唐辛子は、ラーメン屋さんや定食屋さんなどでよく見かける、小瓶に入ったタイプの物だった。

 その小瓶を手の中で眺めながら、ごくりと生唾を呑み込む。

 そうして小鳥遊さんに見守られる中、ぼくは意を決して七味唐辛子の蓋を開け、そのまま手に持っていた「からあげクンレッド」の中に振りかけた。

『あのー、それだとかなり辛めになってしまうと思うのですが……』

 と、心配そうに訊ねてきた小鳥遊さんに「大丈夫だよ」と笑顔で応えながら、七味唐辛子を返す。

 それから七味たっぷりのからあげに爪楊枝を刺したあと、迷いなく丸ごと頬張った。

「っっっ!!」

 口に入れたと同時に襲ってきた暴力的な辛み。

 その辛みに顔をしかめつつ、ぼくはゆっくりからあげを咀嚼する。



 う~ん! これこれ!

 噛むたびに舌が痺れるようなこの強烈な辛み──これがたまらない!

 辛いものを食べるのなら、やっぱりこれくらいでないとね!



 前々から「からあげクンレッド」の辛さだけでは物足りないと思っていたけれど、まさか単なる思い付きでこんなベストマッチが生まれようとは。

小鳥遊さんから香辛料を持ち歩いていると聞かなければ、きっと思い付くこともなかったはずだ。

 これはもう、今日からぼくも七味唐辛子を持ち歩くべきなのかもしれない。それくらい、衝撃的な出会いだった。

 などと独り勝手に盛り上がるぼくの様子を見て、小鳥遊さんは終始唖然としつつ、スマホで再度疑問を投げてきた。

『訊くまでもないことかもしれませんが、羽賀くんって辛党だったりしますか?』

「うん。昔から辛いのは好きだったけど、激辛に目覚めたのはけっこう最近かな。カレーや麻婆豆腐を食べる時も、激辛じゃないと満足できなくてさ。食卓に七味唐辛子は当然のように置いてあるし、タバスコとかチリソースなんかも常備してあるよ」

『それは……なかなかの辛党ですね。ご家族全員がそうなのでしょうか?』

「いや、ぼくだけだよ。むしろ父さんと母さんは甘党派」

 もっとも、両親とも辛いのが嫌いというわけではないし、ぼくも甘い物はそれなりに好きな方なので、別段食の好みが合わないっていうわけでもないけれど。

 それに辛いのが好きと言っても、辛ければなんでもいいというわけでもないし、中には苦手な食べ物だってある。

 つまり、完全無欠の辛党というわけではないということだ。

 そこまで話すと、小鳥遊さんは感心したように「ほう」と吐息をこぼして、

『そういう方も世の中にはいると知ってはいましたが、実際にお会いしたのは初めてです……。本当に辛いのがお得意なんですね』

「言っても限度はあるけどね。唐辛子まみれの赤々としたラーメンとか、ぼくみたいな辛党でも拷問のようにしか見えないし。あ、でも台湾ラーメンは近い内に食べてみたいかな。けっこう辛いみたいだし、それに名古屋めしのひとつでもあるらしいから、すごく興味があるんだよね」

 なんて話している内に、小鳥遊さんの視線が「からあげクンレッド」の方へ注がれていることにふと気が付いた。

 もしかして、小鳥遊さんも七味入りの「からあげクンレッド」を食べてみたいとか?

 試しに「からあげクンレッド」を持つ手を変えてみると、誘われるように小鳥遊さんの目線が移動した。

 うん。これは間違いなく興味津々と見た。

「よかったら、小鳥遊さんも食べてみる?」

 そう言うと、小鳥遊さんは一大決心したようにこくりと大きく頷いた。

『はい。辛いのはそれほど得意ではないのですが、試しに食べてみたいです』

「えっ。それって本当に大丈夫? 元の状態よりもさらに辛くなっているから、苦手なら無理して食べない方が……」

『いえ。からあげ道を極めるには、こういう新しいことにも挑戦しないといけないと思うので』

 からあげ道を極めるって。

 ……小鳥遊さん、からあげ職人でも目指しているの?

 それはともかく、そこまで覚悟が決まっているというのなら、ここでぼくが止めるのも野暮というものだ。

 ここは小鳥遊さんの意思を尊重しようじゃないか。

「じゃあ、はい。すごく辛くなっていると思うから、本当に気を付けて食べてね」

 一応忠告しつつ、つまみやすいように袋の開け口を小鳥遊さんの方へ向ける。

 そうやって差し出した「からあげクンレッド」の袋を、小鳥遊さんはいやに強張った面持ちで見据えつつ、おそるおそると言った態で中に入っているからあげに爪楊枝を刺した。

 そしてそのまま眼前まで運んだあと、一瞬躊躇うように目線を泳がす素振りを見せながらも、覚悟を決めたように瞼をぎゅっと閉じて、からあげをパクッと食べた。

 で、その後は案の定というかなんというか。

 からあげを口に入れた瞬間、小鳥遊さんは双眸を剥いて「こほこほっ!」と苦しそうに咳き込み始めた。

「だ、大丈夫? なにか飲み物でも買ってこようか?」

 顔どころか首まで真っ赤にして口許を扇ぐ小鳥遊さんに、財布を取り出しながら訊ねてみる。

 すると、無言でビシッと平手を突き出された。

 どうやら「お構いなく」と言いたいらしい。

 そんな予想外の反応にあっけに取られていると、やがて小鳥遊さんはポシェットからお茶の入った小さなペットボトルを取り出して、ボトルを開けたと同時にごくごくと飲み始めた。どうやら前もって飲み物を持参していたようだ。

 やがてペットボトルの中身を半分まで飲み終えたあと、小鳥遊さんはペットボトルからスマホへと持ち替えて、

『すみません。はしたない姿をお見せしてしまって……』

「気にしないで。ぼくみたいな辛党でもなければ、普通はだれでもああなるから」

 というか、ぼくも今すぐ水が飲みたくて仕方がないくらいだし。

『それにしても想像以上の辛さでした。こんなに辛い経験をしたのは初めてです』

「そ、そっか。けど、それならやっぱりやめておいた方がよかったかもね。今さら言うのも遅いけど」

『いえ。これはこれで貴重な体験ができましたから、なにも悔いもありません。それに』

 それに? とオウム返しに訊ねたぼくに、小鳥遊さんは若干恥ずかしそうに頬を染めながら、スマホを口許付近まで寄せてこう返答した。

『それに、羽賀くんがあまりにも美味しそうに食べるものですから、つい……』

 と、まるでつまみ食いを見られた幼子のような表情を見せる小鳥遊さんに、ぼくはドキリとしてしまった。



 小鳥遊さんって、案外お茶目な人なのかもしれないと思いながら。



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