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07 ダークマター教会

 「ダークマター教会……?」


 一度も聞いたことのないその名を、紗千那は考えもせずにただ口にすることしかできなかった。

 それもそのはず、紗千那は現世でも前世でも宗教系には興味を示してこなかったのだ。


 そもそも、紗千那が宗教系に興味がないのは当たり前のことでしかなかった。

 なぜなら、紗千那自身が神を名乗る偶像を信じていないのである。


 もし、神が存在するのであれば、孤児だった少女に現状の試練を与えなかっただろう。


 もし、神が存在するのであれば、恵まれなかった少女がこんな世界に孤児として生まれ変わることはなかっただろう。


 もし、神が存在するのであれば——————元の世界で死ぬことはなかっただろう。

 

 だから、紗千那は偶像崇拝には全く興味がないのだ。

 なのに、目の前にいる少年はダークマター教会の一味とやらに興味を示しているように窺える。


 どうやら、ダークマター教会とやらの入信希望者らしい。

 そんな少年にかける言葉は最初から一つしかなかった。

 

 「いや、私はダークマター教会の一味でもなんでもない。だから——————」

 「なら、あんたから漂うその“闇の気配”を一体どう説明する?」


 唐突に口を挟んできた少年の言葉を聞いて、紗千那は思わず言葉を失った。


 (闇の気配? 一体何を言っているの?)


 理解出来ずにいる紗千那に少年は更に言葉を綴る。


 「俺とあんたは“似た者”同士だ。引かれ合うのは必然とも言える。だから、俺とあんたはこうして出会った。違うか?」

 「……いや、それは違うでしょ」


 最初はダークマター教会を求める入信希望者かとばかり思っていた。

 しかし、紗千那は少年の言葉を聞いて薄々勘づいてしまった。


 少年は——————仲間を探しているのである。


 ダークマター教会とかいう訳の分からない宗教団体を名乗り、分かり合える仲間を求めて勧誘をしているだけなのだ。


 当然、そんなただの勧誘で紗知那の意思が揺らぐはずもない。


 「私とあなたは全然似た者同士じゃない。ごめんなさい、あなたの期待に沿った回答はできそうにない」

 「いや、俺とあんたは似た者同士だ。だから、あんたも一国から追われているんじゃないのか?」

 「どうしてそれを……ッ!」

 「見れば分かるさ」


 そう言って、少年は紗知那の服装に視線を移しながら言葉を綴る。


 「メイド服に裸足‥‥‥それから身に纏いし闇の気配。なるほど、かなり緊迫した状況だったわけだ」

 「あなたは一体何者なの? それに闇の気配って一体……」

 「単純な話さ、俺の身に纏っている闇色の炎こそが闇の気配と呼ばれている。まあ、種類はいくつかあるが……」


 少年は両腕を大きく広げながら分かりやすく説明する。

 だが、紗知那には腑に落ちない点が一つだけあった。


 「私の身体にそのようなものは見えないのだけれど……」

 「それは常人には判別できないほど微弱な気配だからだ。対象への闇が深ければ深いほど、闇の気配は色濃く体現される」

 「なら、あなたはどれほどの——————」


 紗知那がそう言いかけたところで、雑木林の向こうから「いたぞ!」という声が響いてきた。

 どうやら、少年と話込んでいる間にもリーデアシア王国の連中がすぐ近くまで来てしまったらしい。


 「この場は俺が助けてやる。せっかくの逃げる時間を俺が潰したからな。それ以降は好きにしたらいいさ」


 その直後、淡い橙色の光を宿した無数の矢が紗知那たちを目掛けて飛んでくる。

 いくら熊を倒せた少年でも、捌き切ることは不可能な数だ。


 それでも少年は、身体に纏った闇炎の一部を剣状に変化させ、無数の矢に向かって構え始めた。

 どうやら、本気で無数の矢を打ち落とす気らしい。


 一刻も早く、この場から少年を立ち去らせなければ。

 窮地から救ってくれた恩人を自分のせいで殺されるのは絶対にあってはならない。


 なのに、それなのに、言葉が思うように出せない。

 今更、死ぬのが怖いとでも言うのだろうか。

 殺される運命は最初から分かっていたのに、今更怖気づいているとでもいうのか。


 己の都合の良さに、つい嫌気が差してしまう。

 だが、いくら嫌気が差しても、声は出せないままだ。


 なら、せめて少年の盾になるぐらいならできるだろう。

 だが、立ち上がる足は大きく左右に震えている。


 今まで逃げてきた分の疲労が足に蓄積されているのだろうと考えるようにした。

 だが、意に反するように足がその場から動こうとしない。

 

 (……どうして! どうして動かないの!)


 目の前で少年が殺されそうになっているというのに、紗知那の足は少年の盾になることを拒絶している。


 いや、理由は最初から分かっていた。


 全てが虚勢に過ぎないことも、そして、虚勢の裏に隠した本心も——————


 (——————死にたくない)


 紗知那の脳裏には、死に対する恐怖心が何度もチラついていた。


 都合の良いことに、何度も、何度も、何度も……。


 「——————都合が良くても良いんじゃないか?」


 紗知那の心を見透かしたように少年が口を開く。


 「都合の良いことの一体何が悪いんだ? なら、あんたは心に鎖でも縛り付けて生きていくのが良いのか? 俺はまっぴらごめんだ。そんな生き方、俺は絶対に認めない」


  なぜだろうか、少年の口調が少しだけ強張った気がする。


 「それに、俺たちのような“選ばれし者”がそんな生き方をするのは以ての外だ」

 「選ばれし者……?」


 少年は紗知那の問いに答えることなく、空を斬るように闇炎の剣を振り抜いた。

 そして次の瞬間、無数の矢は爆発を引き起こしながら次々へと消滅していき、やがて焦げた匂いだけが雑木林に充満していった。


 「一体、何が起こって……」

 

 そう言って呆然と立ち尽くす紗知那にふと声が掛けられる。


 「なるほど、メーグル。君はダークマター教会と繋がりがあったのか。だから国王を、アイラス様を裏切ったんだな」


 言いながら雑木林の向こうから姿を現したのは、国王陛下の護衛騎士にして国が誇る最強の騎士団「鳳凰教団」の一角、ガイル・フォーラスである。


 まずい、このままでは二人揃って殺されかねない。


 そう思い、少年に代わって逃走経路を確認しようとすると、紗知那たちを囲うようにしてぞろぞろと雑木林から兵士たちが現れた。

 

 「逃げようとしても無駄だ。すでに君らを包囲している。にしても、まさかこんなところで大物に出くわすとは想定外だ。君の討伐報奨金は極めて高いからね」


 ガイルは眼光を一層鋭くしながら言葉を綴る。


 「そうだろう? エデラシオ王国を単独で滅ぼした怪物——————ジエス」


 少年の闇炎のコートがふわりと揺れた。



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