05 意味不明
一夜が明け、紗千那はいつものように身支度をしていた。
変わらぬ朝、変わらぬ景色、変わらぬルーティーン。
何一つ変わりがないというのに、なぜか紗千那の心はいつもと違う日常と錯覚を起こしていた。
いや、錯覚という言葉で片付けるのはあまりにも都合が良すぎるかもしれない。
原因は紗千那もよく分かっている、昨日の恋バナ事件だ。
好きな異性ではなく好きな人を言ったつもりだったのに、アイラスに誤解をされたままなのである。
あれから話題を変えてお喋りを続けていたものの、何だかアイラスとの距離を感じた。
主従関係を続けていく上で障害は早急に取り除くべきだろう。
とりあえず、誤解だということをきちんとアイラスに伝えよう。
「よし!」
身支度を整えて、いざアイラスの元へ——————と思って扉に近づいたところでゆっくりと扉が開いた。
扉の向こうにいたのは、赤髪が特徴的な「鳳凰教団」の一角であるガイルであった。
「ガイル様? 私に何かご用でしょうか?」
「……俺と一緒に来てくれるか?」
「えっと、私これからアイラス様のところへ……」
「大丈夫。今から行くのが、まさにアイラス様のところだから」
「それなら……。はい、大丈夫ですよ」
何だろう、ガイルの言葉の端から刺が感じられる。
それだけじゃない、表情もどこか硬い気がする。
違和感を残したまま、紗千那はガイルと共にアイラスの部屋へと向かう。
変わらぬ朝、変わらぬ景色、変わらぬルーティーン……のはずが、どこか様子がおかしい。
普段は城内にいないはずの兵士たちが等間隔で廊下に立っているのだ。
しかも、紗千那と目が合うと露骨に冷ややかな視線を向けてくる。
まるで、咎人を見ているような——————
(もしかして、アイラス様の事好きって言ったのがまずかったのかな……。だとしたら、素直に謝ろう……)
そんなことを考えている間に、紗千那たちはアイラスの部屋の前に着き、ガイルは無言で扉を開いた。
そして紗千那は、瞳に映った光景に思わず言葉を失った。
そこには血相を変えている国王、泣き崩れる王妃、そして——————国王に揺さぶられても尚、目覚める気配がないアイラスの姿があった。
目の前で何が起こっているのか、全く理解できない。
ただ呆然と立ち尽くすことしかできない紗千那を、後ろから来たメイドが「邪魔!」と口にして突き飛ばす。
メイドの手には、氷と水が入ったグラスが一杯。
「国王陛下! 冷水をお持ちいたしました!」
メイドから差し出されたグラスを素早く受け取ると、国王はグラスに入った冷水を思いっきりアイラスの顔に浴びせた。
それでも、アイラスは目覚める気配を見せない。
「アイラス! しっかりするんだ! 返事をするんだ! アイラス!」
「うぅ……。どうしてこんなことに……。アイラス……」
一人娘の心配をする国王たちの姿を見て、心が締め付けられた。
自分が心臓病を患っていた時、両親はいつもこんな顔をしていたのだろうか。
客観的に見るのは、あまりにも辛すぎる光景だった。
「クソ! 脈も呼吸もあるのに、どうしてアイラスは目覚めないんだ!」
「脈と呼吸があるのに、アイラス様が起きない……?」
今にも消えてしまいそうな声で、紗千那がボソッと呟く。
騒がしいこの空間に、紗千那の声が届くはずがない。
なのに、この場にいる全員の視線の先が紗千那へと向かった。
「……おい。お前がアイラスに何かしたのか?」
今までに聞いたことのないほどの、酷く冷めた声で国王が紗千那に問いかける。
あまりの威圧に思わず怖気付いてしまう。
「い、いえ、私は何も‥‥‥」
「じゃあ、何でアイラスは起きない? 付き人だったお前は一体何をしていた?」
「私は……身支度を整えて、それから……」
「そんなくだらないことは聞いていない! 付き人がいたのにも関わらず、どうしてアイラスがこんな目に遭っているんだ!」
国王が近くにあった机を思い切り叩く。
紗千那は思わずビクッと肩を震わせた。
だが、そんなことを問われても答えは一つも持っていない。
紗千那だって何も分からないのだから——————。
「確か、昨日は生命霊を使えるように特訓したんだよな? それで、お前の力でアイラスに呪いでもかけたか」
なんか、とんでもない方向へと話が進み始めている。
「わ、私は、生命霊が使えません。それは今でも変わりありません……」
「ガイル、どうなんだ?」
急に話を振られたのにも関わらず、ガイルは落ち着いた様子だ。
そして、ガイルはゆっくりと口を開き始めた。
「私の知る限りでは、メーグルは生命霊が使えません。ですが、私の目の届かない場所で使えるようになっていたら話は変わってきます……」
「ガイル様! 私はまだ使えません! 信じてください!」
「お前の意見などどうでも良い。その首を斬り落とせば全て分かることだ」
国王がそう言うと、紗千那の隣にいたガイルがスッと剣を鞘から引き抜いた。
これは、本格的にまずい。殺される未来しか見えない。
「待ってください! 私、本当に生命霊が使えないんです!」
「やはり、所詮は孤児育ちだ。アイラスの望みだったから承諾してやったが、こんな運命になるなら聞く必要がなかったな。——————ガイル、殺れ」
「はっ」
国王に指示され、ガイルが剣を振り上げる。
なんで、国王もガイルも人の話を聞いてくれないのだろうか。
紗千那が本当に生命霊を使えないかどうか、ここで試せば済むなのにどうして殺すことしか考えられないのだろうか。
疑問が次々と頭の中には浮かんでは、消えて行く。
それほどまでに、今の紗千那は死の恐怖に支配されていた。
振り上げられた剣から目が離せない。
死にたくない。せっかく得られた自由をこんな理不尽な形で奪われたくない。
それしか考えられなくなっていた、その時——————
(苦しまないように、首を狙ってやるよ……)
それは、あまりにもガイルに酷似している声だった。
ガイルの口元を確認しても、喋っている様子がない。
だとしたら、今の声は一体何だったのか。
答えに至るよりも先に、振り上げられた剣が紗千那に目掛けて振り下ろされた。
考えている余裕もなく、紗千那は反射的に座り込んだ。すると——————
「——————なっ!?」
紗千那は、紙一重のところでガイルの振り下ろした剣を躱してみせた。
しかも、ガイルが振るった剣の軌道は——————紗千那の首を捉えていた。
「!? お、お前! その目は!?」
「えっ……?」
狼狽するガイルに思わず疑問符を浮かべる紗千那。
アイラスの部屋に飾られた鏡に映る自分の姿を見て、ようやくガイルが狼狽する意味を理解できた。
両目に妖しく宿る闇色の光は、その異様さを物語っていた。
「やはり! 生命霊を使えるようになっていたか!」
「わ、私にも何がなんだか……」
「ガイル、無駄話はもう良い! さっさと始末しろ!」
「ウォォォォォォオオオッ!」
ガイルが幾度となく剣を振りかざしてくる。
だが、紗千那に攻撃が一度も当たることはない。
なぜなら紗千那は——————相手の心が読めるのだから。
しかし、いくら攻撃を避けられるといっても、身の危険であることには違いない。
だから紗千那は、攻撃の隙を見計らってアイラスの部屋から飛び出した。
「「追えっ! 絶対に逃がすな!」」
国王とガイルの声がハモる。
すると廊下に控えていた兵士たちが一斉に抜刀し、紗千那を目掛けて飛んでくる。
それを紗千那は、小さい身体を利用してヒラリと鮮やかに躱していく。
そして裏門から王城を抜け、紗千那は大森林の中へと行方を眩ませた。




