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8/30

あなたの色

任せろと言ってしまったが、現状のままアメリアが夜会に出るのはかなり無理がある。

まず、立ち居振舞いの見直し。

ろくに伯爵令嬢として生きてこなかったので、最低限のマナーや知識を叩き込む必要があった。

ダンスも本当は練習すべきだったが、なにせニールはあの性格だ。人前で踊るのは不可能だろうということで、ダンスは全力で避けることにした。


通常の仕事の合間に、テオやローズからマナーの類を学ぶ。

アメリアは体力はある方だが、記憶力がいいかと言われれば人並みだ。何度も反復して、どうにかこうにか頭に叩き込む。




「つ、疲れた…」

「お疲れ様です…」


ある日の夕食後、へとへとになったアメリアにニールがそっとお茶を差し出してくれた。

これではどちらが侍女か分からない。


「あの、無理はしないで下さい…。とにかく殿下に顔だけ見せたら、すぐに帰るつもりなので…」

「はい…。でも、万が一のことがありますから、見た目だけは取り繕わないと」

「あ…、見た目、といえば」


ニールが思い出したように提案する。


「夜会でアメリアさんが着るドレスの件ですが…」

「あっ!そうでしたね!」



アメリアは当然ドレスも持っていなかったが、一から仕立てる時間もないので既製品を購入予定だ。

近いうちにニールの服を仕立てているのと同じ仕立て屋に行くつもりだった。あそこはドレスも既製品も扱っている。



「明日、どうですか?」

「明日ですか?そうですね、テオさんにお願いして仕事の合間に行ってきます」

「分かりました、テオに時間を確認しておきますね」

「?はい」


なぜニールが時間を確認するのだろうか?

疑問に思いつつ頷くと、ニールがもじもじと斜め下を見ながら言う。


「あの、僕も、行きますので…」

「へ?」

「い、一応、僕は夜会のパートナーですし、その、一緒に衣装を選ぶくらいは、したいなあって…」

「…えっ!」


アメリアは思わず驚いた。

ニールは自分の服を仕立てるときも店には行かないのだ。まさかドレス選びについてくるとは思っていなかった。


「あの、だ、だめですか…?」

「いえ、全然!駄目なんかじゃないですよ!楽しみですね!」

「は、はい」


驚いたが、一緒に来てくれると思うと嬉しい。アメリアだって慣れないドレス選び、一人では心細かったのだ。

思えばニールと外出するのは、酒場に迎えに来てもらった時以来だ。

それが自分のドレス選びとは。照れくさいような、なんとも落ち着かない。



(いや、これはニール様の偽恋人を演じるために必要なこと!浮かれないようにしないと)



ふんすと鼻息荒く気合を入れたアメリアに驚き、ニールは肩をビクリと震わせた。








翌日。

ニールはアメリアと共に、仕立て屋のソファで店員おすすめのドレスをいくつか見せられていた。


「こちらのドレスは最近流行の細身のシルエットで、スカート部分をあえて過度に膨らませずスッキリとした印象を与えるのが特徴です。その分着こなすのが難しいのですが、お嬢様はスタイルが良い方ですので十分お似合いになるかと」

「こちらは逆に王道の型ですが、背中部分が大きく空いておりまして、髪の長い方に人気です」

「こちらはーーーー」


店員がまるでセリフを読み上げるかのようにスラスラとドレスの説明をしている。

正直、ニールには何を言われているか全くわからない。本日も彼はローブを羽織っており、流行も何もない格好だ。


ただ、ローブの下に着ているシャツやトラウザーズはアメリアが用意してくれたもので、以前の自分に比べたら格段におしゃれなものを着ている。はずだ。




仕立て屋に入店してすぐ、店員はニールの姿を認めると目を丸くして数秒フリーズした。

ニールがこの町に移り住んで数年経つが、これまでこの仕立て屋には使用人が既製品を適当に買いに来るか、アメリアが来て以降は一から仕立ててもらってはいるが、ニール本人が来たことはない。

つまりめちゃくちゃ人嫌いか問題のある人物だと思われていたのだと思う。

あながち間違いではない。



そんなニール本人の登場に店員は驚いていたが、そこは接客業、すぐに気を取り直して、ニールとアメリアを丁重に奥へと案内してくれた。


「本日はお連れ様の夜会でのドレスのご注文…ということで、よろしいでしょうか?」

「は、はい…時間がないので、今回はオーダーメイドではなく、既製品を購入します。サイズ合わせだけ、お願いします」

「承知致しました」


事前に仕立て屋に訪問目的は伝えていたので、店員は頷くとすぐにいくつかの候補を見せてくれた。

そしてニールは頑張っている。とても、頑張っている。こういうお店にアメリアを伴ってきたのだから、せめてどもったり震えたりせず、ちゃんと一緒に選びたい。


夜会では、恋人同士を演じるわけだし。



(恋人…)


アメリアとニールが、恋人。

自慢ではないが、ニールに恋人がいたことはない。若い女性と親しくなったことさえない。初恋もまだである。


恋どころか対人関係そのものが破茶滅茶すぎて、それどころではなかった。



そんな自分に、アメリアが、たとえフリでも恋人になってくれる。



改めて考えるととんでも無いことだ。



アメリアは健康的で、美しい女性だ。

本人は気にしていないようだったが、以前働いていた酒場の男たちは本気でアメリアを引き止めていたように思う。


明るく前向きで、一緒にいると落ち着く。

ニールは普段から、アメリアのことを眩しく感じているのだ。

きっと着飾って夜会に出たら、より美しくなって、目を引く女性になるに違いない。




ニールはそう考えて、何となく面白くなくなった。

アメリアの魅力は着飾った姿だけではない。お仕着せを着て走り回っていたって、彼女は魅力的だ。

それなのにドレスを着て夜会に出て、その姿を見ただけの何も知らない男たちが彼女を褒めそやすと思うと、何となく納得がいかない。




(…何考えてるんだ、僕…)


アメリアはあくまで恋人役をやってくれるだけで、ニールは彼女のただの雇用主に過ぎない。

自分の生きている世界が狭いからって、そこにアメリアを引き留めるような思いを抱くなど、図々しいにもほどがある。




ニールは横に座るアメリアをちらりと見た。

彼女は目の前に広げられている数種類のドレスを真剣に見ていた。

心なしか目が輝いているように見える。

やはり年頃の女性なのだし、こういう買い物は楽しいだろう。


いや、でも、彼女は没落したとはいえ元伯爵令嬢のはずだ。

夜会の経験はないと言っていたが、ドレスを仕立てることくらいは日常だったのではないのだろうか。


それとも、やはり没落したくらいだし、そういう経験もなかったのだろうか。





ニールはアメリアの過去をよく知らない。

侍女として雇うにあたって、身辺調査は入れたが、没落したバーンズ家の令嬢で、成人するまでは孤児院に入り、その後は姉と弟2人で生きてきた、という表面上の事実しか知らない。



あまり深く聞いて良いことだとは思えなかったし、ニールはそういう、人の事情に踏み込むことが苦手だった。

加減が分からないし、迷惑だと思われても困る。何より、今までは知りたいと思うような人もいなかった。



でも、アメリアのことは知りたい、と思う。

こういう時はどうしたらいいんだろう。

町を行き交う仲睦まじい恋人たちは、肩を組み合う友人たちは、どうやって関係を深めているんだろう?



ニールは歯噛みした。

どうして自分は、何も知らないんだろう。






「これか、これが良いと思うんですけど、ニール様はどう思いますか?」


アメリアの声に、思考にふけっていたニールははっと目を瞬いた。

目の前には2種類のドレスが広げられており、一つは細身で、でもリボンや花の刺繍があしらわれていて大人っぽくなりすぎないもの。もう一つはスカート部分がふんわり広がった、可愛らしいけれどレースが胸元を覆っていて露出が多すぎないもの(と説明された)。

ニールはアメリアとドレスを見比べて、一生懸命着ている姿を想像した。



「…どちらも、似合うと思いますが…」

「嬉しいですけど、それだと決まらないです」

「え、う、うーん…」

「ニール様の好きな方でいいですよ」

「ぼ、僕の…!?ええー…」


好きな方でいいと言われると、より難しい。

ニールはウンウン唸って時間ばかり過ぎていくが、アメリアは文句も言わず急かすこともなく、のんびりとニールの言葉を待っていた。



「こ、こっちが、良いと思います」


ニールが指さしたのは、スカートが広がった方のドレスだった。

アメリアはまだ10代で可愛らしいし、何よりこっちのドレスのほうが露出が少ない。何となく、そうしてほしい気がした。


「分かりました。じゃあ、こっちにします!」

「かしこまりました。サイズ合わせをしますので、準備致します。少々お待ちください」


店員が選ばれた方のドレスを奥へと運んでいく。

ニールは大役を終えた気持ちで息をつくと、ふと、感じていた疑問をアメリアにぶつけた。


「あの、どうして2着とも緑色にしたんですか?アメリアさんの好きな色ですか?」

「えっ!?ニール様、気づいてなかったんですか?」

「え、え?」

「ニール様の瞳の色じゃないですか」


アメリアはニールの瞳を指差す。

ニールの若草色の瞳が揺れた。


「恋人、なんですよね?相手の色を纏うのは、恋人の証ですよ」


アメリアがはにかむ。

照れたような笑顔は、少しだけ頬が赤く染まっており、ニールは心臓を撃ち抜かれた気がした。





「お待たせ致しました。準備が整いましたので、こちらへどうぞ」

「はい。ニール様、少し待っててもらえますか?」

「は、はい」


奥へと消えていくアメリアを見届けると、

ニールは両手で顔を覆い、深い溜め息をついてソファへと沈んだ。



ニールの色。それを纏うアメリア。恋人の証…


(いや、フリだから。フリだから!)



夜会の時限定の、恋人のフリ。

そう分かっているのに、どうしてこんなにも嬉しいのだろう。

心臓がドキドキして、痛い。



ニールは結局いつも通りプルプル震えながら、アメリアが戻ってくるのを待つことになった。







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