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老執事の生温かい眼差し

私はレヴナス家に長年仕えている、最古参の使用人でございます。以前はニール様のお父上に執事として仕えておりましたが、数年前からはご子息のニール様の執事となりました。




レヴナス家三男のニール様は、幼い頃から驚くほど内気で引っ込み思案でございました。ですが人一倍優しく、使用人にもいつも思いやりを持って接してくれておりました。

レヴナス家の中で、ニール様のことを悪く言う者はいないでしょう。


ですが、彼の性格は生きていく上では心配な点が多い。

幸い魔法に才能があったニール様は王太子殿下の目に留まり、なんと賢人という国に3名しかいない称号を賜ることとなりました。

あの時はレヴナス家に激震が走ったものです。



ですが賢人となられても、ニール様はニール様。彼が心穏やかに過ごすために、我々古参の使用人は彼について王都にほど近いこの町へやってきました。ニール様が我々の新たな旦那様です。





旦那様は苦労なさっておいででした。

ただでさえ足の引っ張り合い、腹の探り合いの多い貴族社会。そこにあろうことか賢人として飛び込めば、気苦労も絶えないはずです。

日に日にやつれていく旦那様に、使用人一同心を痛めておりました。



新たな使用人を雇おうと提案したのは、旦那様のためを思ってのことでした。

我々は皆高齢で、いつまでも旦那様の傍にいられるわけではありません。

旦那様の性格上、ご結婚も難しいでしょうし、出来たとしても奥様に逆に気を遣われるかもしれません。

だからせめて、旦那様を傍で支えてくれる若い侍従に出会ってほしいと思ったのであります。




予想はしておりましたが、なかなか旦那様と相性の良い者は現れず、旦那様は逆に落ち込まれてしまいました。

これでは本末転倒です。


諦めて、とにかく長生きできるように頑張ってみようか。急展開があったのは、そんなことを使用人一同と話していた矢先でした。



なんとあの旦那様が、自ら若い女性を侍女にとスカウトしているではありませんか!!



その場面を見た私の心中、ご想像下さい。

それはそれは驚きました。ニール様が自発的に他者と関わろうとすることは、滅多にございません。

しかも四六時中顔を合わせることになる侍女へとお誘いするなど、天地がひっくり返る事態です。



私は急いでその女性、アメリアさんの囲い込みに動きました。

幸いアメリアさんも仕事を探していたところだったとか。これ幸いと、好条件で誘い込み、見事彼女を雇うことに成功したのです。




身辺調査もせず少々早まった決断でしたが、この決断は間違っていなかったと思っております。

彼女は明るく素直な性格で、また、なかなかに苦労して生きてきたためか仕事にも熱心でした。体力もあり、手先も器用で、ついつい屋敷中の者が彼女を頼るようになってしまうくらいです。


身辺調査は後にこっそりと入れましたが、没落したバーンズ家のご令嬢だったようです。これまで随分と苦労をされたようでしたが、特段彼女自身に問題はありませんでした。





屋敷の雰囲気は明るくなり、何より、旦那様が非常にアメリアさんに懐いております。

そう、まさに「懐いている」のです。


若い方の事情はこの老いぼれにはもう分かりませんが、恐らくそこに艶めいた恋情はなく、旦那様はアメリアさんによく懐き、またアメリアさんも旦那様のことを「大きな弟」と思っていそうな節があります。



…少々、複雑です。若い男女が、すでに長年連れ添ったような安穏な雰囲気を醸し出しております。




まあでも、何でも良いのです。

旦那様が心を許せる相手ができれば、どんな形でも。






「ただいま」

「おかえりなさいませ」


久しぶりに王宮へ出かけていた旦那様は、夜も更けた頃に帰宅されました。

玄関ホールを見渡し、アメリアさんが飾った花に目を留めると、どことなく嬉しそうです。


しかしもう一度周囲を見渡すと、まるで子犬のような顔をしてこう問いました。

「…アメリアさんは?」

「今日は港の酒場で働いておりますよ。ここでの仕事が決まったのが急だったので、向こうとの契約期間は働くと。今日で最後になるはずですが」

「え…!?」


旦那様は驚いたような顔をしております。

彼女が掛け持ちで酒場で働いていた話はしていたはずですが、忘れていたのでしょうか。


「でも、今働いていて、ここに帰るときにはかなり遅いよね」

「アメリアさんは慣れているから大丈夫だと。念のため、防犯の魔導具も持ってもらいましたが」

「……」


旦那様はローブを脱ぎ荷物を置いて思案しておりましたが、やがてもう一度ローブを羽織ると、「迎えに行ってくる」と言いました。


「旦那様が行くのですか?今から?」

「うん。…やっぱりこんなに遅くに、心配だよ。港町は徒歩だと結構、かかるし」

「ですが…」

「大丈夫。エドに乗っていくから」


エドとは旦那様の愛馬です。

旦那様は国一番の魔法の使い手ですから、一人で出歩いても全く問題ないのですが、行き先は港の酒場です。

あんなに騒がしい場所にお一人で行くとなると、別の意味で心配です。と、いうか、旦那様が自ら賑やかな場所へ行くと言い出すなんて、これまた明日は槍が降るのでしょうか。



「いくら慣れてても、女性、なんだし。心配だから。行ってくるね」

「…はい…。お気をつけて…」


旦那様はなんだか照れくさそうにそう言うと、「夜は冷えるから」と言ってアメリアさん用にとショールまで持って出かけていきました。



…弟と姉のような関係だと思っておりましたが、旦那様にとっては、もしかしたら違うのかもしれません。

もしそうだとしたら、使用人一同、全力で見守らせていただきます。



さて、お二人が帰られた時のために、部屋を温めておきましょうか。




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