屋敷を彩るものは
「ニール、この編成はどう思う?魔法師団第一隊をここに、騎士団をここに配置する」
「は、はい…」
ニールは王宮で、この国の王太子であるフェリクスを前に、軽く震えながら座っている。
彼には何度も会っているが、やはり立場が王太子だという圧からか、何度会っても慣れない。
ニールは幼い頃から気が弱く、特にコミュニケーション能力は絶望的だった。
両親曰く、ニールのこの性格は生まれつきらしい。「貴方、なんだか申し訳無さそうに産まれてきたもの」とは母親の談だ。申し訳無さそうに産まれるってどういうことだと思ったが、ニールならやりかねない。自分が力いっぱい泣ける子供だったとは、到底思えないからだ。
家族はどちらかというと明るく、活発な人ばかりだ。だからこそ、どうしてニールだけがこんな内気なのか、さっぱり分からない。遺伝ではないことは確かだ。
まぁ、今更自分の気質を嘆いても仕方ない。これはニールの性格なのだ。
運命のいたずらで、なぜか賢人となってしまった今でも、性格なんて変わらない。
過分な立場を与えられ、一生関わることが無いと思っていた国の上層部と関わり、住むはずのなかった屋敷に住んでいる。
きっと普通に考えたら名誉なことなんだろう。でもニールにとってはその全てが困惑でしかなかった。
それでも、与えられた立場は全うしなければならない。これまで支えてくれた家族や使用人のためにも、頑張らなければいけない。
ニールはそう思って、これまで自分なりに必死に頑張ってきた。与えられた役目も最低限かもしれないが、何とかこなせてきた、とは思う。そのせいで胃薬が欠かせない毎日にはなったが。
お屋敷で新しい使用人を雇うというのも、その一つだ。
ニールは屋敷に移り住むに当たって、実家で懇意にしていた使用人数人だけを連れてきた。ニールにとって自分の家に見知らぬ人がいるというのはかなりのストレスだからだ。
それでも、年老いた使用人数人では、大きな屋敷の維持は難しい。賢人となったニールには、それなりの量の仕事も舞い込んでくるので、それを一緒に管理してくれるテオも限界そうだった。
彼らのためにも、人員を補充しなければならない。
例えば庭師とか料理人とか、専門職を増やそうか、とテオたちに提案したところ、それよりも侍女や侍従が良いと言われてしまった。
ニールは基本的に身の回りのことは自分でできるつもりだが、仮にも賢人で屋敷の主の自分に侍女の一人もついていないというのは外聞が悪いらしい。外聞も何も、滅多に客人も来ないし誰にも咎められないと言ったが、そういうことではないそうだ。
ちなみにこれまでニールの身の回りの世話を手伝ってくれていたのはローズだが、屋敷の維持だけで忙しいし、近いうちに引退したいという。
そんなわけで募集をかけたら、やはり賢人という身分につられてか、たくさんの応募が来た。皆紹介状を持っていて、身元の確かなご令嬢、ご子息だ。だがその分気位が高いのか、面接でニールが少しでもおどおどすると途端に虫でも見るような目でこちらを見てくる。
結局ニールは怯えてしまい、人材探しは上手くいかない。
人を雇う。
たったそれだけのこともこなせない自分が情けない。
その日ニールは、気分転換も兼ねて町の本屋を訪れていた。
ニールは幼い頃から、落ち込んだら一人で散歩にでかけた。もちろん人混みは苦手だが、楽しそうな町の人々を遠目に見ているのは、実は嫌いではない。
本屋でいくつか興味のある本を購入し、なるべく静かそうな市場の裏路地を歩いて帰路についたのだが、それが良くなかった。
なんだか治安の悪そうな人に絡まれてしまったのだ。
魔法で撃退するのは簡単だ。ニールが望めば一瞬で終わるだろう。
でも、相手は一応丸腰の人間だ。怪我をさせるわけにはいかない。
どう対処しようか悩んでいたら、無視されたと勘違いした相手がどんどんヒートアップしてしまい、ニールは壁際に追い込まれて縮こまった。
そこで、ニールは光を見た。
彼女は自分よりも体格のいい大人の男3人を前にしても怯まない。
ちらりとニールに向けた瞳は綺麗な空色で、ニールはぼんやりとその色を見つめた。
威勢よくチンピラを追い払った彼女にお礼を申し出たが、何もいらないと言われてしまう。
それでも粘ると、彼女は仕事がほしいと言った。
仕事。
ニールは考えるよりも先に、彼女をスカウトしていた。そんなニールを見て、テオが心底驚いていたのも無理はないと思う。
アメリアが屋敷に来てから、いろんなことが少しずつ変化した。
まず、使用人が明るくなった。
今まで年老いた(しかも疲れている)彼らとニールだけの生活だったところに、明るくて働き盛りのアメリアが来たのだ。
どう考えても侍女以上の仕事をくるくると、屋敷中でこなす彼女の姿は、見ていて気持ちがいい。
彼女の弟のアルトも、使用人たちにとっては孫くらいの年なので、皆可愛がっている。ニールも彼に魔法を教えたりしているうちに、自分に弟がいたらこんな感じかな、と思うようになった。
屋敷自体も、明るくなった。
テオが依頼したということもあるようだが、アメリアは手が空いたときに少しずつ、屋敷に装飾の類を置くようになった。
これまでただ広く最低限のものしかなかった屋敷に、花や絵画や飾りのようなものが置かれていく。ニールの部屋のカーテンも、気付けば明るい色に変わっていた。
ニールはその辺に無頓着だったが、なるほど確かに、装飾があるとそれだけで雰囲気が華やぐ。つられてそこで過ごす人達の気持ちも明るくなっている気がする。
ニールは彼女のことが、不思議と怖くない。
出会ったきっかけが助けられたからかもしれないが、アメリアに話しかけられても、どもってしまったりはするけれど、怖いとか辛いと感じたことは一度もなかった。
彼女はニールの話をちゃんと聞いてくれるし、どもっても噛んでもちゃんと待ってくれる。
ニールの性格をバカにしたりしないし、怯えても怖がっても、否定したりしない。
だからニールは安心して彼女の傍にいられるのだ。
そういえば、今日彼女はニールの服を仕立てに行くと言っていた。
正直着るものに興味はあまりないけれど、彼女が選んでくれたものならきっと素敵だろう。ちょっと、着るのが楽しみだ。
ちゃんと着こなせたら、アメリアは喜んでくれるだろうか。
ニールが彼女の「いい仕事した!」と言わんばかりの笑顔を想像して少し笑うと、フェリクスがそんなニールを見て「おや」という顔をした。
「ニール、どうした?何か良いことでもあった?」
「…い、いえ………大変失礼しました」
「いや、良いんだよ。ただ珍しいなと思っただけだ」
うっかりしていた。今目の前にはまだ王太子殿下がいたのだった。
フェリクスは苦笑して言う。
「ニールはいつも辛そうな顔をしているからね。何か嬉しいことがあったなら、僕も嬉しい」
「い、いえ、そんな、本当に、なにもないです…」
「はは、そんなに怯えるな。ちょっと笑顔になったくらいで、咎めないよ。
…今日相談したいことは以上だ。下がってもいいよ」
「は、はい。失礼致します」
フェリクスはニールより3つ年上で、ニールがこういう性格だからか、ニールを見つけたのが彼だからか、やたらと気にかけてくれる。…まるで手のかかる弟に対するそれのように。
フェリクスの執務室を出て王宮内を歩いていると、珍しいニールの存在に様々な人が声をかけてくる。
好意的なものもあるのだろうが、皆ニールから得られる「何か」を求めているのは明白で、ニールは尻込みしてしまう。
会話するとボロがでるので、ニールはこういう時、「急いでいるので、失礼します」とだけ言うようにしている。
そのせいでまた噂が立つのだろうが、会話をした方が悲惨になることは間違いないので、仕方ない。
「ニール・レヴナス!」
「ひっ」
そそくさと立ち去ろうとするニールに対し、声高に追いかけてくる声が一つ。
「ディ、ディラン様…」
「ふん、人の名前もハッキリと言えんのか」
居丈高にズカズカと近寄ってくるのは、ディラン・アドニアス。
この国の侯爵家出身で、魔法師団所属の魔法士だ。
優秀なのだが、功績を焦るためか単独行動が多く、師団長の指示を守らないこともあるため、師団長からもフェリクスからもあまり覚えは良くない。
そして彼はニールの性格を知っており、何かにつけて、絡んでくる。
声が大きく、話すのが早く、そして話の内容は大抵ニールを貶す内容だ。
ニールが貴族界隈で最も苦手としている男だといえる。
侯爵家の者とはいえ彼は次男だから、出世欲が強いのも仕方ないかもしれない。
ニールのような人物が賢人を賜っているのも、彼からしたら許せないのだろう。
でも、二言目にはニールを馬鹿にしてくるのだから、ニールは辟易としていた。
「また王太子殿下にすり寄っているのか?全く、どんな手を使ったのかしらんが、貴様のような小物がよくやるものだ。恥を知れ」
「け、決してすり寄ってなど」
「ああ、その声!話し方!聞いているだけで虫酸が走る。お前、もっとはっきりと話せんのか?全く、こんな者が賢人などと、図々しい」
ニールは男爵家出身、しかも三男の下級貴族。本来であれば侯爵家の生まれのディランに偉そうに言われても仕方のない立場ではある。
だが、現在のニールは賢人だ。
賢人は平民とも貴族とも違う、別枠の存在。そしてそれは、彼らよりも身分上は高い地位に有るという意味でもあるのだ。
だからといってニール自身は偉ぶりたいとも敬ってほしいとも思っていないが、賢人となったニールにこんな言い方をしてくるディランは、結構問題だったりする。
ディラン本人はニールを自分より下だと思って疑わないので、気にもしていないのだろうが。
そしてニールも、ディランの言葉に言い返せないのが常だ。
彼に圧倒されてしまうし、ニール自身、なぜ自分が賢人なんだと思っているからだ。
魔法は、確かに優秀な使い手であるとは思っている。でも賢人とはそれだけで賜われる立場ではない。人柄とかそういうところも考慮されるべきなのだ。
ニールは内心ため息をつくと、この場を切り抜けるため俯きながら謝った。
「…申し訳ありません。あの、人を待たせておりますので、僕はこれで…」
「お前のような者を待つ人物が、この王宮にいるのか?はっ!図々しい」
「…失礼します…」
ニールは足早に王宮を後にする。
ディランほどあからさまでなくても、似たような態度をとる人物は一定数いる。
ニール自身に問題があることも分かっている。でも、やっぱり非難されれば辛い。
(…早く帰りたい)
帰って、アメリアの明るい笑顔が見たい。
仕立て屋はどうだったか、話を聞きたい。
ああそうだ、仕立て屋に行ったら一緒にアメリアの服でもアクセサリーでも買ったら良いと、言えばよかった。賢人なのだからそれなりにお給料は貰っている。彼女が身につけるものを贈るくらい、わけもない。
全く、気が利かない自分が嫌になる。
次はそう提案してみよう。
または、少し勇気がいるが、一緒に行くのも良いかもしれない。
アメリアのことを考えると、落ち込んでいた気持ちが浮上してきた。
ニールはいそいそと帰路についた。
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