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アメリアの落とし前




どれくらいそうしていただろうか。

好きなだけ泣いたお陰か、混乱していた思考も落ち着きを取り戻し、代わりに諸々で体力を使い果たしていたからか何だか眠い。



「…アメリアさん、眠って良いですよ。僕が運びますから」

「…すみません…」



冷静になると、自分がしでかしたことが猛烈に恥ずかしい。

過去と現在を混同して泣きわめいた上、何だかものすごいことをニールに言われ、自分も言った気がする。




恥ずかしすぎる。もういっそ、このままニールに甘えて寝てしまおうか。

そう思った時、突然倉庫の扉が大きな音を立てて開いた。



「おい!来たぞ!女はどこだ!?」



突然の大きな音にアメリアもニールも飛び上がって驚いたが、ニールはすぐにアメリアの前に立つと、扉の方を向いた。



「おい、答えろ!…ちっ、暗い上に埃っぽい。こんな場所を指定するなんて、俺を何だと思っている」


ぶつぶつと文句を言いながら近づいてくる人影を見て、アメリアははっと思い出した。


「そういえば、あの男が言ってました。自分は雇われただけで、もうすぐ雇い主が来るって…」

「ということは、あれがアメリアさんの誘拐を指示した人物ということですね。…アメリアさん、すみません。やはりこの件、僕のせいだったようです」

「え…?」



ちょうどその人物が木箱の群れをかき分け、アメリア達の視界に入った。



「ディラン様」

「…は…?」


薄暗くて顔が見えないが、ニールには分かっていたのか男にはっきりと呼びかける。

反対に呼ばれた男は、まさかここにニールがいると思っていなかったのか、間抜けな声を上げた。




ニールが指先を一振りすると、先程の騒動で消えてしまっていたランプに火が灯る。

照らし出されたのはニールと同年代に見える、身なりのいい男だった。瞳は赤く、着けているブローチや指輪は巨大な宝石を冠していて、どう見てもお金持ちの貴族だ。



「な…んで、お前がここに!?」

「アメリアさんを誘拐したのは、貴方だったんですね」


ニールはディランと呼ばれた男の質問には答えず、平坦な声で問い返す。


「どうしてこんなことを?僕への文句なら、普段から直接言われているでしょう。なぜ今更、彼女を狙うようなことをしたのですか」

「……はっ!お前ごときが、俺に質問とはいい度胸だ!普段は震えるしか能がないくせに!」

「答えて下さい」



ニールがあくまでも静かに話すからか、ディランは戸惑ったような表情を見せる。

が、すぐに挑むような視線を向けた。


「…そもそもだ、お前が賢人などと、狂っているとは思わないか?陛下も殿下も師団長も、なにかにつけてお前ばかり。お前のような、まともに人と話すこともできないような、クズがだ!!間違っている、そうだろう!!」

「…」

「ラムド氷山の任務は、俺がすべきだった!俺の方が身分も実力もある。それなのにまた殿下はお前を重用する。何もかも、間違っているんだよ!だから俺はそれを正そうとした、それだけだ」

「正す?」

「そうだ。お前に表舞台から退場してもらうんだよ。…そこの女、お前の女なのだろう?お前ごときに媚びを売るなど、どうかしているがな。まあ良い、つまりその女はお前の弱点さ。誰とも親しくないお前が懇意にしている唯一の女だ。そんな女に危機が迫ったら、お前は正気でいられるか?」

「…!」

「女を優先して任務を放り出したお前を、殿下はどう思うだろうな?お前に期待していた周囲は幻滅するだろうなぁ!!あとはその女を始末してしまえば、お前は再起不能だ。そうだろう?想像しただけで恐ろしいだろう?」



ディランはペラペラと自分の計画を話している。その表情は恍惚としていて、まるで演説をしているようだ。



「ほら、その顔。女を失うことを考えただけでそんな顔をするお前だ。俺はやっぱり間違っていなかった。女を消して、お前も消してしまえば、次の賢人は俺だ!!はっははははぁ!!」




アメリアからは背を向けて立つニールの表情は見えないが、ニールの手が震えていることに気付いた。ただでさえ内気な彼が、こんな暴言を吐かれているのだから、辛いはずだ。


…そう思った次の瞬間、ニールの周囲がなんだか、空気ごと震えている気がした。慌てて彼の顔を覗き込んで見ると、その表情は悲しんでいるというよりも無表情だ。そして瞳が、先程の比にならないほど、燃え上がったように揺らめいている。



「…そんなことのために」

「あ?」


笑っていた男はニールの言葉に動きを止める。


「そんなことのために、アメリアさんを…」

「…!」



ざわざわ、ざわざわ。空気が揺らぐ。



「殿下の重用も、賢人の肩書も、僕にとっては何の価値もない。そんなに欲しいなら、僕を倒すなり殺すなりして、奪えばよかったんだ」

「ニール様…!?」

「それを、関係ない彼女を巻き込んで…僕は、貴方を、許せない」



ニールが一歩踏み出すと、ディランはつい先程まで浮かべていた笑みを引っ込め、後退りした。



「な、な、なん…お、お前ごときが、俺に口答えしていいと思っているのか!!」

「…ああ…」



ニールが深い溜め息をつく。


「そうだ…。僕が貴方に何を言われても、怯えて、逃げることしかしてこなかったから、こうなったんだ…。こうなったのは、僕の責任だ」


ニールはそう言うと、すっと手の平をディランの方へ向ける。


「…だから、僕が始末をつけないと」

「…ひぃっ!!!」


ディランが情けない叫び声を上げ、尻もちをついた。




周囲のざわめきがニールに収束していく。

アメリアには魔法がわからない。精霊も見えない。

そんなアメリアにも感じられるほどの濃密な精霊の気配が、ニールを包み込んでいく。




駄目だ。ニールは何か、良くないことをしようとしている。





「…ニール様!!!」

「…わぁっ!!」


アメリアは絶叫すると、思い切りニールに体当たりをした。

背後を全く警戒していなかったニールはアメリアの当身をモロに受け、アメリアもろとも倒れ込む。




「あ、アメリアさん…?」

「ニール様、しっかりして下さい!」


アメリアはニールの頬を両手で包み込むと、しっかりと目を合わせた。


「確かにあの男、びっくりするくらいムカつきますけど、殺しちゃ駄目です!」

「…殺す気は、ないですよ」

「でも攻撃しようとしてましたよね!?」

「…」


ニールがすっと目を逸したので、アメリアはもう一度その瞳を覗き込む。


「ダメです。いくら腹が立っても、髪の毛毟り取りたいくらい憎くても、ニール様の魔法で攻撃したらダメです。死んでしまいますよ」

「…手加減はもちろん、しますよ」

「周りの精霊見ても、そう言えますか!?」


ニールははっと周囲の様子に目を向け、気まずそうな顔をした。

アメリアには雰囲気しか感じられないが、ニールにはきっともっとはっきりと見えているはずだ。



「ニール様の魔法を、あんな男のために使わないで下さい」

「でも、アメリアさんをあんな目に合わせたのは彼と、それを放置した僕です。落とし前をつけないと…」

「…それなら」




アメリアはすっと立ち上がると、腰を抜かしているのか立ち上がれないでいるディランの元へ、つかつかと向かう。



ディランの前に立つと、アメリアはすーっと息を吸った。


「…こんの、バカヤロー!!」

「ぐぅぼっ!!」



気合の掛け声とともに、渾身の一発をディランに御見舞する。平手打ちなんて可愛いものではない。ぐーだ。



「これは、テオさんを殴って脅した分!」

「げほっ!」

「これは、私を男に襲わせた分!!」

「がぺっ!」

「それとこれは、ニール様を傷付けた分!!!」

「ばぇっ!!」



続けざまに3発。アメリアは腕力に関しては一般的な婦女子程度だが、それでも力一杯拳で殴られたディランの両頬は真っ赤になっている。



「な、な、な、お前、女だろう…?!女が、俺に、手を上げるのか…!?」

「女だろうが男だろうが、拳はあるんですよ!!」


最後に一発平手でディラスの頬を殴ると、ぱーんっとものすごく良い音が鳴って、アメリアの溜飲はちょっと下がった。




「…ふぅっ」

「あ、アメリアさん…?」


ニールが恐る恐る、アメリアに声を掛ける。アメリアの突然の行動に、さすがのニールも引いているかもしれない。



「ニール様」

「は、はい」

「落とし前をつけてよかったんですよね?」

「も、もちろんです」

「存分に殴らせていただきました。おかげさまでスッキリしました。あとは、ちゃんとした場で、あの人のことを裁いて下さい。…殴ったことに関しては大目に見てもらえると助かります」

「アメリアさん…」

「ニール様が彼の罪を公にして裁いてくださったら、嬉しいです。だから、彼をこの場で殺さないでくださいね」

「…」


ニールはアメリアの言葉を受け止めると、肩を落として呟いた。



「アメリアさん、本当に、すみませんでした…」

「ニール様が謝ることなんて、一つもないです。すみません、言うのが遅くなりましたが…助けに来てくださって、本当に有難うございました」

「…っいえ…アメリアさんを巻き込んで、本当に、すみませんでした」



ニールはそう言ってアメリアの肩に顔を埋めた。声が震えていて、鼻もすすっているから、泣いているのかもしれない。




気付けば騒いでいた精霊の気配はなくなっていた。ニールが落ち着けてくれたのだろう。

安心したら、猛烈な眠気が押し寄せてきた。ニールには申し訳ないが、もう限界だ。



アメリアが目をつぶると、とたんに意識が夢の中へと落ちていく。




遠くでニールがアメリアを呼んでいる気がしたが、アメリアにはもう、それに答える体力は残っていなかった。



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