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18/30

凶報




「…寒い」


ニールはラムド氷山の中腹で、寒さに震えながら周囲の魔力を探る魔法を展開していた。



氷山の麓に構えた拠点に着いて、数日。

ニールは連日氷山に登り、少しずつ調査範囲を広げている。


今のところ問題の魔獣は見つかっていない。現時点での最大の敵は、この寒さだ。

火魔法を目一杯展開しても、猛吹雪の前では完全には遮断できない。





「ニール様、ご指示通りの場所に魔石を設置いたしました」

「あ、有難うございます…では、始めましょうか」



ニールと同行している調査団の騎士の一人が、ニールに話しかけてくる。

彼に依頼したのは、ニールが結界魔法を刻み込んだ魔石の設置だ。これに触れると瞬時に結界が発動し、周囲を囲うようになっている。


つまり罠である。魔獣は魔力のあるものを餌として好むので、近づいてくる魔獣を捕らえようという算段である。




「上手くいくと良いですが…」


ニールはそう呟くと、それぞれの魔石を起動した。



これまでの調査から、このあたりに何らかの魔獣が生息しているということはほぼ確実だ。あとは彼らの実態をできる限り把握し、結界を張って人里に下りないようにしたい。



その後の対処はまた次の遠征となるだろう。一度の遠征では、物資も体力も保たない。




ニールは魔石の起動を確認すると、周囲の騎士に声を掛け、一度氷山を降りることにした。すでに日が落ち始めている。長居は危険だ。



「…早く帰りたい」



思わず呟く。

屋敷を出発してからというもの、ニールの脳裏には常にアメリアがちらついている。

出発して数時間で引き返したくなるという情けない有様だった。



でも、決めたのだ。

アメリアの前に自信を持って立つためにも、ニールは変わるのだと。



だからこの遠征も、しっかり役目を果たすべく、ニールは見知らぬ騎士に混ざりながらも必死に頑張っていた。



「ニール様も、帰りたいとか思われるのですね」

「えっ」



気付けば隣には先程魔石設置を手伝ってくれた騎士がいた。どうやらニールの呟きが聞こえていたようだ。



「突然お声をおかけして申し訳ありません。ニール様は淡々と仕事をこなされておりますから、少々意外でして」

「あ、そ、そうですか?その、寒いのは堪えますからね…。家に帰って温まりたいなぁと」

「はは、そうですね。私も早く家に帰って、妻と子供に会いたいです」

「ご家族が…そうですよね。お子さんはおいくつですか」

「まだ3つです。可愛い盛りですよ」

「それは早く帰らなくては、ですね」



数日ずっと一緒にいたからか、ニールにしては自然に会話ができた。家に会いたい人が待っているという状況に、親近感が沸いたのもある。



「ニール様もご婚約者様が、お屋敷で待たれているのでは?」

「ごっっほ」



突然投げ入れられた爆弾に、ニールは盛大に噎せた。



「こ、こ、婚約者!?」

「あれ…違いましたか?先日の夜会でニール様が殿下に披露されたと、もっぱらの噂でしたので…」

「ああ…」



アメリアを恋人として紹介したのは事実だが、話に尾ひれがついて婚約者に昇格してしまったらしい。

だがしかし、ここで否定するのも不自然だろう。

それにアメリアには申し訳ないが、彼女が家で待ってくれていることは事実だ。



「…そうですね、早く彼女に会いたいです」

「!」



ニールが素直に吐露すると、騎士は少し驚いたような顔をした。



「あの、何か…?」

「ああ、いえ、失礼しました。その…この遠征で、ニール様の印象は大分お噂と違うなと感じたものでして」

「ああ、僕の噂はひとり歩きも良いところですからね」



ニールが苦笑すると、騎士も緊張を解いたように笑った。


「ですが私は、実物のニール様とこうしてお話できてとても嬉しいです。お噂より余程、素敵な方です」

「え!?そ、それはそれは、あ、ありがとうございます…」




ニールは騎士の言葉にとても驚いたが、同時に嬉しく思った。

ほぼ初対面だった彼とこうして雑談ができるなど、以前のニールからしたら考えられない。



(…少しは、成長できてるのかな)


ニールは白い息を吐きながら、温かい気持ちを胸に麓を目指した。








麓まで後半分ほど、というところまで来た時、ニールは周囲の精霊がざわついていることに気付いた。

慌てて周囲に危険がないかを見渡す。魔法で気配も探るが、特に魔獣の気配はない。


にも関わらず、精霊は落ち着き無くざわめいた。



「…?」


ニールが足を止めたため、隣の騎士も不思議そうにニールを見た後、周囲を警戒する。

が、何もいない。



ニールは精霊の気配に耳を傾け、そして恐ろしいことを理解した。



「…アメリアさん…?」



ニールがそう呟くと、精霊は途端に激しくざわめいた。次の瞬間には彼らの巻き起こす風によって、ニールの周りには強風が吹き荒れる。



「ニール様、これは…!?」

「皆、落ち着いて。大丈夫だから、何が起こったのか、教えて」


動揺する騎士を尻目にニールが語りかけると、精霊はすぐさま風を起こすのを止め、ニールに何かを伝えようとざわめく。




詳細はわからない。が、アメリアの身に何かが起き、ニールがすぐに彼女の元へ向かう必要があることは理解した。



「ジャンさん」

「えっは、はい!」


ニールは隣に立つ騎士に声を掛けた。初めて名を呼んだ気がするが、彼はジャンだったはずだ。



「申し訳ないのですが、急用ができました。一度屋敷に帰ります」

「は…?」


ジャンは困惑の表情だ。仕方あるまい、ニールが突拍子もない事を言っているのだから。



「あの、しかし、ラムド氷山は…?」

「そうですね…」



ジャンの言う通り、このまま放置して帰るのはさすがに無責任だろう。


ニールは周囲の気配を探ると、ぐるりと辺りを見回す。




次に手持ちの魔石を全て地面に広げると、何事かを呟いた後、ふっと手を上に振り上げた。


次の瞬間、たくさんの魔石が強風によって打ち上げられ、そのまま周囲へと飛んでいく。


「…!?」



ジャンが呆気にとられているうち、ニールはさらに精霊に語りかける。

ニールを取り巻く精霊たちが、珍しく大規模な魔法を展開しようとしているニールの意志に喜び、舞い踊った。




ニールが高く掲げた手をぐっと握ると、吹雪の吹き荒れる空がカッと眩く光り、そして何事もなかったかのように光は消えた。



ジャンは突然光った空にしばらく視界を奪われていたが、なんとか目を開けると、すでに帰り支度をしているニールに驚いて声を掛けた。



「に、ニール様…!今のは…!?」

「結界です。途中で申し訳ないですが一度帰宅が必要になったので、応急処置として山全体に結界を張りました」

「は…!?」



ジャンは開いた口が塞がらなかった。

結界とは普通、大きな屋敷を囲む程度が精一杯で、王宮の周囲に張られている結界がこの国で最大規模だと聞いている。それもニールが張ったわけだが。



だが今ニールは、山全体に結界を張ったと言った。この山が一体王宮の何倍あると思っているのだ。



「これで麓の町に被害が出ることはしばらくないでしょう。ですが、さすがにこの規模だと保ってひと月…というところでしょうか。その前にはまた来ます。なので、一度戻らせてもらいます」

「は、はあ…」



ジャンは目の前の男の存在が信じられなかった。

先程まで婚約者に早く会いたいと優しい笑顔を見せていた男と同一人物だとは思えない。



そうこうしているうちにニールはさっさと馬に跨り、出発しようとしていた。


「に、ニール様、馬車は…?!」

「馬のほうが早いので、すみませんが、お借りします。拠点にある荷物はまた取りに来ますが、邪魔でしたら王宮の僕の部屋に置いておいて下さい」

「は、はい…」

「失礼します」




そう言い残すとニールはあっという間に見えなくなった。

残されたジャンは空を見上げるが、結界の類は見えない。彼は騎士であり、魔法士では無いのだ。



「…とにかく、殿下に報告だ…」


この件の責任者である王太子殿下に事の次第を報告すべく、ジャンもまた、馬に跨った。







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