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17/30

ニールの不在





「遠征、ですか?」

「はい。今回はちょっと日帰りでは無理そうで…多分、半月か…ひと月近くかかります」



二人で出かけてから、数日後。

ニールは夕食の席でアメリア達にそう告げた。



「旦那様にしては、珍しいですね」

「うん…行きたくはないけどね…」

「どこに行かれるんですか?」

「王都の裏に位置する、ラムド氷山です」


ラムド氷山。それなら聞いたことがある。有名だ。



「確か、すごく過酷な環境で、生き物が住めないようなところなんですよね…?だからこそ、王都の要塞代わりになっているって聞いたことがあります」

「はい、その通りです。ですがどうやら最近、そこに新種の魔物が住み着いているようで…度々報告を受けて調査はしていましたが、やっぱり現地に行ってみるしか無いなと」



ラムド氷山は大陸で一、二を争うほど標高が高く、かつ過酷な環境で、麓はまだしも頂上付近は魔物でさえ住めない場所だ。だからこそ、山を超えて侵略することは不可能であり、王都の背後を守る天然の要塞となっている。



そのラムド氷山に新種の魔物がいるとは驚きだ。



「凶暴な魔物なんですか?」

「詳細はわかりませんが、近隣の住民が被害にあっているそうなので、温厚とは言えないようです。場所柄、危険度の高い魔物なら、結界を張るなりして人との生活エリアを分ける必要があります」

「それで、ニール様が任されたんですね」


ニールは結界魔法の名手だ。この任務を任されるのも無理はない。



「まず王都に行って、そこで調査団と合流してから氷山に向かいます。荷物が多いからさすがに今回は馬車になりますし…移動だけで数日を見込むので、長くかかる予定です」

「なるほど」

「出発は明後日です。アメリアさん、すみませんが旅支度を手伝ってもらえますか?」

「もちろんです!…でも、その、危険ではないのですか…?」



苛酷な環境で新種の魔物の調査。

普通に考えたら、危険な任務になるだろう。



「危険がないとは言えませんが…調査団は精鋭の騎士と魔法士で組まれますし、うかつに魔物を刺激しないよう今回は奥地への調査は行わない予定です。なので、大丈夫ですよ」

「はい…」


アメリアは頷いたが、不安が表情や声に出てしまう。仕事に口出しはだめだとは思いつつも、ニールが危険な場所に行くのは嫌だった。



「ニール様、気を付けてくださいね。怪我とか、しないでくださいね」

「アメリアさん、有難うございます。えっと…あの、大丈夫ですよ。僕、こう見えて結構強いので」


アメリアの不安が伝わったのか、ニールが珍しくおどけて言う。



「…僕が怖いのは魔物よりも、むしろ見知らぬ人達で構成された調査団です…。ひと月も、知らない人たちと四六時中過ごすと思うと…胃が痛い…」

「ニール様…胃に優しいお茶、持っていきましょうね…」

「はい…」


魔物よりも人が怖いなんて、やはりニールはどこまでもニールだ。



「…でも、頑張ります。これでも賢人ですから、人にも魔物にも被害が大きくなる前に、対策をしないと」

「魔物にも、ですか?」

「はい。魔物だって生き物です。どうあがいても人と共生できず、出会えば戦うしかないものがほとんどですが、だからこそ人と出会わないよう、結界などで対処すべきだと僕は考えています。考えなしに駆除するだけが良しとは思いません。生態系に影響を与えますし」

「なるほど…」

「もちろん、増え過ぎたらある程度の駆除が必要だったり、村が襲われたりするようであれば話は別ですが」



一般的には魔物は悪とされているので、ニールの考え方は珍しいと言える。

それでも確かに、人ときちんと住む場所を分ければ、害がないものがほとんどなのだ。



「ニール様らしくて素敵な考え方ですね」

「え!そ、そうですか?」

「はい。お仕事、頑張ってくださいね!テオさん達と、ここでお待ちしてますから」

「ありがとうございます、頑張ってきますね」






そして2日後、ニールは王都へと旅立っていった。












「旦那様が長期でいないのは、本当に久しぶりです」

「やっぱりそうなんですか?」

「ええ。長くても数日…基本的にはお屋敷で仕事をされる方ですから。でも、あまりゴネずに行きましたし、何か心境の変化でもあったんでしょうかねえ」

「確かに…」


アメリアにとって、ニールが泊まりがけでいなくなるのは初めてだ。だが、長年仕えているテオにとってもかなり珍しいことのようらしい。

普段から物静かなニールとは言え、当主不在の屋敷はどこか寂しく感じた。




「王宮に行くだけでも嫌がっていたニール様がひと月かかる旅をするなんて、本当、とても重要な任務なんでしょうね」

「ええ、きっと。旦那様が不在なのは珍しいですから、この間に普段手が回っていなかった部屋の手入れなんかもしておきましょう」

「はい!」



ニールはせっかく自分がいないのだから、皆で長いお休みでもとったら良いと言い残していった。が、何だかんだ、皆長期休みは取らずに細々とした仕事をしている。



アメリアも折角の機会だからと数日お休みをもらってアルトと町に出かけたりしたが、やはり長い休みは落ち着かず、こうしてテオと相談しながら屋敷の手入れをする日々だ。





いつも以上に丁寧に掃除をして、倉庫を整理して、何なら窓や天井も磨いて。

玄関先に花を生けたところで、いつもそれを見て褒めてくれるニールがいないことが、酷く寂しく感じた。




「ひと月かあ…」



思わず溜息がこぼれる。

それにしても、本当にニールの心境の変化はどうしたのだろう。夜会以降、彼の様子は確かに変わったが、特に町へ二人で出かけてからというもの、何だか仕事にも積極的になった気がする。



何かあの日、彼の心境に影響を与えるようなことはあっただろうか。



ぼんやりと考えていると、屋敷の門で呼び鈴が鳴った。

アメリアが掃除の手を止め見ると、テオが扉脇についた小窓から外を覗き込んでいる。




アメリアが初めてこのお屋敷に来た時、勝手に扉が開いて驚いたが、あれはニールが設置した魔法の仕業だ。

予定された来客や顔見知りが来た時など、わざわざ門を開けに行かなくて済むよう、風魔法と結界魔法を組み合わせて作ったのだとか。アメリアには仕組みはよく分からないが、王宮でも一部採用されているらしい。




今日、予定された来客はいないはずだ。テオはしばらくすると外に出て、門へ客人を確認しに行った。



来客対応は基本的にテオの仕事だ。お茶の用意などが必要な場合に備え、アメリアはキッチンへと向かった。




が、しばらくしてもテオから声はかからない。

客人は帰ったのか、それとも何かあったのかと思っていると、玄関の方から何やら人の言い争うような声が聞こえた。



アメリアが慌てて顔を出すと、なんとテオが大柄な男に後ろ手を掴まれ、首筋にナイフを当てられて立っていた。



「テオさん!?ど、どうしたんですか…?!これは…!」

「ぐ、うう…!」



よく見るとテオの口の端が切れて血が出ており、頬は赤く腫れている。殴られたのだ。



アメリアの頭からさぁっと血の気が引いた。テオはもう60代だ。そんな老執事に暴力をふるうなど、なんて恐ろしいことを!




「お前が、アメリア・バーンズか?」


テオにナイフを向けている男はそう言った。

明らかな犯罪行為をしているにも関わらず、男は帽子を少し深めに被っているだけで顔も隠していない。身なりは整っているが、顔や手は浅黒く日焼けしていて、貴族では無いことがわかった。



「答えろ。お前がアメリアか?」



男がテオの首筋に当てているナイフに力を込める。ナイフの切っ先がテオの首筋に当たった。



「そうよ!私がアメリアよ。私が目的?彼を離して」

「だ、ダメです…」

「テオさん、良いんです。早く、彼を離して」



テオが必死の形相で首を振るが、彼の命が危ない。アメリアは男に懇願した。


「よし、お前、こっちに来い。両手を上げろ。そうだ」

男はアメリアに顎で男の方へ来るよう指示した。

アメリアは大人しく両手を上げ、ゆっくりと男へ近寄る。



アメリアがテオの一歩前まで来ると、男はテオを突き飛ばし、すぐさまアメリアの手首を掴んだ。




「痛っ…!」

「アメリアさん…!」


テオは突き飛ばされて転びながらも、振り向いてアメリアを引き留めようとする。



「お前は俺と一緒に来い」

「…!」


男はアメリアを引きずって屋敷を出ていく。

門の前には馬車が止められており、男はアメリアを馬車の中へ放り投げた。




「アメリアさん!」


テオが必死に追いすがってくるが、足を捻ったのか引きずっている。

アメリアは馬車の扉が閉められる前に、必死で声を上げた。



「テオさん!大丈夫です!私は大丈夫!絶対に生きて帰ってきますから!私にはニール様からもらった魔法があります!」

「…!?」



テオが何か言葉を発する前に、馬車の扉がバタンと閉じられる。

扉に手をかけてみたが、びくともしない。外から鍵が掛けられたのか、魔法によるものなのか、アメリアには分からなかった。



しばらくすると馬車が大きく揺れた。激しい揺れから、かなりのスピードで走っていることがわかる。馬車の窓には木が打ち付けられており、外の様子は見えない。




あまりに突然のことで、アメリアはしばらく呆然としていた。一体何が起きたのか。



男の目的は、アメリアの誘拐。だが、心当たりがない。借金もとっくの昔に解決しているし、アルト以外の身内ももういない。


他に考えられるのは…ニール関係だ。アメリアがニールの恋人だという噂を聞いた者が、人質のつもりでアメリアを誘拐したとか。



いずれにせよ想像の範疇だ。真相は犯人に聞かないと分からないだろう。





誘拐されているあたり、すぐに殺されることは無いはずだ。

だが、殺されなくても何をされるか分からない。身を守るため、アメリアは一か八かの嘘を吐いた。



『私にはニール様からもらった魔法があります!』



真っ赤な嘘だ。そんなものは存在しない。

だが、アメリアの叫びは男にも聞こえていたはず。アメリアがニールという大魔法士から、何か身を守る魔法を貰っていると勘違いしてくれていたら良い。

そうすれば、簡単には手を出せないはずだ。…多分。





激しく揺れる馬車にアメリアは吐き気を覚えつつも、大人しく座席に収まるしか無かった。




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