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15/30

初めてのデート






アメリアは最近、心配に思っていることがある。

というのも、ニールの様子がおかしいのだ。

いつからかというと、あの夜会の日から。




あの日は屋敷に帰ってから、お疲れ様会という名目で二人一緒にご飯を食べた。翌日からはいつも通り、ニールは屋敷にこもって仕事をこなし、アメリアは侍女として屋敷中を奔走している。



違うのは、彼の態度だ。

ふと視線を感じて振り返ると、ニールがアメリアの様子を伺っていたりする。

話しかけられるのかな、と思いきや、目が合うと慌てたように逸らされ、どこかへ行ってしまう。

食事の時も、彼はどこかソワソワしていて落ち着かない。



アメリアは不安だった。もしかして夜会の日、彼の特殊な体質をアメリアに暴露したことを後悔しているのだろうか?それとも、あの日自分でも気付いていないような粗相をしていたのだろうか。


ニールとはだいぶ距離も縮まったと思っていたから、よそよそしい態度を取られて、アメリアは寂しかった。



(でも、本来なら屋敷の当主と侍女なんて、こんなものだよね…)


ニールの特殊な性格により彼は最初から当主然としていなかったので、距離感がおかしかったのだ。本来アメリアはただの使用人、当主のニールと気軽にお喋りできていたのがありえないのだ。



そう思って自分を納得させていると、ある日アメリアは、ニールと弟のアルトが庭で座り込み、真剣に何かを話し合っている姿を目撃した。



(アルトとは、普通に話すんだ)



ニールはアルトの魔法の師匠でもあるのだから、関係が良いのは良いことだ。

なのにどうしてか、アメリアの胸はチクチクと痛んだ。


「…洗濯物、片さないと」


アメリアは干しっぱなしになっているはずのリネンを取り込むべく、屋敷の裏庭へと向かった。









「…あ、アメリア、さんっ!」


夕食後いつものようにニールにお茶を出し、何となく気まずさからそのまま下がろうとしたところ、ニールが久しぶりにアメリアに話しかけてきた。



アメリアは咄嗟に反応できなかった。

話しかけられて嬉しいはずなのに、今更なんだという卑屈な思いが胸を駆け巡る。

屋敷の当主に対して、なんて自分勝手な感情だろうか。

それでも拗ねたような思いは去ってくれず、アメリアはたっぷりと間をおいて返事をした。



「…はい、なんでしょうか?」

「あ、あの…」


ニールはアメリアの態度に気づいているのかいないのか、いつも以上にしどろもどろになっている。

それでもアメリアが大人しく待っていると、意を決したように顔を上げた。


「次の、休みに…一緒に町へ行きませんか?」

「はい?」


ニールの口から出た意外な言葉に、アメリアはあっけにとられた。

町へ?何か用事があっただろうか。



「あれ、何か買うものありましたっけ?言ってもらえれば、私買っておきますよ」

「あ、いえ、ち、違くて。僕も一緒に、行きたいんです」

「ニール様も…?自分で選びたいってことですか?本の類でしょうか」

「いえ、そうじゃなくて…!」


アメリアが頭にはてなマークを浮かべていると、ニールがアメリアのお仕着せのスカート部分をきゅっと掴んだ。



「買うものがあるとか用事があるとかじゃなくて、単純に、一緒に、お出かけしたいんです。二人で」

「…へ」


ニールの顔が真っ赤に染まっていく。

彼の耳まで真っ赤になったのを見届けたところで、アメリアの頬もかぁっと熱くなった。



「それ、は、どういう…」

「ああああああの、夜会でのお礼を、僕まだちゃんと出来てなかったと思って…!それでその、アメリアさんの行きたい場所でも良いですし、欲しい物でもいいですし、とにかくそういう、お礼的な」

「あ、は、はい、なるほど」


ニールが慌てたように説明したため、アメリアは合点がいった。彼は律儀にも、夜会の礼をしてくれようとしているのだ。


「お礼なんて、気にしないで下さい。夜会の件は特別手当も出していただいてますし、ドレスもいただいちゃって、むしろ申し訳ないくらいです」

「いえ、でも…」


スカートを掴んでいるニールの手がふるふる震えだした。それでも引かないところを見ると、彼の決意は固そうだ。



「…えっと、じゃあ、行きたいところ、一つあります」

「どっどこですか?!」

「仕立て屋さんです」

「仕立て…衣装やアクセサリーが欲しいんでしょうか?」

「いえ、違います。あの日、ドレスのレースが破けちゃったじゃないですか?あれ、まだ修繕できてないんです。せっかくニール様に頂いたドレスですから、ちゃんと直したくて。仕立て屋さんに持っていきたいなって思ってたんです」

「……なるほど……」



アメリアは心からの望みを伝えたつもりだが、ニールはなんだかしょんぼりしている。


「…だめですか?」

「えっ!い、いえ、全然駄目じゃないです。行きましょう、一緒に。つ、ついでに食事も、外でしていきませんか」

「はい、有難うございます!喜んで」


アメリアが笑うと、ニールもほっとしたような表情を見せる。

もしかして最近ニールがおかしかったのは、この件を話したかったのだろうか?

だとしたら拗ねるようなことをして、申し訳ない。アメリアは恥ずかしくなった。



「あの、では、そのつもりでお願いします」

「はい!わかりました」







数日後。


アメリアとニールはエドに乗り、ゆっくりと街を目指して歩いていた。


アメリアはめったに着ないワンピースに軽く化粧もして、いつもより華やかな出で立ちだ。準備したあとに気合いが入りすぎたかと恥ずかしくなったが、かといってわざわざ休日にいつものお仕着せで出かけるのも変だし、と葛藤した末の仕上がりだ。



ニールはというと、今日はなんとローブを着ていない。服は自分で選んだらしい。シンプルなシャツとトラウザーズで特段変わったところはないが、彼がローブを着ずにいるということが珍しすぎて、普通の上下を着ているだけでも新鮮だ。



「着いたらまず仕立て屋に行って、ドレスの修繕をお願いしましょう。その後は、お昼を…その、ずっと前ですが、カンデルの領主であるウィンスター公爵におすすめのレストランを聞いたことがあって…そこで、良いですか?」

「はい!もちろんです。公爵様おすすめなんて、すごいですね」

「人気店で予約が必須らしいので…連絡は入れておきましたが、混んでるかも…」

「私は構いませんが、ニール様は人混み辛くないですか?」

「大丈夫、です。一人で行くのはハードル高いですけど、今日はアメリアさんが一緒なので…」

「確かに、賑やかなところに一人で突っ込むのは、結構勇気いりますよね」



他愛無い会話をしながら町に着くと、二人はまず仕立て屋で目的を果たした。修繕には数日必要らしいので、ドレスは一旦預ける。


会計はニールがしてくれた。


破く要因を作ったのは自分だからと断ろうとしたが、これもお礼の一環だとニールが譲らなかったので、有り難く甘えさせてもらった。




その後は公爵様おすすめというレストランで食事だ。

ドレスコードのある高級店だったらどうしようかと内心ドキドキしていたが、品はあるけれど敷居の高い高級店ではなく、若いカップルや親子連れも多く見られるレストランだったのでほっとした。



「お、美味しい…!」

「はい、美味しいですね」


料理は最高に美味しく、アメリアはつい夢中で食べてしまった。

そんなアメリアをニールは微笑ましそうに見ている。



ニールは実はテーブルマナーの類は完璧で、非常に美しい所作で食事をする。屋敷で食べるときはそこまで意識していないが、こういう場所だとやはり際立つ。

なんでも賢人になる際に、公の場に出ることが増えると両親からも心配され、勉強し直したんだそうだ。実際は滅多に公の場には出ていないが。



「…アメリアさんの故郷は、どんな食事が多かったんですか?えっと、ふるさとの味というか…」

「そうですね…私が生まれた町は山に囲まれた田舎だったので、山菜が多かったです。あとは畜産も盛んだったので、チーズとかよく食べました。保存もききますし」

「山ですか…カンデルは港町ですし、こことはだいぶ違いそうですね」

「はい。私の実家では魚ってほぼ高級品だったので、ここにきて魚ばっかり食べてるのが信じられないですよ」

「僕の生まれ故郷は逆に海が近かったので、山菜とかはほとんど食べたことがないです」

「そうなんですか?珍味も多いですけど、結構美味しいですよ。今度見かけたらお屋敷の食事で出しましょうか?最近は市場でもたまに見かけるんです」

「それは楽しみです」



こうして二人で会話していると、ニールは落ち着いていて怯えることもなく、話は弾む。一緒に過ごして数ヶ月経つが、二人が故郷の話や昔の話をするのは初めてだ。普段は何だかんだと慌ただしいし、今現在のことでも話題には事欠かないので、昔の話をする機会はなかった。


「あ、の。アメリアさんは…」

「はい?」

「その、うちに来る前は、どんな感じだったんですか…?」


昔の話をするのは初めてだな、何て考えていたら、ニールからさらに過去の話を振られて、アメリアのカトラリーを持つ手元が少し狂った。


「ニール様のお屋敷に来る前、ですか?」

「あああ違うんです、過去を根掘り葉掘り聞きたいとかそんなんじゃなくて…!その、ただ、アメリアさんが、僕と出会う前のことが知りたいと思っただけで…」

「…あ、もしかして」


アメリアはふと思い当たった。


「エメラルダ様に私が娼婦とか言われていたのが、聞こえていましたか…?」

「…えっ?!し、しょ、しょ?!」



アメリアの発言に、ニールは顔を赤くしたあとすぐ青くなった。顔色が変わりすぎて心配になる。



(…あれ、違った…?)



あの時エメラルダに言われていたことが聞こえていて、過去が気になったのかと思ったが、どうやら違ったらしい。



墓穴を掘ってしまった。



「あー、えっと…聞こえてなかった感じですかね」

「えと、あの、はい…」

「…気にしないでくださいって今更言っても、気になりますよね?」

「は、はい…」



こんな中途半端に言われたら誰だって気になるだろうし、アメリアだって変に誤解をされるのは嫌だった。何より、ニールは泣きそうな顔をしていて、放っておけない。


告げ口をするようで嫌な気分だが、墓穴を掘ったからには、ちゃんと説明したかった。



「えっと、あの時エメラルダ様に言われたのは…その、没落した貴族令嬢って、高級娼婦の需要があるというか、娼館に売られることが多いんです。だからエメラルダ様に、きっと私もそうだと言われたんです」

「な、なるほど…それでアメリアさんに、しょ、娼婦だって言ったんですね」


そこまで説明して、アメリアはふと、不安になった。


アメリアが娼館にいたのは、事実だ。客は取っていなかったが、その事実は変わらない。


アメリアの中で、店には出なかったのだから大したことではないだろうと勝手に思い込んでいたが、そもそも娼館にいた事自体が大問題なのではないだろうか?

そうすると、ここでニールにアメリアが娼館にいたことを説明しないのは、わざと隠すようなものだ。



アメリアは、ニールに隠し事はしたくないと思った。やましい事は無いのだから、余計に。

でも、やましい事が無いと分かっているのは自分だけだ。娼館にいたというだけで、軽蔑されるだろうか。

しかし隠したとしても、何かの拍子にバレた場合、もっと後悔するだろう。



呑気にニールとの外食を楽しむつもりが、もしかしたらこれが最後かもしれないと、腹をくくることになるとは。

アメリアはしばらく考え込み、覚悟を決めた。



「あの、…でも、私が娼館に売られたことがあるのは事実です」

「は…」


ニールはぽかんと口を開けて固まってしまった。


「…あの、言い訳というか何というか…私は幸運で、店に出される前に良いご縁があって、借金から開放されたんです。なので実際は、お客の相手をしたことはありません。でも、一度娼館に売られたことがあるのは事実なので…あの時エメラルダ様には、その点は言い返せませんでした…」



アメリアは説明をしながら、思わず視線を落とした。

ニールが酷くショックを受けた表情をした瞬間、この事実がどれだけ重要かを思い知らされたようで、それ以上見ていられなかったのだ。



「…ニール様、申し訳ありません…。私、今の今まで、このことが問題になると全く思っていませんでした…。娼館にいた過去を持つなんて、ニール様のお側にいるのにふさわしくないですよね。おまけに恋人役まで演じてしまって…どうしよう…」


アメリアはこれ以上何を言ったら良いのか、わからなかった。

ニールは清廉だし、こういうことには潔癖そうにも見える。彼が激昂するのは想像できないが、さすがに幻滅されたかもしれない。



アメリアが顔を上げられないでいると、テーブルに置いていた右手に急にぬくもりを感じた。

驚いて見ると、なんとニールがアメリアの手を包み込むように握っていた。


「…良かった…」

「え、に、ニール様?」


ニールは心底ほっとしたような声音でそう呟くと、アメリアの手を握る手に力を込めた。

アメリアは何が起きているのか分からず、混乱した。



「アメリアさんが、無事で良かった…」

「え…」

「ああ、いや、不運にもそういうところに売られて、本意ではないのに娼婦として生きている方々がいるのに不謹慎かもしれないのですが…アメリアさんが無事で、本当に良かった」

「…っ」


ニールはいつものように穏やかな表情で笑っている。



「あの、でも、店には出て無くても娼館にいたのは事実です。問題にならないですか?…こんな過去を隠していて、あ、いえ、隠していたつもりはないんですけど…。…その、側に置くのに、嫌ではないですか?…軽蔑していないんですか?」

「軽蔑?まさか。しませんよ、絶対に」


ニールはいつになくきっぱりと言い放つ。



「アメリアさんは良いご縁があってと言いましたが、縁は待っているだけでは恵まれないものです。アメリアさんが今こうして無事でいてくれるのは、アメリアさんの人柄と努力のおかげでしょう。もっと言えば、アルト君が立派に育っているのも、お二人が実家の没落という危機に瀕しながらも正当に生きてこれたのも、全部、アメリアさんがアルト君と一緒に頑張ったからです。それなのに娼館にいたという事実だけで貴方を軽蔑なんて、絶対にしませんよ」



ニールは真っ直ぐにアメリアの目を見て言い放つ。

濁りのない若草色の瞳は、ひどく美しくて、優しかった。

彼の言葉がジワジワと、アメリアの身体に染み込んでいく。



(…ニール様はどうしていつも、私の欲しい言葉をくれるんだろう)



酒場の仕事の後、迎えに来てくれた時もそうだった。純粋にアメリアを女性扱いして、心配してくれたニール。生きていくことに必死でそんな扱いに慣れていなかったアメリアは、彼の心配がとても、嬉しかった。



そして今、ニールは必死に生きてきたアメリアの過去を、肯定してくれている。






自分だけが辛い思いをしているとは思わないし、もっと大変な境遇で生きている人達だっている。

だから甘えなど許されないと思っていたし、そんな暇もなかった。



でも本当は、誰かにずっと言ってほしかったのだ。



頑張ったね、頑張っているね、と。







アメリアは目頭が熱くなるのを感じた。

慌てて下を向いたが、意思に反して涙が頬を伝う。


「…えっ!!!?あ、アメリアさん、ごめんなさいっ!!何か不快にさせましたか…!?」

「ち、ちが、ニール様、違うんです」

「あああ僕としたことが余計なことを言って、本当にすみません!!」

「違うんです、ちが、違うんですってば!もう!!これは、嬉し涙です!!」

「はぇっ!?」


アメリアは取り乱しているニールの手をぎゅっと両手で握り返した。



「有難うございます、ニール様。…私の過去を、救ってくださって」

「あ、あめりあ、さん」



真っ赤な顔をして、何故か涙目になっているニールを見て、アメリアは確かに思った。


どんな形であれ、ずっとこの人のそばにいたい、と。






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